オンライン法要も~築地本願寺の改革
この夏、新型コロナの感染拡大で、墓参りの機会を奪われた人も多い。そんな人たちのために、東京・築地本願寺が新たな試みを始めた。それがウェブ会議ツールを使ったオンライン法要。感染防止で直接の法要を控える人のために、リモートでお経を唱えてくれる。
オンライン法要は幅広い世代に人気が広がっている。ネット環境がない人には専用のパソコンを無料で貸し出す。しかも、パソコンを開くと自動的に寺とつながるようになっているから、高齢者にも扱いやすいと評判だという。
築地本願寺は400年の歴史を持つ浄土真宗の寺。去年11月、カンブリア宮殿では番組初の宗教法人として紹介した。その理由は、近年、寺離れが進み参拝者が減る中、築地本願寺では、人を呼び込むための大改革を行なってきたからだ。
例えば月に一度のランチタイムコンサート。入場無料で誰でも鑑賞できる。本堂に隣接したおしゃれなカフェ「Tsumugi」も。銀座のショッピング帰りに立ち寄ってもらおうと、スイーツメニューを豊富に用意した。一番人気は18品が楽しめる「18品の朝ごはん」(1980円)だ。
こうした寺改革を仕掛けた築地本願寺宗務長・安永雄玄(66)が大切にしているのは、浄土真宗を開いた親鸞聖人の言葉だという。
「生きている今も、たぶん死ぬときも、腹はすわっていない。それでいいのだよ。不安でもいい、恐れてもいい、死が怖くてもいいじゃないかと」(安永)
安永は元銀行マンという異例の経歴の持ち主。知的好奇心から僧侶を養成する通信教育を受け、50歳で僧侶の道へ。2015年に築地本願寺のトップに就任し、これまでにない寺の改革を行なってきた。
「当たり前のことをやっているだけで、私がいつも言うのは、会社と宗教法人は全く一緒です。一般企業の方が10年20年進んでいるので、我々もそれに追いついていかなければいけない」(安永)
現在日本には、7万7000の寺があるが、核家族化や少子高齢化などによって寺離れが進み、20年後には3割の寺が消滅するかもしれないという。衰退する寺社会に安永が取り入れたのが、一般企業でよく言われる顧客主義だ。
「まさにドラッガーが言っているビジネスそのもの。顧客創造とイノベーションがビジネスの本質です」(安永)
そんな安永改革の象徴の一つが合同墓。東京のど真ん中、築地駅に直結という便利なアクセスにもかかわらず、永代供養(合同区画)で30万円からと超格安。寺と縁を結ぶ人を増やしている。こうした数々の改革が実を結び、2019年は250万人が訪れた。
コロナで寺も大変貌~「人の心に寄り添うチャンス」
しかし、コロナを機に築地本願寺から人が消えた。感染拡大を避けるため、寺で行う法要の受付は休止。収入も6割減になってしまったという。それでも、寺を必要とする人のために門は閉じなかった
実際、参拝客からは「開けてもらえると助かる。心の支えになるのがお寺だから」「主人が体調を崩しまして。まだあの世へ連れて行かないでとお願いした」という声が聞かれた。
「こういう時は逆にチャンスだと。宗教者が人の心に寄り添って心の不安をいぶしたり、慰めたり寄り添ったりする姿勢を見せるチャンスです」(安永)
コロナで不安な人々の心に寄り添おうと、築地本願寺では新たな試みを始めた。それが法要のライブ中継だ。中継は本格的。スイッチャーという機械を使って、4台のカメラの映像を切り替えながら配信。法要の意味を分かり易く伝えるため、解説の字幕を入れるソフトも導入した。まるでテレビ局の中継のようだが、スタッフはすべてお坊さんだ。
このライブ中継はYouTubeの「築地本願寺チャンネル」で無料配信。収入にはならないが、寺の活動を知ってもらうきっかけになっているという。YouTubeのコメント欄には「何回も聞きたい」「ずっと聞いていたい」などと、若者の声が上がっている。
築地本願寺はオンライン化への取り組みをさらに進めていく。
銀座にある築地本願寺の会員制カルチャーセンター「GINZA SALON」。太極拳を始め、生け花や終活セミナーなど、さまざまな講座が開かれている。ここもコロナで閉鎖していたが、7月になってようやく再開した。ただし3密を避けるため、直接受講できる人数を制限。代わりに講座をライブ配信することにした。コロナ前は定員20人だった「心晴れやかヨガ教室」は、配信すると700人が参加する人気コンテンツとなった。
コロナで寺離れが加速する今、築地本願寺はオンラインを駆使して人とのつながりを作り出そうとしている。
「こういう不安な時代だからこそ、お坊さんを通じて宗教に触れて、生きていく意味を確かめつつ、苦しくとも頑張っていきたいという人を増やしていかないといけない」(安永)
元銀行マンが寺を変える~結婚相談所&働き方改革
築地本願寺のトップは、緊急事態に備えて寺に住むのが決まりだとか。安永は寺の中の部屋に単身赴任。家族の住む家に帰るのは週末だけだという。毎朝、欠かさない大事な日課も。浄土真宗のお経にあたる「和讃」には、歌のような独特の節回しがある。音程を確かめる機械もある。法要などで安永はお勤めを先導するため、音程は外せない。そのための訓練だ。
「他の皆さんと違って、僕は途中からお坊さんになったから、毎日練習しないと」(安永)
銀行マンだった安永が、僧籍を取得したのは50歳の時。他の僧侶と比べると圧倒的に遅く、並々ならぬ努力が必要だった。
安永は今、また新たな事業に乗り出していた。それが婚活のサービス。その名も「築地の寺婚」だ。
入会するとまず職業や年収、学歴、身長など、相手に希望する条件を入力。すると、条件にあった相手がリストアップされ、気に入った人がいたら、築地本願寺が仲介してくれるというもの。
この事業を担当する橋本桃子は2年前に僧侶になったばかり。きっかけは「たまたま夫が本願寺派のお寺の長男で、その縁で」と言う。橋本は僧侶になる前も結婚相談所で働いていて、それが理由か、この事業を担当することになった。
「婚約するまでお世話します。普通の恋愛と違ってスムーズです」(橋本)
この日は入会希望者が専属のカウンセラーとリモート面談。50歳の参加者(女性)は築地本願寺を選んだ理由を「安心感。ここなら大丈夫だと思って」と言う。
「昔は寺を中心としたコミュニティーができていた時代は、自分の息子や娘が年頃になったら住職さんにお見合いを世話してもらう。昔はほとんどお見合いでしたから」(安永)
かつて寺は、戸籍を管理する役所であり、学校や病院、さらには縁結びの役割も果たす。いわば地域コミュニティーの中心だった。
寺にコロナ騒動がもたらした変化がもう一つある。それは「お坊さんの働き方」だ。
築地本願寺の場合、勤務はシフト制で早番は朝5時に出勤。仕事は8時間勤務の週休2日制だ。本堂の掃除は、密を避けるため、これまでの半分の3人で行なうように。お経を唱える「お勤め」は朝夕2回。朝には仏様にご飯をお供えする。
午前6時、本堂を開門。鐘とともに朝のお勤めを開始する。築地本願寺の僧侶は92人、うち女性は20人だ。
仏事以外にデスクワークも多い。今は感染対策を取っていて、出勤者を5割に減らしている。在宅勤務のお坊さんとのリモート会議にもだいぶ慣れてきたようだ。
もともとビジネスマンだった安永はオンライン会議にもすんなり対応した。この日の相手は、宗派の事務方トップ、浄土真宗本願寺派の石上智康総長。異色の経歴を持つ安永を築地本願寺のトップに抜擢した人物だ。上にも物言う安永だが、その改革の手腕に、宗派全体の期待も大きいという。
「日本の中心で築地本願寺が最前線に立って頑張っていただきたい」(石上総長)
死期が迫る患者の心をケア~極楽へいざなう看取り僧
安永にはぜひとも実現させたい事業がある。
「在宅で余生を過ごす人がこれから増えますよね。お坊さんが話をしに行って聞いてあげて、安心して旅立てるようにしてほしいというニーズがものすごく強いんです。宗門の中では『ビハーラ僧』という言い方をするんですけど、『看取り僧』みたいな、そういう役割をお坊さんが担っていただこうと」(安永)
ビハーラとは古代インドの言葉で「身と心の安らぎの場所」という意味。医療や福祉の現場で、安らぎを与えながら看取るのが「ビハーラ僧」だ。死期が迫った患者や家族に寄り添い、死への不安や喪失感を受け止め、心のケアを行なう。
築地本願寺の本山である京都の西本願寺では、3年前にビハーラ僧の養成所を開設。そこで行われている指導の根本を、講師の僧は「患者から逃げないということ。全部は受け止めきれないかもしれないけど、その場から逃げない」と言う。終末期を迎えた人と向き合うための知識や技能を4ヵ月かけて学ぶ。
築地本願寺の中にも「東京ビハーラ」という組織があり、「がん患者・家族語らいの集い」を開催。30年前から末期がんの患者やその家族との交流会を開き、心のケアを行なっている。さらに電話で、患者たちの不安や悩みに耳を傾け、寄り添っている。時に電話は、一時間近くに及ぶこともある。
「お寺というのは、昔はいろいろな機能を持っていました。病院なんかもありました。その機能がだんだん失われていった。じゃあお寺で最後に残るのは何だろうと。それは安心だと思います。安心というものを現代においてどう展開していくか、これが課題だと思っている」(「東京ビハーラ」会長・西原祐治)
そんなビハーラ僧の活動を広げるため、安永は新たな寺の構想を描いていた。ビハーラ僧を配属する新しい分院だ。ビルの2階に本堂を置き、3階から上には老人ホームを開設。寺に常駐するビハーラ僧が入居者たちの心のケアをするという。
「もちろんここだけではなく、近隣地域にも出ていって、ビハーラ僧の話を聞く。気に入っていただければ最後の看取りまでやらせていただくということを考えています」(安永)
築地に活気を取り戻す~お取り寄せが人気に
築地本願寺のお膝元にある場外市場もコロナで客足が激減。しかし、ここにきて「注文数が上がっている。やった甲斐がめちゃくちゃあった」
売り上げ回復の裏には築地本願寺の秘策があった。それが毎月発行している、「築地本願寺新報」という情報誌。ここで築地場外市場の店紹介を大特集し、お取り寄せ情報まで載せたのだ。
例えばローストビーフが自慢の近江屋牛肉店。「築地本願寺新報でやった甲斐があった。注文数が冊子を見ていただいてから上がっていますので」(社長・寺出昌弘さん)と、お取り寄せの注文が10倍に伸びた。創業113年の老舗鶏肉店・鳥藤本店も「(売り上げが)戻って来ましたね。コロナに負けないようにしないと」(社長・鈴木昌樹さん)。
築地七丁目町会会長の松江研一さんも、築地本願寺を頼りにしている。
「築地本願寺に卵焼きを買ってくれとは言えないから(笑う)。精神的に大丈夫です、この状況はいつまでも続かないと。築地本願寺が行動を起こしてくれていますから」
~村上龍の編集後記~
収益は激減したらしい。コロナウイルスが蔓延しはじめたころから、とくにお年寄りの人たちはバタッと来なくなった。一般企業とまったく同じ、客が来なければ収入は減る。オンライン法要は、徐々に準備していたことがそのまま実働した。仏様の慈悲を伝えるのが役目で、リアルで行っていることをオンラインでそのまま伝えるのだから、まったく問題ない。
以前、新幹線、舞子、携帯が日本の象徴だと言われた。今は違う、複数のカメラをスイッチングするお坊さんが、生まれたときから死とともにあるわたしたちを、象徴している。
<出演者略歴>
安永勇玄(やすなが・ゆうげん)1954年、東京都生まれ。1979年、慶應義塾大学経済学部卒業後、三和銀行入社。その後、ラッセル・レイノルズ、島本パートナーズを経て僧侶に。2015年、築地本願寺宗務長に就任。
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