(本記事は、ピーター・ディアマンディス氏、スティーブン・コトラー氏の著書『2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ』=NewsPicksパブリッシング、2020年12月24日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

テクノロジーが「融合」しつつある

2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ
(画像=peshkov/stock.adobe.com)

コンバージェンスを理解するには、基本から始めるのがいい。テクノロジーのなかには、一定間隔で性能が倍増していく一方、価格は下落していくものがある。その最たる例がムーアの法則だ(※16)。

1965年、インテル創業者のゴードン・ムーアは、集積回路上のトランジスタの数が18カ月ごとに倍増していることに気づいた。つまりコンピュータのコストは変わらないのに、性能は1年半ごとに倍増していた。

ムーアは心底仰天した。そしてこのトレンドはあと数年、ことによると5年、場合によっては10年は続くのではないか、と予想した。実際には、20年、40年と続き、60年になろうとしている。

あなたのポケットに入っているスマートフォンが、1970年代のスーパーコンピュータと比べて大きさは1万分の1、価格も1000分の1、性能は100万倍になったのは、ムーアの法則のためだ。

しかもそのスピードは衰えていない。

ムーアの法則は死が近いと言われるが(この点については次章で詳しく述べる)、2023年には1000ドルクラスのふつうのノートパソコンが、人間の脳と同じレベルのコンピューティング能力(1秒あたり約10の16乗サイクル)を持つようになる(※17)。その25年後には、同じクラスのノートパソコンが地球上の全人類の脳を合わせたのと同じ能力を持つようになる。

それ以上に重要なのは、このペースで進歩しているのは集積回路だけではないということだ。

グーグルのエンジニアリング担当ディレクターで、ピーターとともにシンギュラリティ大学を創設したレイ・カーツワイルは1990年代に、あるテクノロジーがデジタル化されると、つまり「1」と「0」のコンピュータコードとしてプログラム化されると、とたんにムーアの法則にのっとって「エクスポネンシャル(指数関数的)な」加速が始まることを発見した。

簡単に言えば、われわれは新しいコンピュータを使って、さらに高速な新しいコンピュータを開発する。それによって正のフィードバック・ループが生まれ、加速のペースが一段と加速するというわけだ。

カーツワイルはこれを「収穫加速の法則」と呼んだ(※18)。今このペースで加速しているテクノロジーのなかには、人類が創造したなかで最も強力なイノベーションがいくつもある。

量子コンピュータ、人工知能(AI)、ロボティクス、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、材料科学、ネットワーク、センサー、3Dプリンティング、拡張現実(AR)、仮想現実(バーチャルリアリティ、VR)、ブロックチェーンなどだ。

ただ、ここに挙げたイノベーションはいずれもとんでもないものに思えるが、すでに旧聞に属する。それ以上に注目すべきなのは、これまでバラバラに存在していた「エクスポネンシャル・テクノロジー」の波が融合しつつあるという事実だ。

たとえば医薬品開発が加速しているのは、バイオテクノロジーがエクスポネンシャルなスピードで進化しているためだけではない。AI、量子コンピューティングなどいくつものエクスポネンシャル・テクノロジーがこの分野で融合しつつあるためだ。言葉を換えれば、いくつもの波が重なり合い、積み重なり、津波サイズに成長して、行く手にあるものをなぎ倒しながら突き進んでいるのだ。

新たな市場を生み出し、既存の市場を消滅させるイノベーションは「破壊的イノベーション」と呼ばれる(※19)。デジタル時代の幕開けに真空管を駆逐したシリコンチップは破壊的イノベーションだった。ただエクスポネンシャル・テクノロジーが融合すると、その破壊力はケタ違いになる。

単独のエクスポネンシャル・テクノロジーは製品、サービス、市場を破壊する。ネットフリックスが軽々とブロックバスターを駆逐したように。一方、エクスポネンシャル同士が融合すると、製品、サービス、市場だけでなく、それらを支える構造そのものが消滅する。

少し先回りをしすぎた。本書ではこのようなテクノロジーと、それがもたらす急激で革命的な影響と徹底的に向き合っていく。ただその前に、もっとわかりやすいところからコンバージェンスを見ていこう。空飛ぶ車は「なぜ今」実現しようとしているのか。

この問いに答えるために、ウーバーのeVTOLが満たさなければならない三つの基本的要件を考えてみよう。「安全性」「騒音」「価格」だ。空飛ぶ車のモデルとして、誰もが思い浮かべるのはヘリコプターだろう。

イーゴリ・シコルスキイが世界初のヘリコプターを創ったのは1939年。それからすでに80年が経つが、この三つの要件はおよそ満たしていない。すさまじい騒音とコストの高さに加えて、頻繁に墜落するという重大な欠陥がある。ならばなぜベル、ウーバー、エアバス、ボーイング、エンブラエルは今、空のタクシーを市場に送り出そうとしているのか。

その答えもまた「コンバージェンス」だ。

空飛ぶ車の三つの条件――「安全性」「騒音」「価格」

ヘリコプターの騒音がひどく、危険なのは、浮揚するのに単一の巨大なローター(回転翼)を使っているからだ。残念ながら、この単一のローターが適切な先端速度で回転するたびに「バラバラバラ」というかなり耳ざわりな音が生じる。そしてヘリコプターが危険なのは、このローターが停止したとたんに重力が牙をむくからだ。

ここでちょっと想像してみよう。てっぺんに一つだけ大きなローターを付ける代わりに、小さめなローターを複数使ったらどうか。飛行機の翼の下に小さなファンがたくさん並んでいるようなイメージだ。

そのコンビネーションによって浮力が生まれ、騒音はかなり抑えられる。しかも複数のローターを使うシステムなら、一つか二つ同時に停止しても、安全に着陸できる。ここに時速240キロ以上出るような翼を一つ取り付ける。

すばらしいアイデアだが、ガソリン・エンジンでは出力重量比の問題でおよそ実現できない。

ここで登場するのが「分散型電気推進力」、略してDEPだ(※20)。ここ10年で、商業用と軍事用ドローンの急激な需要の高まりに後押しされて、ロボット工学者は(ドローンも空飛ぶロボットにほかならない)新しいタイプの電磁モーターを考案した。きわめて軽量で、誰にも気づかれないほど静音で、重量物も運べる。

このモーターを設計するために技術者たちが頼ったのは、融合しつつある三つのテクノロジーだ。一つめがとんでもなく複雑なフライト・シミュレーションを行うための機械学習の進歩。

二つめが飛行できるほど軽量で、しかも耐久性があって安全な部品を造るための材料科学のブレークスルー。そして最後があらゆるサイズのモーターやローターをつくるための新たな製造技術である3Dプリンティングだ。機能性の面では、ガソリン・エンジンの熱効率が28%であるのに対し、この電気エンジンは95%だ(※21)。

しかしDEPシステムを飛ばすとなると、また話が違う。十数個のモーターをマイクロ秒間隔で調整するのは、人間のパイロットの能力を超えている。DEPは「フライ・バイ・ワイヤー」方式、つまりコンピュータ制御だ。それだけの制御を実現するのにも、またいくつかのテクノロジーが融合する必要がある。

第1にAI革命によって、膨大なデータを取り込み、マイクロ秒単位でそれを理解し、多数の電気モーターと航空機の制御面をリアルタイムに連携させるだけのコンピュータ処理能力が生まれた。第2に、これだけのデータを取り込むためには、パイロットの目や耳に代えて、ギガビット単位の情報を同時に処理できるセンサーが必要になる。

GPS、LIDAR(レーザーを使った強度方向探知ならびに測距)、レーダー、高度な視覚映像化設備、そして大量の超小型加速度計などだ。その多くは10年にわたるスマホ戦争の産物である。

そして電池だ。走行途中に電池切れを起こす不安を解消するだけの持続時間と、車両とパイロットと乗客4人を持ち上げるだけの電力密度が必要だ。これだけの重さを浮揚させるには、重量1キロあたり350キロワット時が最低条件となるが、最近まではおよそ不可能な数字だった(※22)。

だが太陽光発電と電気自動車の爆発的成長のおかげで、現在はすぐれた蓄電システムへのニーズが高まっており、走行距離だけでなく空飛ぶ車を浮揚させるだけの電力密度をあわせ持った新世代のリチウムイオン電池が誕生しつつある。

空のライドシェア実現の三つの要件のうち、「安全性」と「騒音」は克服できたが、「価格」についてはさらにいくつかのイノベーションが必要になる。それに加えてウーバーの事業に必要な台数のeVTOLを製造するという厄介な問題もある。

ウーバーのとてつもなく大きな需要を、手の届く価格で満たすためには、サプライヤーは第次世界大戦中を上回る速度で航空機を製造しなければならない。2年間でB24戦闘機を1万8000台、ピーク時には63分に1台を製造した記録はいまだに破られていない(※23)。

空飛ぶ車をエリート層だけの贅沢品ではなく、ふつうの人々にとっての現実にするためには、またしても三つのテクノロジーのコンバージェンスが必要だ。まずコンピュータを使った設計やシミュレーションに、商業用飛行に必要なエーロフォイルや翼、胴体を設計できるだけの性能を持たせなければならない。

それと同時に材料科学分野では、軽量でありながら安全性を確保できるだけの耐久性を持った炭素繊維複合材や金属合金を生み出さなければならない。最後に3Dプリンターを高速化し、過去の航空機製造の記録を超える速さでこうした新たな材料から部品を造り出す必要がある。

それが今まさに起きている。

「ローカルでリニアな時代」は終わる

もちろん新たなテクノロジーが生まれれば、常に変化は起こる。靴下が発明されたのは、材料革命によってそれまで使われていた植物の繊維に代わり、やわらかい織物ができたためだ。また道具革命によって縫い針が登場したからだ。

いずれも進歩ではあるが、本質的にリニア(直線的)な変化だ。人類が植物の繊維や動物の骨を使っていた段階から、靴下の実現に向けた次のステップである家畜化(それによって羊毛が得られるようになった)に移行するまでに何千年もかかった。それから電気が発明されて靴下が大量生産されるようになるまで、さらに数千年かかった。

しかしわれわれが今日目の当たりにしている、速すぎてぼやけるくらいの加速度的変化は(それこそが「なぜ今なのか?」の答えなのだが)、1ダースものテクノロジーのコンバージェンスの結果だ。これまで起きたことのないスピードの進歩であり、それがわれわれにとって厄介なのだ。

人間の脳は、ローカル(地域的)でリニアな環境で進化してきた。ローカルとは、あらゆることは1日あれば歩いていける範囲で起きていたということ、そしてリニアとは変化の速度がきわめて遅かったという意味だ。われわれのおじいさんのおじいさん世代の生活は、父親世代のそれとさして変わらなかった。

だがわれわれが今生きている世界はグローバルでエクスポネンシャルだ。グローバルとは、地球の裏側で起きたことも数秒後には伝わるということだ(コンピュータならミリ秒後にわかる)。そしてエクスポネンシャルとは、変化が目のくらむほどの速度で起きるという意味だ。世代ごとに生活が変わるどころか、ほんの数カ月で革命が起こる時代だ。

それにもかかわらずわれわれの脳はハードウエアとして20万年ほどアップデートされておらず、これほどのスケールやスピードには適応できない。

個別のイノベーションの進歩についていくのさえ難しいのに、複数がコンバージェンスしたらお手上げだ。レイ・カーツワイルが「収穫加速の法則」に従って計算したところ、われわれはこれからの100年で、2万年分の技術変化を経験することになるという(※24)。

つまりこれからの1世紀で、農業の誕生からインターネットの誕生までを2度繰り返すくらいの変化が起こるわけだ。パラダイムシフトを引き起こし、ゲームのルールを一変させ、すべてを変えてしまうようなブレークスルー(手ごろな価格の空のライドシェアなど)が「たまに」ではなく「日常的に」起こるようになる。

要するに、空飛ぶ車はほんの始まりにすぎないということだ。


16.https://www.intel.com/content/www/us/en/silicon-innovations/moores-law-technology.html.
17.Ray Kurzweil, How to Create a Mind (Viking, 2012), pp. 179–198.
18.Ray Kurzweil, “The Law of Accelerating Returns,” March 7, 2001. https://www.kurzweilai.net/the-law-of-accelerating-returns.
19.Clayton Christensen, The Innovator’s Dilemma (HarperBusiness, 2000), pp. 15–19.(『イノベーションのジレンマ〔増補改訂版〕』伊豆原弓訳、翔泳社、2001年)
20.Mark Moore, “Distributed Electric Propulsion Aircraft,” Nasa Langley Research Center.https://aero.larc.nasa.gov/files/2012/11/Distributed-Electric-Propulsion-Aircraft.pdf.
21.厳密に言えば90~98%だが、詳細およびガスモーターとの比較は以下を参照。Karim Nice and Jonathon Strickland, “Gasoline and Battery Power Efficiency,” How Stuff Works,https://auto.howstuffworks.com/fuel-efficiency/alternative-fuels/fuel-cell4.htm.
22.Holden interview, 同上。
23.Staff at Henry Ford, “Willow Run Bomber Plant.” https://www.thehenryford.org/collections-and-research/digital-collections/expert-sets/101765/.
24.同上。

2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ
ピーター・ディアマンディス
Xプライズ財団CEO。シンギュラリティ大学創設者、ベンチャーキャピタリスト。連続起業家としては寿命延長、宇宙、ベンチャーキャピタルおよびテクノロジー分野で22のスタートアップを設立。1994年に創設した「Xプライズ財団」は、おもに民間宇宙開発を支援し、20年来の友人であるイーロン・マスク(スペースX、テスラCEO)、ラリー・ペイジ(Google創業者)らが理事を務める。2008年、グーグル、3Dシステムズ、NASAの後援を得て、人類規模の課題解決をめざす教育機関「シンギュラリティ大学」をシリコンバレーに創設。
MITで分子生物学と航空工学の学位を、ハーバード・メディカルスクールで医学の学位を取得。2014年にはフォーチュン誌「世界の偉大なリーダー50人」に選出され、そのビジョンはイーロン・マスク、ビル・クリントン元大統領、エリック・シュミットGoogle元CEOらから絶賛されるなど、シリコンバレーのみならず現代アメリカを代表するビジョナリーの1人である。
スティーブン・コトラー
ジャーナリストにして起業家。身体パフォーマンスの研究機関フロー・リサーチ・コレクティブのエグゼクティブ・ディレクター。ディアマンディスとの共著に『楽観主義者の未来予測』(早川書房)『BOLD』(日経BP)がある。ジャーナリストとして手がけた作品は、2度にわたりピュリッツァー賞候補に上っている。

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