住宅の不満を一挙に解決~日本最大の快適&便利メーカー
新宿のビルの中に尋常じゃない混雑ぶりを見せるショールームがある。客を引きつけているのは、思わず欲しくなる最新の住宅設備だ。
最新式のキッチンは、包丁をそのまま使っても全く傷がつかない、まな板いらず。引き出しも斜めに開く独自設計で、奥にあるものがぐんと取り出しやすくなった。
トイレにも優れものがある。トイレ掃除の悩みの種といえばやっかいな飛び散り。それを解消してくれるのが、便座が上がると奥から泡が出てくるトイレ。泡がクッションになり、飛び散らないようにしてくれるのだ。便器自体も画期的な新素材。驚くほど汚れがつきにくい素材が使われている。
シャッターにも熱い夏に便利な機能が。リモコン操作ひとつで隙間が開き、シャッターを閉じたまま、光を取り込むことができるのだ。
一方、お風呂場のコーナーでは、なんと取り外せるカウンターが。これなら掃除しにくい裏側まで丸洗いできる。
様々な住宅設備の進化に客は釘付けだ。あらゆるジャンルの膨大な商品がそろうこのショールームはリクシルのものだ。
リクシルは大手住宅設備メーカーが合併してできた。誕生したのは2011年。サッシのトステム、トイレのイナックスなど、日本を代表するメーカー5社が統合。その年商は1兆6000億円を超える。しかもその結果、住宅のほとんどの分野でトップシェアを誇る驚異的な企業となった。
住宅関連といえば、全国に展開するホームセンターの「ビバホーム」もリクシルグループ。おびただしい数の水道の蛇口からDIY用の木材まで、圧倒的な品ぞろえで客を引きつけている。業績も好調で、2年連続で最高益をたたき出した。
家の建て替えを機に、様々なリクシル商品を購入した東京都中野区の由川裕康さん、幸枝さん夫婦。まず見せてくれたのがお気入りのキッチン。手を触れずに水を出すことができるタッチレスの蛇口「ナビッシュ」(15万5520円)だ。
続いてはトイレの「サティスS」(35万3160円)。便座が自動で持ち上がり、ライトで照らされるため奥まで楽々掃除ができる。しかも、通常便座には継ぎ目があり汚れが溜まりやすいが、このトイレは一体成型でその心配がない。
裕康さんが病みつきだというのはお風呂。つかると肩に心地よいお湯がかかる仕組みになっていて、打たせ湯も楽しむことができる。
リクシルの商品開発には大きな特徴がある。例えば、キッチンを得意としてきた埼玉県深谷市にある旧サンウエーブの工場。ここで作られているのが、硬い材質でショールームの客を驚かせていたまな板いらずのシステムキッチンだ。
実はこれまで、この工場では使っていなかった素材で作られている。日本でここにしかない特殊な研磨ロボットで加工していたのは、最高水準の強度の陶器、セラミックだ。このセラミックを得意としてきたのが旧イナックス。長年培ってきたタイルを焼き上げる高度な技術が、セラミックのキッチン開発を可能にした。
統合した各社の技術を組み合わせ、他にない商品を作っているのだ。
5社が統合した巨大メーカー~1兆円企業にベンチャー魂を
大胆な商品づくりに取り組めるようになったのは、リクシルが開発の方針を変えたからだという。
「通常、企業で失敗してしまうと『誰の責任だ』となります、今は失敗で何が学べるか、次にどう生かすかが求められるので、小さな試みや実験がやりやすくなったと思います」(キッチン事業部・佐藤誠)
大胆な商品に挑戦できるリクシルの強さは、この「失敗を問われない」仕組みにある。
発表するなり業界関係者の度肝を抜いたサッシも同じ。抜群の眺望が得られるフレームが見えない窓だ。どうやって開けるのかというと、取っ手はサッシの脇の壁に埋めこまれている。レバーを倒せば簡単に開くことができる。これまでにないサッシに工務店の設計担当者も「斬新なので使いたいなと思いました」と言う。
このサッシの完成に至るまでの挑戦は、まさに実験の連続だったという。1枚160キロという極端に重い窓をスムーズに動かすため、特殊な滑車を作るなどの試行錯誤を繰り返し、完成させた。試作品作りだけでも多額のコストがかかる開発は、それまでなら尻込みするものだったという。
「『失敗していいよ』となると、新しいものに挑戦できる雰囲気になる。失敗を許容されるのはすごくメリットがあると思います」(サッシ・ドア事業部・中山佳之)
「失敗を恐れない」今までにない実験的な商品への挑戦。仕掛け人は社長の瀬戸欣哉だ。
瀬戸は2016年、リクシルのトップに迎えられた。それ以前には、あるベンチャーを大成功に導き、注目されている。それが、企業や商店の人などが使うプロ仕様の道具がなんでもそろうサイト「モノタロウ」。いまや、280万を超える事業者が使う圧倒的人気を誇るサイトだ。瀬戸は「モノタロウ」を創業わずか9年で東証1部へ上場させ、年商800億の企業に育て上げた。
その瀬戸に目をつけたのが、統合効果を出せず赤字に陥ったリクシルだった。瀬戸の就任当時、社員たちは萎縮し、大企業病のような状態に陥っていたという。 「リスクを恐れて自分を表現しない人が多かったんです。昔の成功体験があったから、チャレンジしようという気持ちが少なくなる」(瀬戸)
瀬戸は巨大企業リクシルにメスを入れる。100人以上いた役員を一気に半減。現場を回り、社員たちにベンチャーのような挑戦的商品作りを説いて回ったのだ。
「この会社を変えるためには、個々が自分でリスクを意識しながら実験をしていく必要がある。そして実験の結果に関しては失敗を責めない。失敗から学ぶ限り、それは投資。それがベンチャー的なものの考え方だと思うんです」(瀬戸)
安心・便利な新リフォーム~わずか45分で暮らしが快適に
慌ただしく準備をしているのは、神奈川県相模原市にあるリクシルと提携する工務店「彩ホームプランニング」のスタッフたち。最近、あるリフォーム工事での出動が急増しているという。リクシルが始めた人気のサービスだ。
訪ねたのは安原かよ子さんのお宅。30年以上住んだ家に不具合が出たという。今回、リフォーム工事するのは、すっかり古くなってしまったお風呂場の水回りだ。ちょっとした工事だが、今までどこに頼んでいいのか分からず悩んでいたという。
そんな不安を解消してくれたのが、リクシルの「パットリフォーム」。家の中の小さなリフォームの所要時間から費用の総額までを、分かりやすくパッケージ化した新しいサービスだ。
この日の水回りリフォームの所要時間は45分で、料金は工事費込みで5万円。ちなみに掃除のしやすいレンジフードの交換は2時間~、約8~12万円。留守中に宅配便が受け取れる戸建て用の受け取りボックスの設置は半日~、約10~14万円。最新のトイレは半日~、約15~35万円で取り替えられる。
リクシルのセンターに連絡すれば、提携する近所の工務店が駆けつけてくれる仕組みになっている。どの工事も1日で作業が終わるということもあり、現在、工務店も驚くほど引き合いが増えているという。
「今月は1日おきに連絡をいただき、身近に『困っている』『どうにかしたい』という方が多いことを実感しました」(彩ホームプランニング・豊田憲明社長)
この「パットリフォーム」は瀬戸自ら発案したサービス。瀬戸の狙いは、リフォーム市場を活性化するため、小さな工事に消極的だった工務店を巻き込み、顧客目線のサービスを拡大することだ。
ベンチャーから年商1兆円へ~和製アマゾンを作った男
瀬戸がリクシルに来て以来、社内には様々な変化が起きた。ベンチャーのような立ち会議が行われるようになり、服装も変わった。かつてのリクシルはスーツやワイシャツが一般的だった。それを瀬戸はまさにベンチャー企業のように自由な服装でいいとする決まりを作った。社員が「服だけでもコミュニケーションがとれる。『きれいな色だね』と言うだけでも」という効果もあった。
「外見がカジュアルになると雰囲気がエネルギッシュになる。当初は元気がないと思えて、『もっと楽しくできないか』と思ったんです」(瀬戸)
瀬戸は1960年、東京生まれ。スポーツが得意なら成績も優秀。東大に進学し、大手商社、住友商事へ入社するエリートそのものだった。
「当時、住友商事は社員7000人ぐらい。日本の産業構造を変えるような大きな仕事をしたいと、漠然とした考えで入社しました」(瀬戸)
ところが1990年代半ば、瀬戸は留学していたアメリカで衝撃的なものと出会う。当時、拡大を始めたインターネット。そこで瀬戸はあるサイトを教えられる。それが創業したばかりのアマゾンだった。膨大な本の在庫をそろえネット上の書店で世界中に売る。斬新なベンチャーに衝撃を受けた。
「ちょうどインターネット革命が起きていた時期で、アマゾンは今ほど高い評価は受けていなくて、いろいろあるアイデアのひとつという感じでしたが、私はすごくショックを受けました」(瀬戸)
2000年、瀬戸はアメリカの資材流通会社と住友商事で合弁会社「住商グレンジャー」を設立。アマゾンを参考に、企業向けに資材をネットで売る「モノタロウ」を立ち上げる。
小さな事務所で、ベンチャーの第一歩。瀬戸は、大企業に狙いを定め、取り扱う商品のカタログを作り配って回った。
「商社にいて大企業のことは知っていたので、大企業向けの方が面白いと思ったのですが、失敗しました。訳の分からないところからカタログで買おうと思わないし、まずカタログを読んでもらえなかった。もう破産に近いという時もありました」(瀬戸)
瀬戸はどんな相手にニーズがあるのか。営業に歩き、実験を繰り返した。
「いろいろ実験をして、成功したものを取り入れていったのですが、人に信じてもらえないアイデアの方が、だいたいうまくいくんです」(瀬戸)
意外にも注文がきたのは、ファックスで手当たり次第にチラシを送った中小のメーカーだった。瀬戸は彼らが喜ぶような品ぞろえを増やし、より便利なサイトに改善を続けた。
「『モノタロウ』の検索のこだわりは用途や見た形から探せること。名称を知らなくても、形で調べることにこだわったんです」(瀬戸)
そんな試行錯誤が実を結び、「モノタロウ」は巨大サイトへと成長する。兵庫県尼崎市の物流倉庫に、全国280万社の中小企業から注文が入る。少ないロットの注文でもスピーディーに応じるサービスが受け、契約する法人は、今も増え続けている。
瀬戸がひとつずつ増やしていった商品は、ここだけで25万点と、圧倒的品ぞろえだ。ベンチャーを大成功へと導いたのは、元エリートの必死の試行錯誤だった。
バラバラの社員をひとつに~1兆円企業の意外な新戦略
東京都江東区のリクシルのビルに作られた歴史資料館。展示されていたのは、例えば1967年にイナックスが開発した日本初のシャワートイレ。1956年にサンウエーブ工業が開発した歴史的キッチンもある。一枚のステンレスからシンクを作り、量産化に成功した。どれも統合前の各社の歴史が刻まれた貴重な商品ばかりだ。
この資料館はリクシルの社員のために作ったものだという。社員たちは「他の会社の商品はほとんど知らないから、ここに来て初めて分かる」「会社の歴史を知ることができる」と言う。
瀬戸は、違う歴史を持つ企業から集まった社員たちの心をひとつにすることが大切だと考えている。
「一人一人の社員が『いい会社だから頑張ろう』と思う。そういうことを少しずつ積み上げていくことが重要だと思う。それは起こりつつあると思います」(瀬戸)
そこで瀬戸が始めた新たな取り組みこそ、衛生環境の悪い途上国に簡易トイレを普及させる、ユニセフも後押しするプロジェクト「Make a Splash!みんなにトイレを」だ。社員たちがアフリカやインドを飛び回り、これまでに200円で買えるトイレ180万台の導入を決めたという。
世界に誇れる取り組みをリクシルとして行うことで、社員一人一人が会社への思いを強くすることができるという。
「私たちの技術を使って世界の人々を助けられるのはすごく意味のあることだし、ひとつの会社になれると思います」(「みんなにトイレを」担当・安藤豊)
瀬戸が目指すのは、各社が培ってきた強みを生かし、そして社員の心をひとつにすることだ。
~村上龍の編集後記~
巨大艦船の方向転換はとてもむずかしい。企業も大きければ大きいほど変化を起こしづらい。
リクシルは住宅設備のほとんどすべてがそろう巨大メーカーだ。かつてイナックスとトステムの統合は大きな話題となった。その後も合併・統合は続き、やがて肥大化した組織の経営効率が求められるようになった。
大きなシェアを誇る複数の住設メーカーが1つの企業として統合された根拠が、率直に言ってわたしにはわからない。
だが、小学生以来「反骨の士」である瀬戸さんは、変革を通してその根拠を示そうとしている。
<出演者略歴>
瀬戸欣哉(せと・きんや)1960年、東京生まれ。1983年、東京大学経済学部を卒業後、住友商事に入社。2000年、モノタロウ創業。2016年、リクシル社長就任。
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