目次
要旨
- 人手不足環境のもとで増加の続いてきた転職者数はコロナ危機の中で減少傾向に転じた。一方、転職等希望者数は増加傾向が継続しており、転職実現率(【転職者数】/【転職者数+転職等希望者数】)は大きく低下した。転職市場の悪化が明確だ。
- 2019・20年度を比較すると、転職ボリュームゾーンである若い世代の転職者数が減少。雇用形態別にみると女性の非正規から非正規への転職や、男性の非正規から正規への転職が低迷。経済環境の悪化が転職者数の減少をもたらしている。
- 産業別にみると、2020年度の飲食サービスの純流出者が増加する傍らで、卸・小売業の純流出者は減少。相対的にコロナ影響の小さい業種への労働移動が生じているとみられる。ただ、全般的には2019・20年度間で産業間の転職に大きな変化はうかがえない。好不調業種が鮮明に分かれたコロナ危機の下ではあるが、それが産業間の労働移動を促したとは言い難い状況である。
- 転職等希望者数の増加を支えているのは、男女ともに正規雇用者だ。正規雇用の転職希望者はコロナ前から増加傾向にあったが、2020年に入って増加ペースに加速がみられる。増えているのは事務職や専門技術職である。リモートワーク等働き方の大きな変化のなかで、キャリアの見直しを考える人が増えている可能性などが考えられる。
- 転職者数はしばらく低迷するとみられるが、経済回復とともに人手不足度合いが再び高まれば増加する可能性が高い。成長産業への労働移動を促す観点で、政府には職業教育の拡充等が引き続き求められよう。
コロナ危機1年、悪化する転職市場
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済活動の停滞が続いている。本稿は、こうしたコロナ危機の下での労働移動の状況をみる一環として、総務省「労働力調査」の詳細集計をもとに、転職の動向についてファクトチェックを行ったものである。コロナ危機は飲食店などの対人サービスに甚大な影響を及ぼす一方、新たな巣籠り需要も生み出しており、産業間の影響に強い濃淡が現れるなど、新しいタイプの経済危機であった。柔軟・円滑な労働移動は長らく日本経済が抱える課題の一つであるが、コロナ危機からおおよそ1年間が経過する中、労働移動への影響を確認するうえで転職者数(※1)をみておくことは有用であろう。
資料1は、転職者数・転職等希望者数とそれをもとに算出した転職実現率(転職者数/転職者数+転職等希望者数)の推移である。転職者数は2021年1-3月期に277万人(前年同期比▲12.1%)となり、大きく減少した。転職者数は人手不足による労働需給ひっ迫を追い風に増加傾向で推移してきたが、コロナ危機の下で足元では明確な減少トレンドを辿っている。その一方で、転職を希望する人の数は増加傾向が続いている。その結果、転職実現率はこの1年で大きく低下することとなった。景気の低迷が転職市場にも悪影響を及ぼしていることがわかる。
宿泊・飲食業からの純流出者数が増加も、産業間労働移動に目立った変化は見られず
転職者数の動向を細かく見ていく。資料2は、性別・年齢階層別に2019・2020年度平均の転職者数をまとめたものである。性・年齢階層問わず転職者数は減少しており、絶対数ではボリュームゾーンである「15~24歳」・「25~34歳」の減少幅が大きくなっている。
資料3では、性別・前職/現職の雇用形態(正規・非正規雇用)毎に転職者数をまとめた。大幅な落ち込みがみられるのは、非正規から非正規への転職であり女性において顕著である。コロナ危機はそのインパクトが対人サービス業に集中したことから、女性・非正規の雇用に多大な影響を及ぼしているが、転職者数にもそうした傾向がうかがえる。また、男性では非正規雇用→正規雇用の転職者数の落ち込みがみられる。非正規から正規雇用への転職者数はそもそもの絶対数が少ないが、コロナ危機によってさらに減少する形となっている。
資料4は、産業毎の転職者数をみたものである。棒グラフはゼロをはさんでプラスの値が当該産業「への」転職者数、マイナスの値が当該産業「からの」転職者数を示す。点はその和であり転職による当該産業への純流入者数を示している。
まず、コロナ危機によって多大な打撃をこうむった宿泊業、飲食サービス業の純流入者数のマイナス幅が拡大している。一方で純流入者数のマイナス幅が縮小しているのが卸・小売業である。対人サービス業から相対的にコロナ危機の影響の小さかった小売業などへの転職が一定程度進んだことが示唆される。ただその点を除いては、全般的に産業毎の純流入者数の動向が2019年度・20年度で大きく変わった様子はうかがえない。コロナ危機によってニーズが高まる傾向にあった産業(例えば情報通信や医療,福祉)への純流入者数は殆ど変化がみられていない。これらの産業はこの1年間で雇用者数は増えているものの、それは転職による労働移動によって増えたものではなさそうである。
正規雇用・ホワイトカラーの転職等希望者数が増加
先にみたように転職者数は減少する一方で、転職等希望者数は増加する傾向がみられる。資料5は転職希望者を性別・雇用形態別に分けてその推移をみたものだ。一見して明らかなように、転職等希望者数の増加は男女ともに正規雇用者で生じている現象である。そして、2020年に入ってからはその増加ペースに加速がみられる。
資料6では2019・20年度の職業別の転職等希望者数をプロットした。2020年度の転職等希望者数の増加は「事務従事者」と「専門的・技術的職業従事者」、いわゆるホワイトカラー職種を中心としたものになっている。
人手不足の深まりに加え、日本型雇用制度・終身雇用の仕組みの限界がたびたび指摘される中で、正規雇用の転職等希望者数は趨勢的に増加が続いていた。さらにコロナ危機を経て、転職希望者の増勢には加速がみられる。具体的な原因ははっきりとはしないが、リモートワークの普及をはじめ、ホワイトカラーの働き方に大きな変化が生じる中で、キャリアの見直しを考える人が増えている可能性が考えられる。一部の企業では副業を認める動きがあるが、追加就業を希望する人が増えている可能性もあろう。
転職者数はコロナ後に再び増加に向かうも、成長産業への労働移動が依然課題
以上、コロナ危機の中での転職者数・転職等希望者数についてみてきた。これまで増加の続いてきた転職者数は、経済環境の悪化の中で減少傾向に転じている。経済回復が道半ばの状況で雇用環境が依然厳しい状態にあり、転職者数はしばらく停滞する可能性が高いだろう。その一方で、正規雇用・ホワイトカラー職を中心に転職等希望者数の増加傾向は継続、2020年に入って加速がみられる。ワクチンの普及が進み経済活動の回復が進めば、これらの転職希望者が実際に転職に踏み切っていくものと考えられ、転職者数は再び増加していくだろう。若い世代を中心に人手不足度合いが再び深まると考えられるが、これは転職を検討している求職者側にとっては追い風である。
また、コロナ危機が改めて突き付けているのは、日本の労働市場の硬直性という課題である。日本経済の生産性を高めるうえで、成長産業への労働移動の重要性は長らく叫ばれているが、コロナ危機という大きな産業構造の変化の中にあっても、産業間労働移動に目立った変化はみられなかった。政府は学び直しの推進のほか、企業に中途採用の活発化等を求めるなど、柔軟な労働市場を実現するために様々な策を講じているが、そうした改革も道半ばということであろう。今後日本型雇用の是正が進むとみられる中で、企業の生産性改善や従業員のキャリアアップのために、「転職(者)」をうまく活用することが労使双方にとって重要となる。政府には職業教育の充実等、それを促す取り組みが引き続き求められよう。
(※1) 総務省の定義に倣い、転職者は「離職から1年以内の就業者」を指すこととする。転職等希望者数は転職を希望する人に加え、追加就業を希望する人の数が含まれる。
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 主任エコノミスト 星野 卓也