(本記事は、ピーター・ディアマンディス氏、スティーブン・コトラー氏の著書『2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ』=NewsPicksパブリッシング、2020年12月24日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

気候変動による7億人の移住

2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ
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前章では、テクノロジーによって気候変動を緩和するための方法を見てきた。しかし、私たちにはそうした解決策を大規模に遂行する能力が圧倒的に不足している。そして一つ確実に言えるのは、気候が変化すれば人間も変わらざるを得ないということだ。

予想される影響は驚くほど深刻で、しかも広がり続けている。1990年に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が発行した最初のレポートは、わずかな海面上昇でも「数千万人の環境難民が生まれる可能性がある」と警告していた(※13)。1993年にはオクスフォード大学の科学者、ノーマン・マイヤーズがIPCCの予測を見直し、気候変動によって2050年までに2億人が強制的移住を迫られると主張して物議をかもした(※14)。

90年代が終わるころには、マーク・レビンが《アウトサイド》誌でこう述べるまでになった(※15)。「気候問題は人類共通の不安となり、テクノロジー、自然、自然からの報復、避けられない運命に関する不吉な予感をかきたてている。(中略)やりすぎた、気候を変えてしまった、今度は気候が私たちを変える番だ、と」気候変動によって、どれほどの変化が生じるのか。

主要な科学者やジャーナリストによる独立系団体であるクライメート・セントラルは2015年、入手可能なすべてのデータを使ったメタ分析の結果、たとえ気温上昇を2度に抑えられたとしても、異常気象によって1億3000万人が移住を強いられると報告した(※16)。では2度に抑えられなかったら?

クライメート・セントラルの見立ては厳しい。「現在の状況が続けば、二酸化炭素の排出によって気温は4度上昇する。そうなれば現在4億7000万~7億6000万人が住んでいる地域の水没は避けられない」これがどれほどの移住を引き起こすかをイメージするために、クライメート・セントラルは温暖化が地球上の沿岸部にあるすべての国家や大都市に及ぼす影響をマッピングした(※17)。喜ぶのは魚ぐらいだろう。

地球の気温が4度上昇すると、ロンドン、香港、リオ、ムンバイ、上海、ジャカルタ、コルカタなど世界の巨大都市の多くでは、最も手っ取り早い移動手段は徒歩ではなく泳ぎになる。

島国ではまるごと消滅するところも出てくる。アメリカでは2000万人の住みかが水没する。ワシントンDCでは海面が国防総省の高さに達する。今のニューヨークの不動産価格は高すぎると思っているかもしれないが、ウォール街以南が水没したら状況は一変するだろう(※18)。

地球温暖化は洪水だけでなく、昔から人類を悩ませてきた干ばつの危険性も高める。人類が7万年ほど前にアフリカを離れる理由となった干ばつは、いまだに多くの人に移住を強いている。

世界で最も難民が多いのはシリアだが、その一因に干ばつもある。ヨーロッパでは温暖化を2度に抑えられたとしても、地中海沿岸部の乾燥は進み、特にイタリア、スペイン、ギリシャへの打撃は大きくなる。ジャーナリストのエリー・メイ・オヘーガンは《ガーディアン》紙にこう書いている(※19)。

「要するに、今は他の地域からの難民への対応に苦労している地中海沿岸諸国は、いずれ自国民の難民化に悩まされるかもしれないということだ。こうした国々の気温上昇と乾燥化が進めば、フランス・カレーの難民キャンプにイタリア人やギリシャ人があふれるようになるかもしれない」歴史をふりかえると、1947年のインドとパキスタンの分離は史上最大の強制移住を引き起こしたとされる(※20)。

このときは1800万人が住み慣れた土地を追われた。一方気候変動による移住は、予測される最低水準に収まったとしても(2度の気温上昇、1億3000万人の移住)、その7倍の規模のグローバルな大移動になる。

ただ気候変動による移住が特殊なのは、それを引き起こしているのが私たち自身であるということだ。経済的にも人間の苦しみという点でも、そのコストはおよそ許容できないほど高い。3800万人の人口を抱える東京都市圏は、世界で最も人口の多い大都市だ(※21)。

その15個分の住民を移住させるのにどれほどのコストがかかるか、想像してみよう。しかもこれは完全に、私たちが自ら招いた事態なのだ。

前章で見てきたように、気候変動への対応に必要な戦略やテクノロジーの大部分はすでに存在している。こうした解決策を遂行するのにどれだけコストがかかったとしても、7億人に新たな住みかを見つけるコストとは比較にならない。

いずれにせよ長期的に見れば、気候変動によって多くの人が移動を強いられるようになるなかで、イノベーションのペースはこれまでどおり加速していく。

2050年、世界人口の66〜75%が都市に住む

気候変動による7億人の移住は、人類史上最大の大移動だ。しかし二つめの移動と比べれば大したことはない。これからの20~30年で、ほぼすべての人が都市へと移動していくのだから。

300年前には、世界の人口の2%が都市に住んでいた(※22)。

200年前は10%だった。だが産業革命の蒸気機関並みの破壊力によって、数字は一変した。

1870年から1920年のあいだに、アメリカでは1100万人が農村部から都市に出た(※23)。

ヨーロッパからはさらに2500万人が海をこえて移住し、その多くがアメリカの都市に住みついた。1900年までにアメリカでは国民の40%が都市に住んでいた。それが1950年には50 %になり、2000年には80%になった。

他の国々も似たようなものだ(※24)。ここ50年で中低所得国では都市人口が倍増し、ナイジェリアやケニアなど3倍になった国もある。2007年までに世界は重要な一線をこえ、世界人口の半分が都市で暮らすようになった。

その過程で巨大都市が続々と生まれた。1950年には「メガシティ(巨大都市)」の条件である人口1000万人に達していたのはニューヨークと東京だけだったが、2000年には18を超えた。それが現在は33になった。今後はどうだろう?

とんでもない数字になるだろう。すでに人口2000万人を超える超巨大都市を意味する「ハイパーシティ」という言葉もある(※25)。ちなみにフランス革命の時期には、世界の都市人口を全部足し合わせても2000万人に満たなかった。

2025年にはアジアだけで10~11のハイパーシティが存在しているはずだ。

しかも今後ハイパーシティはなくてはならないものになる。2050年には世界人口の66~75%が都市部に住むようになる(※26)。

その時点で人口は90億人を超えるとされ、これは人類の究極の大移動となるだろう。気候変動によって生み出される移住の3倍に相当する、25億人を超える史上最大の人口移動だ。

そして移動は一気に起こる。

2050年には東京に代わり、デリーが世界最大の都市の座に就くだろう。そして中国では300の新たな100万人都市と二つのメガシティが誕生し、都市化でインドを超える。

アフリカの都市は爆発的に拡大する。カイロからコンゴまで、アフリカ中の都市人口は2050年までに90%増加する。今世紀が終わるまでに、ナイジェリアのラゴスの人口は1億人に達する可能性がある。

世界全体で見ると、これから2050年まで、毎週100万人が都市に移住する。トロント大学の都市学教授であるリチャード・フロリダは、これを「現代最大の危機」と呼ぶ(※27)。あらゆる危機がそうであるように、この危機も機会と危険の両方をはらんでいる。

まずプラス面から見ていこう。

経済的観点からいえば、都市は産業活動にはうってつけだ。2016年にブルッキングス研究所が世界で最も規模の大きい123都市の経済を調査した(※28)。

世界の人口に占める割合はわずか13%であったにもかかわらず、経済生産ではほぼ1分の1を占めていた。翌年、全米経済研究所が改めて生産性と人口密度の関係性を調べたところ、同じパターンが確認された(※29)。人口密度が高いほど、生産性は高まる。

たとえばロンドンやパリは、イギリスやフランスの他の地域より大幅に生産性が高い(※30)。アメリカの最も規模の大きい100都市は、それ以外の都市と比べて生産性が20%高い。ウガンダの都市部の労働者は、農村部の労働者より生産性が60%高い。また中国の深圳の生産高は、全国と比べて3倍高い。

人口密度はイノベーションの推進力にもなる。サンタフェ研究所の物理学者、ジェフリー・ウエストは、都市の人口が2倍になるたびに、イノベーションの出現率(特許数を指標にする)は15%高まることを発見した(※31)。それだけではなく、ウエストの研究では対象となったすべての都市において、人口密度が高まると、賃金、生産高、劇場やレストランの数などを指標とした生活の質も高まっていた。

さらに都市が成長すると、必要なリソースは増えるのではなく、むしろ減る。大都市の規模が2倍になっても、ガソリンスタンドの数から冬場必要な暖房の数まで、さまざまな資源の増加は85%にとどまる。

つまり規模が大きく人口密度の高い都市は、規模の小さい都市や町、農村などより持続可能性が高いのだ。移動距離の減少、交通手段の共有化、病院や学校、ごみ収集サービスなど必要とされるインフラの効率化がその理由だ。結果、都市はより清潔になり、エネルギー効率は高まり、二酸化炭素の排出量は減る。

スマートシティの登場によって、そうした傾向は一段と高まる。2018年のマッキンゼーの調査では、スマートシティのソリューションによって都市の住民一人あたりの温室効果ガス排出量は15%、年間の固形廃棄物は30~130キロ、1日の水使用量は94~302リットル減少するという結果が出た(※32)。

実際、今日存在するテクノロジーを使ってスマートシティに転換するだけで、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の70%は達成できる。

一方、マイナス面はどうか。悲惨な状態が発生する可能性は確かにある。無計画な都市化が進めば、犯罪、疾病、貧困サイクル、環境破壊につながる。

しかし本書からも明らかなように、私たちはこうした課題を解決できるだけの手段を手にしている。難しいのは先見性のあるテクノロジーを、すぐれたビジョン、すなわちすぐれた統治制度や市民レベルの協業と結びつけることだ。

成功すれば、都市化は現代社会が抱える重要な問題の多くを解決する有効な手段の一つになる。

失敗すれば、史上最大の大移動によって史上最悪の荒廃した都市が世界中に生まれる。


  1. “Climate Change: The IPCC 1990 and 1992 Assessments,” Intergovernmental Panel on Climate Change, 2010. https://www.ipcc.ch/report/climate-change-the-ipcc-1990-and-1992-assessments/.
  2. Norman Myers, “Environmental Refugees: A Growing Phenomenon of the 21st Century,” Philosophical Transactions of the Royal Society B Biological Sciences, May 2002, DOI: 10.1098/rstb.2001.0953.
  3. Mark Levine, “A Storm at the Bone: A Personal Exploration into Deep Weather,” Outside, November 1, 1998. https://www.outsideonline.com/1907231/storm-bone-personal-explorationdeep-weather.
  4. “New Report and Maps: Rising Seas Threaten Land Home to Half a Billion,” Climate Central, November 8, 2015. http://sealevel.climatecentral.org/news/global-mapping-choices.
  5. 同上。
  6. Benjamin Strauss, “American Icons Threatened by Sea Level Rise: In Pictures” Climate Central, October 16, 2015. https://www.climatecentral.org/news/american-icons-threatenedby-sea-level-rise-in-pictures-19547#mapping-choices-us-cities-we-could-lose-to-sea-levelrise-19542.
  7. Ellie Mae O’Hagan, “Mass Migration Is No ‘Crisis’: It’s the New Normal as the Climate Changes,” Guardian, August 18, 2015. https://www.theguardian.com/commentisfree/2015/aug/18/mass-migration-crisis-refugees-climate-change.
  8. “History’s Greatest Migration,” Guardian, September 25, 1947. https://www.theguardian.com/century/1940-1949/Story/0,,105131,00.html.以下も参照。https://www.unhcr.org/3ebf9bab0.pdf.
  9. Alexandre Tanzi and Wei Lu, “Tokyo’s Reign as World’s Largest City Fades,” Bloomberg, July 13, 2018. https://www.bloomberg.com/news/articles/2018-07-13/tokyo-s-reign-as-world-slargest-city-fades-demographic-trends.以下も参照。https://en.wikipedia.org/wiki/Megacity.
  10. UN Population Division, World Urbanization Prospects, the 2001 Revision (New York, 2002).
  11. David Kennedy and Lizabeth Cohen, The American Pageant: A History of the American People, 15th (AP) edition (Cengage Learning, 2013), pp. 539–540.
  12. Mike Davis, Planet of Slums (Verso, 2006).
  13. 同上。p. 5.
  14. UN Population Division, World Urbanization.
  15. Richard Florida, The New Urban Crisis (Basic Books, 2017). 以下を参照。Richard Florida, “The Roots of the New Urban Crisis,” Citylab, April 9, 2017, https://www.citylab.com/equity/2017/04/the-roots-of-the-new-urban-crisis/521028/.
  16. Jesus Leal Trijullo and Joseph Parilla, “Redefining Global Cities: The Seven Types of Global Metro Economies,” Global Cities Initiative, 2016. https://www.brookings.edu/wpcontent/uploads/2016/09/metro_20160928_gcitypes.pdf.
  17. Edward L. Glaeser and Wentao Xiong, “Urban Productivity in the Developing World,”National Bureau of Economic Research, March 2017. https://www.nber.org/papers/w23279.pdf.
  18. 同上。
  19. Jonah Lehrer, “A Physicist Solves the City,” New York Times, December 17, 2010. https://www.nytimes.com/2010/12/19/magazine/19Urban_West-t.html.
  20. Katie Johnson, “Environmental Benefits of Smart City Solutions,” Foresight, July 19, 2018.
    https://www.climateforesight.eu/cities-coasts/environmental-benefits-of-smart-city-solutions/.
2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ
ピーター・ディアマンディス
Xプライズ財団CEO。シンギュラリティ大学創設者、ベンチャーキャピタリスト。連続起業家としては寿命延長、宇宙、ベンチャーキャピタルおよびテクノロジー分野で22のスタートアップを設立。1994年に創設した「Xプライズ財団」は、おもに民間宇宙開発を支援し、20年来の友人であるイーロン・マスク(スペースX、テスラCEO)、ラリー・ペイジ(Google創業者)らが理事を務める。2008年、グーグル、3Dシステムズ、NASAの後援を得て、人類規模の課題解決をめざす教育機関「シンギュラリティ大学」をシリコンバレーに創設。
MITで分子生物学と航空工学の学位を、ハーバード・メディカルスクールで医学の学位を取得。2014年にはフォーチュン誌「世界の偉大なリーダー50人」に選出され、そのビジョンはイーロン・マスク、ビル・クリントン元大統領、エリック・シュミットGoogle元CEOらから絶賛されるなど、シリコンバレーのみならず現代アメリカを代表するビジョナリーの1人である。
スティーブン・コトラー
ジャーナリストにして起業家。身体パフォーマンスの研究機関フロー・リサーチ・コレクティブのエグゼクティブ・ディレクター。ディアマンディスとの共著に『楽観主義者の未来予測』(早川書房)『BOLD』(日経BP)がある。ジャーナリストとして手がけた作品は、2度にわたりピュリッツァー賞候補に上っている。

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