9月14日に自民党総裁選挙が行われ、安倍首相の後継が決まる予定だ。そこで、有力視される3人の候補者について、政権運営がどう変わりそうかを検討してみることにした。菅氏は、アベノミクスの継承、石破氏は、アベノミクスの刷新、岸田氏は良識的な政策運営を目指すことになろう。
絞られる候補者たち
ポスト安倍の有力候補として、何人かの名前が挙がっている。自民党では両院議員総会を9月14日にも開催し、そこで総裁選を行う予定である。そこで決まった自民党総裁が次の首相である。
有力候補と目される3 人について政策運営を検討してみる。菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長の3人である。ほかにも、河野太郎防衛大臣の名前も挙がっているが、3人に比べると、メディアの注目は落ちてしまう。
菅氏のアベノミクス継承
まず、菅氏についてである。菅氏は長く官房長官として、安倍首相を支えてきた。霞ヶ関から多数の人材を引っ張ってきて官邸に権力を集中する体制を築いたことも、菅氏の手腕が大きかったとする人もいる。また、政権のスポークスマンとして内政を説明してきた経験もある。今までのアベノミクスをなるべくそのまま継承してほしいと思っている人にとっては、菅氏はしっかりした政策をすると期待できるのだろう。
しかし、菅氏には弱点がある。外交経験と党内基盤である。トランプ大統領との蜜月を再現できるとは思えない。各国首脳との関係も、外国経験の乏しい菅氏が、いきなり対等に付き合うのも厳しいとされる。
岸田氏は良識派の政策運営
おそらく、菅氏の弱点をそのまま長所に替えたのが岸田氏である。岸田氏は、外交経験が長く、派閥の長である。
ただ、コロナ対策では、国民1 人30 万円の給付金の計画を覆されて、そこで調整力を低く見られるようになったという。しかし、筆者はこのことだけで岸田氏の実力を軽く見るのは間違いだと思う。外交経験は長く、政調会長として政策のとりまとめをしてきた実績はもっと高く評価されるべきだ。
岸田氏の長所は、何と言っても、常識的な発想の持ち主で、賛同をしやすいことがある。安倍首相は、角が立ちやすい考え方を封じてきたから、ここまでやってこられた。良識派が賛成しやすいリーダーというのは、このうえない長所だ。逆に、良識派だから、サプライズに乏しく、発信力は弱いとされる。そこは、経済閣僚に誰を選ぶかで変わってくるのではないかと思う。
石破氏はアベノミクスの刷新
3人目の石破氏は、前の2人とは少し離れた政策スタンスである。安倍路線とは距離を置いてきたので、従来のアベノミクスの反省や批判ができることが強みだろう。防衛問題には強く、党での経験も長い。決して自民党内では多数派ではないため、政権を取っても政権基盤が安定しない可能性が残る。経歴をみると、銀行員だったこともあるようだが、経済には必ずしも強くはない。
石破氏は、これまで本流にはいなかった点で、かつての小泉純一郎元首相に似たところがある。個性的なところも似ている。半面、安倍首相は、政策に失敗して辞任をした訳ではないので、反安倍路線をあまりに派手に行うと、自民党内での求心力を失う可能性もあるのではないか。
世論調査の読み方
3人のうち誰が首相になると、経済政策をうまく進められるのかは、はっきりとは明言ができない。それぞれに長所と短所があって、安倍首相と比べると、どうしても実力が落ちるからである。
おもしろいのは、菅氏の弱点と岸田氏の強みが裏腹の関係であり、岸田氏の弱点は菅氏の強みにもなっている。2人が互いに協力すれば、弱点がなくなる。どちらかが首相になって、どちらかが支えるとよいのではないか。
もうひとつ興味深いのは、世論調査の結果である。常々、石破氏は、国民や自民党員の人気が高いと言われている。事前の世論調査でも、石破氏のほか、河野太郎防衛相が上位にきている。この結果は、意外に安倍政権の運営に批判的な国民が多くいることを暗示する。
金融関係者たちには、菅氏や岸田氏が首相になると、安倍路線を継承してくれて、株価上昇につながると思っている人が多い。しかし、国民の間には違った思いがあり、安倍首相の路線では不十分だという感情がある。例えば、筆者などはアベノミクスは当初の三本の矢で成功したと言われるが、当の昔に賞味期限切れになっていて、政権後半のテーマではヒット作に恵まれていないと思っている。三本の矢にしても、成長戦略は不十分で、入り口で止まったまま安倍首相は約束を果たしていないとみている。
筆者のような感覚を持っている国民は意外に多いのだろう。もしかすると、菅氏や岸田氏が首相になっても就任後の支持率は高くないという見方ができる。
チャンスを考える
目下の政策課題は、コロナ対策が最優先だ。3人のうち誰が最もうまくコロナ対策ができるのかは全く見えない。誰もうまく進められずに、経済悪化の批判を受ける可能性もある。
だからこそ、次の首相は、そのコロナ対策を予想外にうまく捌いていくことが勝機につながる。次の首相は、衆議院選挙を控えている。選挙で勝ち、支持率を上昇させるには、誰がやっても難しいコロナ対策を成功させることが鍵である。
安倍政権のときのコロナ対策は、様々な問題があった。PCR検査を1日2万件実施すると、安倍首相が宣言しているのに、それが長く実現されてこなかった。組織の目詰まりがあったとされる。首相の意向さえ届かず、組織の論理が優先される。就任当初の安倍首相に求められた「岩盤規制」の改革は、まさしくこうした体質の打破にあったのだと思う。
だから、次のリーダーが目指すべきは、未完の構造改革こそがテーマになるのだろう。このテーマは、経済界の言うところの成長戦略とも重なる部分がある。コロナ対策の次に、そこに切り込むことが、次のリーダーのチャンスになるだろう。
金融・財政政策の正常化
最後に視点を変えて、金融・財政政策を最もうまくコントロールできそうな人物は誰であろうか。3人の中で、特に金融政策に知見がある人はいない。安倍首相は、リフレ志向であり、利上げに極めて慎重だったとされる。3人の中にそうした色濃い志向を持っている人はいないと思う。
むしろ、岸田氏は、常識的な発想を重視して、金融政策をみていた。2018年には、「今の緩和をずっと続けることができると思っている人は少ない」と述べている。岸田氏は、財政運営に関しても、コロナ禍で消費税率引き下げの意見が出ていることに対して、「消費税率を下げるべきではない」と明言している。危ない意見にそう簡単に乗らないところは、安心できる人物だと思える。
石破氏と菅氏が金融・財政政策にどういった持論を持っているのかはわからない。菅氏が安倍政権で日銀総裁人事などに関わったことから、黒田総裁のことをよく知っていることは確かだ。また、菅氏は為替レートに強い興味を抱き、金融緩和を度々評価する発言をしているところからは、景気に対してハト派であると考えられる。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生