「横領」が起きるメカニズム

関係会社経理部長の独り言……俺はしてはいけないことをしてしまった。出向先のこの会社は、会社の金を勝手に引き出して使っても、帳尻さえ合わせておけば誰も気づかない。内部統制がまったくできていないのだ。

分けるべき業務の分割もされていなければ、第三者からのチェックもない。俺の一存で金の出し入れができる。これまで30年間、1円たりとも会社の金に手を出したことはないけれども、今回10万円ほど使ってしまった。

まあ、返せばいいのだ。返せばなんの問題もない。まだ引き返せる。これまでも金で失敗した人を俺はたくさん見てきたじゃないか。まだ引き返せるぞ。でも俺はこの出向先でこれからも普通のサラリーマンを続けるのか?何か希望はあるのか?

【1年後】――もう引き返せない。これだけ使うと期末の帳尻合わせも大変になってきた。もう毒を食らわば皿までだ。まあ、いままで会社には大きな貢献をしてきたんだから、少しくらいもらってもいいだろう。給料も下がったしな。

それにしても本社は何をやってるんだ。いい加減なチェックしかしないから、俺がこんなに使っても見つけられないんだもんな。経理のなんたるかが全然わかってないシロウトが担当役員になる会社だから仕方がないか。

会社って何なんだ?戦略的な視点が必要とか立派なことを言っているが、こんな程度の不正すら見抜けないのだから、笑わせる。俺が本社にいたときは、内部統制やれ!と言われてメンドクサイと思っていたが、違ったな。

あれは会社を守るだけでなく、社員を守るためのものだったんだ。悪いことしようと思ってもできないようにするのだから。内部統制をやらない会社や役員たちは大バカだ。

俺の話は、絵に描いたような転落物語だな。本社の課長時代は、経理に配属された新入社員たちに毎年、経理マンの心得を説教していた。「お金の誘惑に負けてはいけない」「高い倫理観を持て」と。

俺は何を間違ったんだろう?金の誘惑に負けたんだろうか?それとも、出向で小さなプライドが崩れたことで、自分自身も壊れてしまったんだろうか?

刑事罰だけでなく、損害賠償の可能性も

業務上横領罪は、業務として他人の物を預かっている者が、その物を自らの物にした(横領)ときに成立します。被害を受けた会社が警察に告訴状を提出し受理されれば、事件としての捜査が進みます。

起訴された場合は、刑事裁判が開かれ、実刑か、執行猶予かが決まります。業務上横領罪では「10年以下の懲役」が科せられます。

業務として委託を受けた権限を逸脱した行為にあたるため、単純な横領罪よりも罪が重く、被害額にもよりますが、実刑判決が出ることもあります。さらに、当人は会社での懲戒解雇等の人事規定上の処分を受け、会社からは損害賠償を請求されることになりえます。

一度下がったハードルを上げることは難しい

最初はちょっと借りたつもりのお金が溜まりに溜まってしまうのが業務上横領の特徴です。誰か別の人がこまめにチェックする体制を構築しておけば、事件は未然に防げるのですが、ノーチェックの期間が長いと、本ケースのような犯罪者をつくってしまいます。

横領を行う人に問題はあります。しかし、お金の出し入れが1人の裁量で自由自在に行える、誰にもチェックされない、といった状況にあれば、こういった事件は容易に起こります。

本件の当人が言うように、内部統制の整備はそれを防ぐためのものであり、本社のみならず、関係会社や地方拠点などでもしっかりとした体制づくりをしておく必要があります。

これだけは知っておきたい コンプライアンスの基本24のケース
これだけは知っておきたい コンプライアンスの基本24のケース
秋山進(プリンシプル・コンサルティング・グループ代表)
様々な企業のコンプライアンス問題に対処してきた中でその裏側を熟知した著者が、ありがちなコンプライアンス問題を上司と部下とのミニストーリーで解説。汎用的なケースばかりですので、社内のコンプライアンス研修テキストにも使えます

秋山進(プリンシプル・コンサルティング・グループ代表)
(『THE21オンライン』2020年10月15日 公開)

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