経済成長と労働参加の向上が所得代替率の低下幅を緩和する
(厚労省「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し」)
大和総研 政策調査部 / 佐川 あぐり
週刊金融財政事情 2021年3月8日号
公的年金制度は、現役世代が払う保険料をその時々の高齢者に給付する「賦課方式」で運営されている。ただ、高齢者が増え現役世代が減少する少子高齢化が進展すると、財政上、この方式での運営は難しくなる。そこで2004年の年金制度改革では、負担が際限なく増えないよう保険料率を固定し、その財源の範囲内で給付を賄えるよう、マクロ経済スライドと呼ばれる調整方式が導入された。
マクロ経済スライドは、制度の支え手である現役世代の人数の変化と、年金受給額を増やすことになる平均余命の伸びに応じて、実質的な給付額を引き下げる仕組みである。約100年先までを見据えた計算に基づき、年金財政が均衡するよう調整期間が決まる。その期間中は、給付水準を示す所得代替率(現役世代の平均賃金に対する年金額の割合)が低下していくことになる。
今後の所得代替率の引き下げは不可避だが、給付を抑制し過ぎれば高齢者の生活が脅かされる。この点、政府は年金財政の健全性を少なくとも5年ごとに検証することになっている。その上で、モデル年金(平均的な賃金で40年働いた夫と専業主婦の妻の夫婦が受け取る年金)で見た所得代替率が次回の検証までに50%を下回ると見込まれる場合には、年金の枠組みを見直すよう法律で定められている。
直近の19年財政検証では、将来の経済状況について6ケースが設定され、ケースごとにマクロ経済スライド調整終了後の所得代替率や調整期間の見通しが示された(図表)。19年度に61.7%だった所得代替率は、経済成長と労働参加が進むケース(Ⅰ~Ⅲ)では50%以上を維持できるが、そうでないケース(Ⅳ~Ⅵ)では調整期間の途中で下限の50%に到達する見通しだ。
もっとも、所得代替率は現役層の賃金との対比で年金水準を見たもので、金額とは別問題だ。所得代替率が下がっても、賃金が上昇すれば年金額が減るとは限らない。受け取る年金の購買力という点では物価上昇分を割り引いた実質年金額も重要であり、ケースⅣやⅤでも、それは横ばいか微減にとどまる見通しである(ケースⅠ~Ⅲでは実質年金額は増加する)。
また、個々人の視点からは、高齢になってもできるだけ長く働き、年金の受給開始時期を遅らせれば、割り増しの年金を受け取ることができる。余命がさらに伸びる将来の受給者は、受給開始を多少遅らせても現在の受給者より受給期間が長くなるケースが増えるはずだ。
ただ、所得代替率の維持が重要であることは間違いない。検証結果が示すとおり、女性や高齢者の労働参加を促すなどして経済成長率を高め、所得代替率の低下幅が小さくなることが期待される。
(提供:きんざいOnlineより)