カンブリア宮殿,クラシル
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小学生が「ミシュランの味」を~レシピ動画世界一の秘密

兵庫県尼崎市に住む西理美さん一家は最近、あるスマホアプリのサービスを楽しんでいる。ここ数年で人気急拡大したさまざまなレシピが動画で見られる「クラシル」だ。

この日は子どもたちと、ミシュランシェフのレシピシリーズの中から、「鳥羽周作のハンバーグ」に挑戦した。全てが動画のクラシルは、食材を切る大きさなども一目瞭然。素人でも間違えることがない。ナツメグを混ぜ込んだ本格的なパテ、野菜ジュースやお好み焼きソースを隠し味にした特製ソース……。動画の通りにすれば、小学生でもミシュランシェフの料理が作れてしまう。

「ちょっと感動します。こんなにおいしく作れるんだと」(西さん)

「クラシル」には、こんな本格レシピがあるかと思えば、電子レンジで簡単にできてしまう「レンジで簡単 ふわふわ塩バターロールキャベツ」があったり、ちょっとした酒のつまみにたまらない「5分で作れる アボカドボードでホタテユッケ」があったり。レシピ動画数は世界一を誇る4万以上。アプリのダウンロードは2800万を超えている。

料理が苦手な人もあっという間に料理好きに変えしまう。その一人、東京・大田区の八巻玲子さんが見始めたのは、糖質10グラム以下のレシピコーナー。「クラシル」はこうしたテーマごとにレシピを探せるようになっている。この日のメニューは健康を考えて糖質の少ない「厚揚げ入り筑前煮」と、「フライパンで簡単 タラときのこのホイル焼き」。 料理が大の苦手だったという八巻さんだが、動画なので失敗しないクラシルを使い始めて、夕飯作りが楽しみになったという。

「今までは文章だけのレシピしかなかったので、分かりにくいところがあったのですが、うまく作れるようになってうれしいです」(八巻さん)

レシピサイトといえば、多くがユーザーの投稿で成り立っている「クックパッド」が有名だ。一方の「クラシル」にはレシピが動画であること以上に大きな特徴がある。

カンブリア宮殿,クラシル
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つい「作りたくなる」理由~驚きのスマホ経営とは

東京・港区にある「クラシル」を運営するdely(デリー)の本社。最重要という部屋では、ずらりと並んだブースで何人ものスタッフが料理を作っている。そしてその様子を上からカメラが撮影する。4万を超えるレシピ動画は全て自社で作っているのだ。

「スピード感を持って対応できるし、トレンドや世間のニーズをいち早くつかんで動画を公開できるのが一番のメリットだと思います」(フードラボリーダー・田部晴菜)

ただ撮影するのではなく、料理にはテーマが決められている。例えば「ピーマンとパプリカの梅おかか炒め」は「家の冷蔵庫にもありそうな食材で作れる」がテーマだ。一方、チーズの上に枝豆を乗せ、フライパンで軽く焼き上げた「枝豆のパリパリチーズ」のテーマは「簡単なのに華のあるおつまみ」だ。

レシピを撮影するのはクラシルシェフと呼ばれる元シェフやパティシエなど、多くが料理のエキスパート。一つのレシピを、調理から動画撮影まで一人で責任を持つ仕組みだ。

撮影が終わった動画はすぐに編集チームへ。そこに最大のこだわりがあった。

「1つのレシピを1分程度に編集するのが一番の特徴だと思います」(クリエイティブスタジオ・津田直幸)

「クラシル」の動画は、どんなに手順が多いレシピでも1分程度と決められている。この短さが、誰でも挑戦したいと思わせるのだ。

「1分を超えると途中で見るのをやめる人が多くなる。素早くさっと見て、そのまますぐに料理をしてもらおうと」(津田)

こうして「クラシル」は1日50本を超えるレシピ動画を作り、アプリに掲載し続けている。アップしたレシピ動画のデータ分析にも余念がない。マーケティング定例会議では、動画の再生状況など、あらゆる角度からユーザーの動向を分析し、より客が求めるレシピを作り上げるという。

「動画が実際に何秒見られたかなど、全てデータを取っている。データを見ながらコンテンツの企画を考えています」(マーケティング本部執行役員・野村知己)

メニューは全て管理栄養士の監修のもとで作られる。

この日、delyを訪ねてきたのは、大手パスタメーカー「日清フーズ」の南部祥宏さん。「クラシル」に自社商品を使った動画を掲載してもらい、ユーザーにアピールするためだ。食卓のメニュー決定に大きな力を持つ「クラシル」は、もはやメーカーも無視できない存在だ。

「特に若年層、20代~40代の方に食べてもらいたい、知ってもらいたいので、『クラシル』さんで配信していただきたいと思います」(南部さん)

「世界中の料理を公開して、誰でも食べられるようにするのが僕らの仕事です」と言うのは、dely社長・堀江裕介(28)だ。10年前、高校3年の時に起きた東日本大震災。その惨状にショックを受け、ビジネスで社会に役立ちたいと、起業を決意した。

堀江には、普通の経営者とは一味違う経営手法がある。ちょっとした移動の合間もスマホから目を離さない。必死で見ているのはSNSへの書き込み。中でも探しているのは「離乳食のメニューを増やしてほしい」というような投稿だ。

「大事なので返信します。会社が大きくなり、お客さんの声が伝わってこなくなるのが一番危ないし、現場感がなくなってしまうのが危ない」(堀江)

堀江は客が呟いた「クラシル」への不満を徹底的にチェックし、改善を続けてきた。中には「びっくりするほどまずかったから、もう『クラシル』は信用しない」という投稿もあるが、「こういうのを見るとショックですけれども、ショックなところにタネがあるから、きつい声が聞けなくなったら終わりです」と言うのだった。

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震災が生んだレシピ動画~28歳社長の知られざる格闘

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この日、「クラシル」の一行が訪ねたのは東京・港区青山にあるステーキレストラン「The Burn」。撮影機材を設置して始めたのは、料理長・米澤文雄さんの撮影だ。

これは「クラシル」が独自に作るユーチューブ向け動画「シェフのレシピ帖」。今回は「スーパーの厚切りステーキ肉を最高においしく焼く方法」を伝授する。人気シェフのノウハウを知ることができ、コロナ禍で困窮するレストランの宣伝にもなると「クラシル」が企画して制作しているものだ。

「営業時間が短くなった中で手助けができないか。世の中をちょっとでも明るくできるように必死で考えました」(クリエイティブスタジオ・寺尾尚士)

「うれしいです。料理を作っている身としてお互い相乗効果になればいいですね」(米澤さん)

堀江の信条は、社会や利用者の役に立つことだけを考えることだという。

「あくまで世の中にいいことで、そのうえで、ユーザー目線で意思決定しようと。僕らが儲けたいという話が最優先になると、長期的に成長する会社にはならない」(堀江)

群馬県前橋市出身の堀江。その挑戦心の原点とも言えるのが県立前橋高等学校。県内トップの進学校でありながら、甲子園も目指すという文武両道が伝統。野球部は特に厳しかった。堀江は迷わずその野球部に入部する。

OBで副顧問の中島拓郎さんは、2年後輩の堀江のことをよく覚えているという。

「堀江君はほとんど勉強していなかったと思います。引退するまで野球ばかりで、誰よりも遅くまで練習して全国を目指していた」(中島さん)

必死で練習をしたが、甲子園はかなわなかった。転機となったのは大学受験の前日に襲った東日本大震災だ。堀江は「自分にもできることがある」と、すぐに宮城県石巻市へボランティアに。町が廃墟と化した被災地で、ひたすら瓦礫の撤去作業を行った。しかし「瓦礫の処理をしたのですが、何もできないことに勝手にいら立っていました」。

そんな時、堀江はあるニュースを目にする。そこにはソフトバンクの孫正義氏の姿が。被災地のために個人で100億円を寄付するという。堀江は衝撃を受けた。

「テレビでたまたま孫さんが100億円を寄付するというのを見て、こんなに影響力を持てる職業があるのか、と。プロスポーツ選手でも歌手でもなく、ビジネスマンとしてこんなことができる。大きな事業を作って大きな力をいい方向に使うことができるのではないか。自分もやってみようと思った最初のきっかけです」(堀江)

起業してビジネスを大きくすれば、社会をより良く変えることができる。起業の決意をした堀江は、ベンチャー精神にあふれた若者が集うことで知られる慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスで学び始めた。しかし、そこで堀江が求めた起業家の精神と出会うことはなかった。

「僕がゾクゾクするような挑戦をしている人はいなかった。本当にやりたくてやっているのかと問うと『目立ちたい』『就活に生かしたい』という実績づくりみたいな面があって。ここからは孫さんもスティーブ・ジョブスも生まれないと、飛び出しました」(堀江)

慶應義塾大学在学中に仲間と会社を設立。最初に立ち上げたフードデリバリーのビジネスにちなみdelyと名付けた。だが、堀江自身が配達に奔走するも、事業は大失敗。5000万円集めた資金は、あっという間に底をついた。

「僕らの実力不足。社員さんはみんな辞めていきました」(堀江)

残ったのは一緒に会社を立ち上げた共同創業者の大竹雅登、一人だった。

「売り上げは月に数万円で人件費は到底払えない。毎月2人とか、徐々に抜けていき、雰囲気、空気は最悪でした」(大竹)

絶望の中で堀江の頭に浮かんだのは、まだ社員がいた頃の楽しかった思い出。お金がない中、みんなで料理した鍋料理だった。

「野菜だけの鍋とか、みんなお金がないから、みんなで料理するのが一番安くて楽しかった」(堀江)

そんな記憶から、日本ではまだ誰もやっていないレシピ動画という切り口を思いつく。

「レシピ動画をネットで配信したら、すごくウケが良かったんです」(大竹)

レシピ動画にビジネスチャンスを見出した堀江は再び仲間を集め、2016年、「クラシル」の事業を立ち上げる。すると、「動画だと作り方がわかりやすい」と口コミで火がつき、瞬く間にユーザーが増えていった。

食に関する不満を世の中から消滅させたい。堀江は、苦悩の中でつかんだ命題を胸に、果敢に攻め始めた。

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レシピ動画がスーパーと合体~これは便利、お買い得品メニュー

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前出のクラシルユーザー・八巻さんは最近、便利な機能を見つけたという。近隣のスーパーのチラシが自動的に届く機能。しかも、お買い得の食材に合わせたお勧めのレシピまで表示されるのだ。

「何が特売で安いのかが分かり、それによって献立が決められて便利です」(八巻さん)

開発からわずか1年で、チラシ機能は大手チェーンなど全国2万5000店で利用されている。スーパーにも大きなメリットがあるという。

「食材からレシピが選べるのはすごく便利だと感じました。若い人の新聞購読率が下がっていて、20代から40代に届いていなかったチラシ情報が届けられるのはかなりの利点だと思います」(「いなげや」営業企画本部・飯原哲也さん)

「いなげや」練馬関町店では、入り口に設置されたレシピカードでもクラシルと連携していた。カードのQRコードを読み取るだけで、「クラシル」の動画が観られる仕組みになっているのだ。

去年の12月に始まったのが、大手イオンと組んだ画期的なサービス。「クラシル」で作りたい料理が決まれば、「スーパーで検索」というボタンを押すだけで、動画で使われている食材を一括で購入できてしまうのだ。「クラシル」とイオンのネットスーパーが繋がった便利なサービスの利用者は急激に増えているという。

「当初の予定より3倍、4倍で受注件数が伸びている状況です。あれだけのアプリのダウンロード数があって支持されているサービスだから、これからいろいろとやっていきたいと思います」(「イオンリテール」ネットスーパー本部・上田啓介さん)

この事業を担当するのは、堀江と共にdelyを創業した大竹だ。

「食材の買い物は必ず発生してくる行為なので、とにかく買い物の負を解決することをやっていく」(大竹)

そしてこれからの「クラシル」について、堀江はこう語っている。

「絶対的にやらなければいけないのは自社での配送。僕らがこれをできるようになったら、他のスーパーもネットスーパーができるようなプラットフォームを提供できるかもしれない。もしかしたら町の精肉店とかも……」

「クラシル」は、消費者の便利を脇目も振らず追求することで、進化を続けている。

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~村上龍の編集後記~

堀江さんは「挑戦しないことはダサい」という姿勢で生きてきた。野球に打ち込んだ高校時代も、慶応大環境情報学部在学中も、フードデリバリー事業をスタートさせたときも、常に全力で考え抜いていた。料理レシピ分野に参入するときも「動画」ならば自分たちが先行できると気づいた。動画の画質にもこだわった。「コンテンツに優位性はない、コンテンツは群れとなってこそ意味がある」。正しい。こんなに正しいことを言う若い人に久し振りに会った。

<出演者略歴> 堀江裕介(ほりえ・ゆうすけ)1992年、群馬県生まれ。2014年、慶應義塾大学在学中にdely創業。2016年、「クラシル」サービス開始。2018年、ヤフーがdelyを子会社化。

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