(本記事は、ピーター・ディアマンディス氏、スティーブン・コトラー氏の著書『2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ』=NewsPicksパブリッシング、2020年12月24日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

推進力4 「天才」の発掘しやすさ

2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ
(画像=stokkete/stock.adobe.com)

1913年、ケンブリッジ大学の数学者、G・H・ハーディは奇妙な手紙を受け取った。それはこんな書き出しで始まっていた。「親愛なる教授殿。私はマドラスの港湾事務所の会計課で、年20ポンドの給金で働いている職員です」。

それから便せん9枚にわたり、数論、無限級数、連分数、広義積分に関する120通りもの数式など、さまざまな数学的アイデアが綴られていた。

「ここに何か価値があると思っていただけましたら、貧しい私としてはこの理論を出版していただきたく……」。手紙には「S・ラマヌジャン」と署名されていた(※30)。

ケンブリッジ大の数学者にとって、数式の書かれた手紙を受け取るのは珍しいことではない。

だがこの手紙はハーディの興味を引いた。ごくふつうの微積分から出発し、驚くような方向に発展していったからだ。その結論について、ハーディはのちにこうふりかえっている。

「正しいに違いない、と思った。

というのも真実でないなら、想像力で思いつけるようなものではなかったからだ」こうして数学史上、まれに見る奇妙な物語が始まった。シュリニヴァーサ・ラマヌジャンは1887年にインド南部のマドラスで生まれた。母は専業主婦、父はサリーを売る店の店員だった。

幼いころから数字に強かったものの、ラマヌジャンは正式な数学教育を受けたことも、教師に師事することもなかった。学問に対する粘り強さもなかった。大学では数学以外のすべての教科で落第した。また大学の数学教授にすら、研究を理解してはもらえなかった。

20歳になる前に退学に追い込まれ、それから4年は極貧生活を送った。絶望のなか、ついにハーディに手紙を書いたのは23歳のときだ。

手紙を読んだときのハーディの最初の反応は、困惑だった。冗談なのか確かめようと、同僚の数学者のジョン・リトルウッドに手紙を見せた。まもなく二人は、冗談などではないという結論にいたった。翌日二人に会った哲学者のバートランド・ラッセルは、そのときの様子をこう書いている。「二人はとんでもなく興奮していた。

ラマヌジャンこそ第2のニュートンだと確信していたからだ」ハーディはラマヌジャンをケンブリッジに呼び寄せた。5年後には史上最年少、インド人としては初めて王立協会の会員に選出された。その4年後に結核でなくなるまでに、ラマヌジャンは3900の公式を生み出した。そこには長年、未解決とされてきた問題の解法も含まれていた。

コンピュータ科学、電気工学、物理学にも重要な貢献をした。人類史上最もすばらしい頭脳の持ち主の一人であり、押しも押されもしない天才だった。だがラマヌジャンの数々の偉業のなかでも、最も驚くべきなのはそもそも彼が見いだされたという事実だ。

ごく最近まで、天才のほとんどは埋もれてきた。生まれつきすばらしい才能を持っていても、それを生かせるチャンスは非常に限られていた。ジェンダー、階級、文化の壁が立ちはだかったからだ。裕福な家庭の男子として生まれなければ、初等教育の3年生より上にはまず進めなかった。たとえ才能を開花させるのに十分な教育を受けられたとしても、(ラマヌジャンも痛感したように)才能を認められ、それによって世界を変えるのは容易なことではなかった。

IQは天才を測るための唯一の指標ではないが、スタンフォード・ビネー式知能検査の標準偏差で天才の呼び名に値するのは、全人口の1%だ(※31)。そうだとすると、世界には7500万人の天才がいることになる。このうち実際に世界にインパクトを与えられる者が何人いるだろう?

最近まで、その数はあまり多くはなかった。今日世界がハイパーコネクテッド化したことの副産物の一つが、こうした圧倒的天才が階級、出身国、文化の犠牲者にならずにすむようになったことだ。浪費された才能の機会費用はあまり注目されないが、おそらく相当なものだろう。

だが相互接続性の向上とネットワークの爆発的拡大のおかげで、天才を発見する妨げとなる壁が次々と崩れはじめている。その結果、ますます多くの画期的アイデアが生まれ、イノベーションのペースが速まり、加速につながっていくだろう。


  1. Robert Kanigel, The Man Who Knew Infinity (Washington Square Press, 1992).
  2. 以下によくまとまっている。
    Duke University intelligence researcher Jonathon Wai’s piece for Psychology Today:
    https://www.psychologytoday.com/us/articles/201207/brainiacs-andbillionaires.
2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ
ピーター・ディアマンディス
Xプライズ財団CEO。シンギュラリティ大学創設者、ベンチャーキャピタリスト。連続起業家としては寿命延長、宇宙、ベンチャーキャピタルおよびテクノロジー分野で22のスタートアップを設立。1994年に創設した「Xプライズ財団」は、おもに民間宇宙開発を支援し、20年来の友人であるイーロン・マスク(スペースX、テスラCEO)、ラリー・ペイジ(Google創業者)らが理事を務める。2008年、グーグル、3Dシステムズ、NASAの後援を得て、人類規模の課題解決をめざす教育機関「シンギュラリティ大学」をシリコンバレーに創設。
MITで分子生物学と航空工学の学位を、ハーバード・メディカルスクールで医学の学位を取得。2014年にはフォーチュン誌「世界の偉大なリーダー50人」に選出され、そのビジョンはイーロン・マスク、ビル・クリントン元大統領、エリック・シュミットGoogle元CEOらから絶賛されるなど、シリコンバレーのみならず現代アメリカを代表するビジョナリーの1人である。
スティーブン・コトラー
ジャーナリストにして起業家。身体パフォーマンスの研究機関フロー・リサーチ・コレクティブのエグゼクティブ・ディレクター。ディアマンディスとの共著に『楽観主義者の未来予測』(早川書房)『BOLD』(日経BP)がある。ジャーナリストとして手がけた作品は、2度にわたりピュリッツァー賞候補に上っている。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます