コロナショックに立ち向かう~世界が注目するナンバーワン企業
日本経済に大打撃を与えたコロナショック。日本を代表するトヨタ自動車でさえ販売台数が激減。今年の決算は減収減益となった。拡大を続けてきたソフトバンクは1兆円近い赤字を出している。
名だたる企業が苦境に陥る中、コロナショックに立ち向かう経営者がいた。「不況はチャンスだと思えと社員に言っている」と言うのは、日本電産会長・永守重信(75)だ。
本社は京都一高いビル。売り上げ1兆5000億円。世界一のモーターメーカーを一代で築きあげた。夢は10兆円企業だ。
幾度ものピンチを乗り越えてきた永守だが、今回のコロナショックは勝手が違った。
「今回のコロナはやはり人命が一番優先。リーマンショックの時なんかはなかった」
それでも永守は、コロナ後の世界も見据えていた。
「コロナの後はものすごい価格競争が来る。だから、のんきにしていたら会社は潰れる」
永守が日本電産を創業したのはオイルショックのあった1973年。仲間と4人で始めた小さな会社だった。当時、テープレコーダー用モーターを開発。従来の3分の1に小型化し、これが躍進のきっかけとなった。
その後、自動車用のモーター市場にも参入。車の装備が電動化されるのに伴い使うモーターが増え、売り上げを伸ばしていった。一方、パソコンのハードディスク用でも小型化を追求し、世界トップシェアに。さらにスマートフォンのバイブ機能に使う超小型モーターも開発。業績を伸ばす。
その技術力を支えたのが、永守の掲げる「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」。カンブリア宮殿には2008年に初めて出演。人の倍働くことで他社に打ち勝ってきた様子が紹介された。
毎朝6時50分に出社。休みは元日の午前中のみ。創業から50年近く休まず、文字通り人の何倍も働いてきた。
「社長は質的にも量的にも一番働かなきゃいかん」(永守)
半世紀近い経営者人生の中で、永守は幾度ものピンチに襲われるが、それをことごとくチャンスに変え、躍進してきた。
1991年、バブル崩壊。その後長く続いた日本経済の大ピンチ。このとき永守が仕掛けたのがM&Aだった。不況で赤字に陥った会社を周囲が驚くようなペースで次々と買収していったのだ。
そのうちの1社が2003年に買収した三協精機。ATMなどで使うカードリーダーや液晶パネルの運搬ロボットを作る、売り上げ1000億円の大企業だ。だが、ライバルとの価格競争に敗れ、赤字に陥っていた。そんな会社を永守は、リストラもせず再生させた。
永守の会社再建の鉄則が「3Q6S」だ。会社再建には、「社員」「会社」「製品」の「3つのクオリティー」を高めることが必要。そのためには「整理」「整頓」「清掃」「しつけ」「作法」「清潔」の「6つのS」を徹底することが不可欠、というのだ。
三協精機では朝8時、全員で社内を清掃。社員だけでなく役員など幹部も例外なし。備品の置き場所も決め整理整頓。こうして無駄を減らし、仕事の効率を高める。昼休みになると、オフィスの明かりを消して電気代を節約。しかも誰が消すか、担当者まで決める。社員をしつけ、コスト意識も徹底させた。
とはいえ尻を叩くだけではない。永守は自腹で、買収先の社員たちと必ず昼食会を開く。トップ自らが直接意見を聞き、問題点を洗い出す。すると社員の意識が変わり、新商品が次々と生まれるようになった。こうした積み重ねで、短期間に業績をアップさせていった。社員のボーナスも赤字前の水準に回復させた。
ピンチをチャンスに変える~コロナ後を見据えた新戦略
そんな永守を次のピンチが襲う。2008年のリーマンショックだ。だがこのピンチも永守はチャンスに変える。M&Aを海外に拡大していったのだ。
イタリア・ミラノにある150年以上の歴史を誇るモーターメーカー「ASI」は2012年に買収。船や発電所向けの巨大モーターを得意としている。世界が相手でも永守流は変わらない。工場に足を踏み入れると、たちどころに問題点を見つけ出す。
永守は12年前のインタビューでこう語っている。
「朝が来ない夜はない。どんな時代でも、第1次オイルショックでも、バブルの時も、あとはものすごく伸びた。そのために我々は不況の時に他社がやっていないことをやる。風がなくても凧を上げる。どうやったらいいかというと、凧を持って経営者が走る。そうやったら風を自分で起こせる。社員もパートのおばさんから全部で走る」
自ら走って風を起こし続けた永守は、日本電産グループを世界40ヵ国以上、360社へと拡大。従業員数12万人、売上高1兆5000憶円の世界的企業へ成長させた。
今回のコロナショックでは、日本電産でも、緊急事態宣言が出されると多くの社員を在宅勤務にするなど、対応に追われた。だがその一方で、永守は、コロナ後に打ち出す秘策を準備していた。
滋賀・愛荘町。日本電産滋賀技術開発センターの開発現場に特別にカメラが入った。そこに永守がコロナ後を見据え、力を入れている製品がある。
「来年の夏に発売する次世代の新しいモーターです。世界のベストセラーになると思います」(車載事業本部長・早舩一弥)
いま急ピッチで試作を進めているのは、電気自動車のエンジンに当たるモーターだ。
「エンジンは車で最も重要な部品。大手メーカーでは1万人体制で開発しています」(早舩)
世界で覇権争いが熾烈な電気自動車の開発。そのエンジンモーターを次の主力商品に位置付けている。すでに去年、大型乗用車向けモーターの量産を開始。同じ馬力のガソリンエンジンに比べて重さは半分ほど。ここでも得意の軽量化を発揮した。
「今の車でもどんどんモーターの数は増えています。さらに電気自動車になればさらに増えて、車そのものがモーターの塊になる」(早舩)
10年後の目標は世界シェアの3分の1に当たる1000万台。永守はこの分野でも世界のトップをとろうとしているのだ。
「ロボットだって電気自動車だってドローンだって、何で動くのかと。モーターが産業のコメになっていく。モーター無しでは何もできない」(永守)
偏差値教育はもう古い~経営のプロが挑む大学改革
永守はいま、「京都先端科学大学」の改革に情熱を傾けている。
今年できたばかりだという新校舎では、オープンキャンパスの模擬授業が行われ、大勢の高校生たちが集まっていた。多くがこの大学への入学を希望しているという。
この大学の旧校名は「京都学園大学」。看護学科や経営学科などを置くいわゆるFランクの大学だった。2018年、そんな大学の理事長に永守が就任。改革のため名前を一新、私財130億円を投じた。
「今の学生は役に立たない。もう一回会社に入ってから基本から教えないと、学んできたことが全然役に立たない。そういう印象を非常に強く持っています」(永守)
永守が目指すのは脱・偏差値教育。グローバルなビジネスシーンで即戦力となる人材を育成するのが狙いだ。
その一環として今年、永守の肝いりで新たに工学部がスタートした。その一期生として、この春入学した川原凌さんは、京都でも指折りの進学校出身。関西の有名大学に合格できる力はあったが、あえて無名のこの大学を選んだという。
「外国でモーターとか工学関連の仕事に就きたいとずっと思っていました」(川原さん)
例えば、英語の授業で重視するのは、文法よりも会話力だ。会話力を徹底的に鍛えるため、大手英会話教室「ベルリッツ」と業務提携した。19ある必修科目のうち英語に関する授業は10コマと、まさに英語漬け。こうしてグローバル社会で不可欠な英語を話せる人材を育てる。
肝心の工学の授業にも他にはない特徴がある。コロナの影響でこの日は在宅授業。大学から届いたのは光センサーの実験キットだ。理論はもちろん大事だが、ここでは実際のものづくりを1年生のうちから教え込む。教授陣も世界で活躍する一流の人材をヘッドハントしてきた。
この日、川原さんが作ったのは「明るさによって音の高さが変わる回路」。こうした実践を重視した授業で、ものづくりの現場で役立つ発想力を鍛えていく。
「やりたかったことが出来ているなと実感しています」(川原さん)
さらに永守の改革は、教師や学生の意識まで変え始めている。
「先生の意識もかなり変わってきたと思います。研究だけしていればいいというのが大学の先生だったのが、それじゃダメだという意識が出てきて、本当に面白い授業をしている先生が増えています」(経済経営学部経済学科・阿部千寿子准教授)
「前の大学名は『言うのが恥ずかしい』という学生もいたのですが、『大学が変わってきた』とイキイキした顔で言う学生が増えてきたと思います」(キャリアサポートセンター・本間多絵さん)
中小企業にも逆転できる~永守流売上高アップ術
永守に、ある町工場の経営者からお悩み相談があるという。
東京・大田区にある1992年創業の「マテリアル」。アルミの加工を得意としている。
「マテリアル」自慢の世界に負けない技術がアルミの細い針。直径は髪の毛より細い、0.01ミリ。ここまで細く削り出す技術は世界でもトップクラスだ。
社長の細貝淳一さんは「溶接をしないことで、伝導率だとか放熱だとかを非常に高くする。宇宙だとかの分野に使える技術です」と言う。
日本の宇宙開発を陰で支えているが、こうした仕事のほとんどは部品メーカーの下請け。いわゆる2次下請けに甘んじている。
しかもこの春からは、コロナショックで注文がストップ。機械の3分の1は止まったまま。今は、従業員の生活を守るため、2億円を借り入れてしのいでいる。
このピンチの中で、細貝さんは新たな一手に動き出していた。その武器が、スケートボードの板とタイヤをつなぐ「トラック」という金具だ。
今回はスケートボード専門店からの直接発注。アルミ加工の技術が認められた。そこで、既存のものより強度は落とさず、ギリギリまで削って軽くした。これをきっかけに自分たちの技術力を広く世間にアピールしたいという。
そんな細貝さんには、永守にどうしても聞きたいことがあった。「中小企業が大企業に選ばれるためには、どういったことが必要なのかお聞きしたいと思います」と言うのだ。
日本電産本社からリモートで出演した永守は、次のように答えている。
「日本電産も、零細企業から始まって中小企業、中堅企業と経験してきたが、答えは時間軸。一般的には納期と言うが、納期だけではない。『何でも速く』です。大企業はそれができない。何かをやると言っても、すごく時間がかかる。部品を作ると言っても、土日は休むので何もできない。大企業ができないことをやる。大企業ができない方法でやる。速いというのはものすごく大きい武器になると思います」
~村上龍の編集後記~
永守さんはせっかちだ。大学を作ったのは、現代の偏差値の高い学生に絶望したからで、仕事の現場に立たせても英語がまったく話せない。営業をさせても注文が取れない。理工学部出身なのにモーターの基礎もわからない。だったら大学を作ってしまえばいい、というロジックだ。
創業時、3人の社員は有名大の出身ではなかった。それから47年、日本電産は1兆5千億円の売り上げを誇る世界一の総合モーター企業になった。永守さんは生きる伝説になってしまった。孤独なんだろうなと思うが、それを楽しんでいるんだから、幸福な人だ。
<出演者略歴>
永守重信(ながもり・しげのぶ)1944年、京都府生まれ。1967年、職業訓練大学校卒業後、ティアック入社。1973年、日本電産創業。2018年、京都学園理事長に就任。
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