企業のコンプライアンスに対する社会の目は厳しさを増すばかり。経営・組織コンサルティングを数多く行う秋山進氏は、「実は会社を窮地に陥れるような企業不祥事は上からの圧力によるものが多い」と指摘する。

企業のコンプライアンス問題に対処してきた中でその裏側を熟知した秋山氏は新著『これだけは知っておきたい コンプライアンスの基本24のケース』において、企業で起こりがちなコンプライアンス問題を例に挙げつつ、その行為の違法性や対応策を解説している。

本稿では、同書より背任罪、横領の2ケースについて触れた一節を紹介する。

※本稿は秋山進著『これだけは知っておきたい コンプライアンスの基本24のケース』(日本能率協会マネジメントセンター刊)より一部抜粋・編集したものです。

「社長、そのお金何に使うのですか?」とは絶対に言えない…

背任罪,横領
(画像=PIXTA)

【秘書課長の独り言……】プロ経営者として会社の再建に成功した社長は、社員にとって神様のような人である。ただ、ちょっと気がかりなことがある。

あるとき、社長の視察旅行の計画を立てたが、欧州の販売拠点の訪問に家族全員がついていくという。そして会社がすべての費用を支払うことになっていた。

社長は仕事においては抜群の能力を示す一方で、お金については何でも会社に支払わせる習慣がある。私は、これでよいのかと思う一方で、社長の会社への功績を考えると、このくらいの便宜をはかっても十分なだけのお方なのだから、とすべての私的な依頼を黙々とこなしていた。

社長の依頼が私にとって危険な領域に近づいてきたのは、課長に昇進してからである。社長の一存で決めることのできる予算(社長予備費)があるのだが、その管理を私がまかされることになった。この仕事をし始めて、胃が痛くなる思いがした。社長のお付き合いの幅はとても広い。

お祝いの類だけでもたいへんな量がある。そして、相手先がどういう人でなぜ払うのかよくわからないものもある。社長は支払いの中身を饒舌に説明してくれるときと、余計なことは調べるな、マシーンとして言われたことをやれと、まったく支払いの中身を語らず、無言の圧力をかけてくるときがある。

不安になって、相手先を調べたりもした。いろんな悪評がネット上にあがっていることもある。それならまだましだ。調べても何もわからない会社や個人に出くわすこともある。

そういう会社や個人に社長自らが多額の支払いを命ずるというのはいったいなんだろう?不安になって先輩に相談してみた。先輩のアドバイスはシンプルだった。

「サラリーマンとして人生をまっとうしたかったら、あまり知りすぎてはいけない」

それはそうだ。しかし、このようなお金の支払いをそのままにしておくことは、問題にならないんだろうか?株主はどう思うのだろう?社員の年収をはるかに超える額がポンポン消えていく。これでいいのか?私の疑念はさらに深まる。

「偉い人」が行う背任罪、それが特別背任罪

取締役が他者や自分の利益を図り、任務に背く行為をし、会社に財産上の損害を与えた場合、会社法の特別背任罪の適用の対象になります。

たとえば、取締役が取引先に多額の資金を貸し付けたり、会社の財産を自分のために使ったり、利益が出ていないにもかかわらず株主に配当をしたりするなどして会社に損害を与えた場合には、会社法に定める特別背任罪が成立し、「10年以下の懲役か1000万円以下の罰金またはその両方」が科せられる可能性があります。

ただし、立証のハードルは高く無罪判決も少なくありません。被告側が問題の支出や融資を「会社のためだった」「適正な手続きを踏んだ」と争うケースが多いためです。今回も、社長予備費は社長の裁量で使えるという規定があるため、特別背任罪を問えるかどうかの判断は難しいとも言えます。

「長いものに巻かれる」でいいのだろうか?

会社に対して大きな貢献をした人であれば、多少の問題行為は許されるという人もいますが、そうではありません。

社長は株主から委任を受けて会社の経営を行っているのだから、忠実かつ善管注意義務(「善良な管理者の注意義務」の略。業務委任された人の能力等から期待される注意義務)をもって経営を行うべきであり、それを逸脱する(判定は難しいですが)ことは許されないことです。

サラリーマンとしての人生を考えるならば、長いものに巻かれることを全否定することはできないと思われます。先輩の忠告はもっともだ、とも言えます。

しかしながら、会社のお金を私的に使っても悪びれない経営幹部がいれば、会社や社員全体のモラルは崩壊します。改心を迫るか、排除するか等を社外取締役や監査役等とも相談しながら対策を練ることが必要です。

では、もう一つ、別のケースも考えてみましょう。