カンブリア宮殿,鯖や,SABAR
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今や空前のサバブーム~専門店は連日満員

東京・練馬区の「アキダイ」関町本店。スーパーで今、サバ缶は飛ぶように売れているという。サバ缶の生産量はツナ缶を抜くまでに拡大した。

人気の理由は、中性脂肪を減らすEPAやDHAという成分が多く含まれており、さらに骨までまるごと入っているからカルシウムも豊富。つまり健康にいいからだ。

缶詰だけではない。サバの塩焼きやみそ煮などの総菜も人気となっている。さらに、サバ好きが集まった全日本さば連合会なる団体が各地でイベントを繰り広げるなど、今や空前のサバブームなのだ。

そんなブームを追い風に、サバ専門の飲食店が増殖中だという。それが「SABAR」という店。東京・港区の大門店には「鯖宮城」と書かれた看板がかかる。店内を見回すといたるところにサバのデザインが。ビールのジョッキには「お疲れサバです」の文字。だから、自然と乾杯の掛け声は「お疲れサバ」に。

店の看板メニューは玉手箱ならぬ「鯖宮城の鯖手箱」(1380円)。トロサバと呼ばれる脂がよく乗った東北産のサバで、刺身や燻製などの豪華4種盛り。漁港で獲れたてのサバをマイナス40度以下で冷凍。だから足の早いサバを、刺身でも食べられるのだ。

この店で出すトロサバは独自の基準がある。「魚体550グラム以上で脂質も21パーセント以上。とろけるような食感がまさに『トロサバ』です」という。

おすすめ料理は極上のトロサバを使った「トロサバのしゃぶしゃぶ鍋」(1人前1980円)だ。醤油ベースのスープに削りたてのサバ節を入れる。そこにトロサバを入れてしゃぶしゃぶすれば、ほどよく脂が溶けてちょうどいいあんばいになるそうだ。

サバの料理はまだまだある。「サバの串焼き5種盛り」(980円)、「燻製サバのサラダ」(880円)、「サバのチーズグラタン」(780円)……サバにかけて38種類のサバ料理が。定番の「大トロサバの塩焼き」(2880円)は大ぶりで、脂もたっぷりだ。

8月、東京・渋谷区に「SABAR」代官山店がオープンした。「ご予約2名さま漂流されました」「ようこそ、サバ島へ!」と案内されるこの店は、無人島に客が漂流してきたというのがコンセプト。緑で雰囲気を盛り上げる。料理にはサバを1匹丸ごと串焼きにした「サバのジャマイカソース焼き」(980円)など。

一方、食い倒れの町・大阪にある「SABAR」京橋店は、ゲートを通って中に入ると店内はまるでテーマパーク。「サバのひつまぶし」(1138円)は、最後はダシをかけて、お茶漬けにして味わいつくす。

「SABAR」は東京、大阪を中心に、全国に16店舗。店ごとに違うコンセプトで客を楽しませている。

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外食、中食、養殖も~サバ一本に賭ける男

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「SABAR」を運営しているのが、大阪・豊中市に本社がある鯖やだ。

創業2007年、従業員は社員と店舗スタッフをあわせて約200人になる。何から何まで、サバにこだわっている。たとえば携帯電話は「『サバ電』です。社員は1人1台持ってるんですけど、下4桁が1138(イイサバ)、4138(ヨイサバ)です」と言う。

屋根にサバの模型を乗せた宅配用のバイクは「サバイク」。サバ博士を自称する鯖やの社長・右田孝宣(44)は「これで1年ぐらい会社に通いました。信号待ちってこんなに長かったっけと思って」と笑う。

もともとはサバの棒寿司の宅配からスタートし、いまや業界で注目される存在に。

「我々がサバのマーケットリーダーになって、サバのマーケットにあるいろいろな新しいものを創造して作っていく企業になる。サバのパイオニアになっていこうと」(右田)

目指すは、サバに関わることならなんでもやる「サバの総合カンパニー」。だから、鯖やがやっているのは外食だけではない。

神戸市にある「トーホーストア」六甲道駅前店。スーパーの特設ブースで売っていたのは、自社開発したレトルトの「鯖カレー」だ。削りたての「サバ節」といった商品も。中でも一番人気の商品が「トロサバの棒寿司」(1本2057円)。鯖やの創業当時から右田が「サバイク」に乗って宅配していたものだ。

鯖やは20種類のオリジナル商品を展開。スーパーや駅ビルの他、ネット販売もしている。サバ一本で勝負する鯖やの売り上げは急成長した。

新たな事業にも取り組んでいる。福井県小浜市は、かつて「鯖街道」の起点となっていた土地。行商人がサバを一昼夜かけて京都まで運んでいた。そんな質の良いサバが、豊富にとれていた小浜だが、今では海水温の変化などにより、漁獲量が激減している。

そんな小浜を再びサバの町にしようと、右田が動き出していた。

「サバの未来を担っていけるような養殖場になる可能性があると思います」(右田)

小浜市が主導し、地元の大学と連携して始まったサバの養殖プロジェクト。その事業に1年前から、鯖やも協力することになったのだ。

養殖されているサバはおよそ1万尾。このサバには「よっぱらいサバ」という名前が付けられている。名付け親は右田。通常、魚の養殖で使われるのは魚粉と呼ばれる餌だが、ここでは酒粕を加えるから「よっぱらいサバ」というわけだ。

酒粕はアミノ酸を豊富に含むため、脂の乗りがよくなり、魚の臭みも抑えるという。さらに、漁師にとってうれしいのは、成長が早いことだという。

「天然物は3年かかるところを、養殖なら1年に縮められる」(右田)

鯖やは今年、ここ小浜にも「SABAR」鯖街道小浜田烏店を出店した。「よっぱらいサバ」の普及に一役買っている。サバを丸々一匹使った「よっぱらいサバの姿造り定食」(2980円)だ。天然物に比べて甘みが強く、程よい脂の乗りで、しつこさがないという。

「よっぱらいサバ」は、地元の民宿や料理屋でも提供する店が増えている。サバの街復活を願う松崎晃治小浜市長も「昔、小浜はサバですごく栄えた。第二章はまたサバで復活ということで。サバにものすごく熱い右田さんがやって来て、集落の皆さんを巻き込んで熱くしている気がします」と、期待を寄せる。

サバへの愛はとどまるところを知らない右田。

「新しい文化を作りたいんですよ。今ある既存のマーケットに対してお伺いをたてるのではなく、新たなマーケットを生み出すのが我々の役割だと思っています」(右田)

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魚も勉強も大嫌い~元ヤンキーの波乱万丈記

大阪市にある「大阪ガスキッチンスタジオ」に大勢の親子が集まっていた。その中央に右田の姿が。右田が教えていたのはお寿司の作り方。鯖やが手掛ける「親子すし教室」は、年8回程、全国各地で開催している。教室の狙いは食育。寿司づくりを通じて、子供たちに魚好きになってもらおうという右田の思いから始まった。

そこで右田は、子供たちにある秘密を告白した。

「実は僕は19歳まで魚を全く食べられない男の子でした。なぜ食べられなかったかというと、母親が魚の臭みを最大限にひきだす力を持ってまして…」

隣に立っていた弟の孝哲副社長が「お前の母親、すごいな」と言うと、右田はすかさず「お前も一緒や」と切り返し、笑わせた。

右田は1974年、大阪市で、和菓子屋の息子として生まれた。大の勉強嫌いだったそうで高校で留年し、4年がかりで卒業した。就職したのは、あろうことか、大嫌いな魚屋だった。

「友達から『俺の顔立てて魚屋に勤めてくれないか』と言われたんですけど、『いやちょっと待て。俺、魚食わないし大嫌いだし。魚屋に勤めてもすぐ辞める』と」(右田)

右田の仕事は魚の下処理ばかり。魚臭いし、水は冷たいし、1日も早く辞めようと考えていた。そんなある日、右田に最初の転機がやってくる。

得意先の料理屋に魚を配達に行くと、そこの大将から「まかないの魚、食べていきなよ」と言われたのだ。魚は嫌いでも、大将の好意を無にするわけにはいかない。右田は、カレイの煮付けを、嫌々ながら口にした。

「衝撃を受けるくらいおいしくて。『こんなに魚っておいしいんですか』と言って、そこから一気にはまっていきました」(右田)

これを機に大の魚好きとなった右田は、勉強嫌いも一変し、魚について猛勉強を始めた。さらなる飛躍を求め、23歳の時、オーストラリア・シドニーへ。勤めたのは日本人オーナーが経営する回転寿司店だった。

しかしその仕事は、ロボットが作ったシャリ玉に寿司ネタを乗せるだけ。日本で身につけた魚の技術や知識はまったく必要とされなかった。そこで右田はある行動に出た。

「社長をつかまえて、『僕、日本では魚屋さんで働いていたんです。全ての魚をさばけるし、マグロも解体できます。僕を本部で雇ってください』と直談判して、『おまえ、面白いな』と本部に吸い上げてもらったんです」(右田)

これが転機となって、商品開発やマーケティングを担当。工場長を任されるまでに。右田はオーストラリアでビジネスの「いろは」を学んだ。

その経験を生かし、帰国後は大阪市内に念願の居酒屋をオープンさせる。常連客も付き始めた。その店で人気となった料理がある。それがオーストラリア時代、外国人の好みに合うように酢を弱めにして作ったサバの棒寿司だった。

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きっかけは妻の一言~サバ専門店ができるまで

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そして最大の転機が、妻・史江(鯖や・経理担当)の一言だった。

「主人が作るサバ寿司はおいしかった。『おいしいからこれだけでやってみたら』と」(史江)

この一言で、右田は、2007年にデリバリー専門の「鯖や」を創業。どうせなら目立つようにと、史江が宅配バイクをデザイン。それをもとにした「サバイク」で、宅配を始めた。さらに、宣伝効果を狙ってサバのオリジナルソングを、流しながら走った。

変なバイクと変な曲でサバの棒寿司だけを売る宅配は、大阪の町で話題となり、メディアでもとりあげられるように。するとスーパーや百貨店などからも引き合いが殺到、販路を拡大していった。

そこで右田は勝負に出る。大量注文を見込んでサバ寿司工場を増設したのだ。しかし、急激な事業拡大で、資金繰りにあえぎ倒産の危機に。当時の預金通帳を見せてもらうと、残高はわずか1万5002円だった。右田は友人のすすめで「サバ専門の飲食店」に活路を見出そうとするが、そのための資金もなかった。

「その企画を持って銀行を回ったんです。そうしたら信用金庫さんに『これ以上サバサバ言ったら金を貸さんぞ』と言われた。『サバ以外をやりなさい』と言われた時に、金融機関は無理やなと」(右田)

そこで頼ったのがクラウドファンディングだった。クラウドファンディングとは、ある事業に賛同する個人から、少額の出資を得て資金を調達する方法。目標金額に達すると事業を始められるシステムだ。右田は、出資者向けの説明会に足を運び、事業内容を説明。どこにもない「サバ専門の料理店を作りたい」という思いを熱く訴えた。

こうして3か月かけて必死にアピールした結果、420人から1788万円の出資を得ることができた。この資金をもとに、2014年、「SABAR」1号店の大阪福島店をオープン。今では、香港・シンガポールと、海外でも日本のサバ文化を広めている。

鯖やの誕生から転落、成功までを右田と共に歩んできた妻の史江は、「何とかなるだろうし、するだろうと思いましたね。若い時から、出会った時からそんな感じ」と、振り返った。

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大手水産会社とタッグ~新たなサバ食品を開発

東京・港区の日本水産本社。世界の海で水産資源の調達から食品の加工販売まで行う大手企業で、年間売上高は約6800億円。今年8月、そこで新たなプロジェクトに関する記者会見が行われた。

そこには右田の姿があった。鯖やとニッスイが業務提携することになったのだ。

大企業のニッスイは、なぜ鯖やと組むことにしたのか。日本水産の的埜明世社長は「サバに特化していて、僕らが持ってないものを持っている。自分でお店を持って、商品開発の努力もされている」と語っている。

今後はサバに関する様々な商品を共同開発していくという。

その1か月後、日本水産大阪支社に商品開発の担当者が集まった席で、右田は「マーケット的にサバというものの注目度は高くなってきているので、このタイミングでサバのおにぎりをリリースしていきたいと思います」と話した。

共同開発の第1弾はサバのおにぎり。今後試作を繰り返して、サケやツナに負けないサバのおにぎりを世に出す考えだ。

「おにぎりは、我々のサバのある生活を提供しようとするミッションのなかで一番手に取りやすい。これだけの企業と組んでいるのに、売れる商品を作れないのは罪ですよね」(右田)

※「鯖や」の鯖は魚ヘンに青

~村下龍の編集後記~

質問メモとして、毎回、資料から「個人史」を書く。右田さんは44歳という若さなのに、経歴が面白すぎて史上最長になった。

「大の魚嫌い」が「鯖博士」になるまで、波乱万丈というわけでもなく、すべてのエピソードの背後に、本人も気づかない「鯖の魂」が回遊していたのだと思う。なので、気づいたら電光石火、やることは恐ろしく早く、また、速かった。

今、鯖は、EPAやDHAを含み健康にいいということで空前のブームらしい。右田さんは、ブームを歓迎しているが、もっと深い「理想の海」を、鯖とともに目指している。

<出演者略歴>
右田孝宣(みぎた・たかのぶ)1974年、大阪府生まれ。1997年、オーストラリアに渡り、回転寿司店に就職。2004年、大阪で居酒屋「笑とり」開業。2007年、鯖や設立。2014年「SABAR」開業。

放送はテレビ東京ビジネスオンデマンドで視聴できます。

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