円は市場の「蚊帳の外」買う理由も売る理由もなく
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買う理由も売る理由もなく、円は市場の「蚊帳の外」

みずほ銀行 チーフマーケットエコノミスト / 唐鎌 大輔
週刊金融財政事情 2021年6月29日号

 今年4月以降のはっきりとしたドル安地合いでも、円は買い戻されることがなかった。これは「買い戻す価値がない」と整理されていることの裏返しだろう。円金利が上昇の兆しを見せれば円が買われる要因の一つになるが、もともと動かない円金利はさらに動かなくなった。市場では、3月の政策点検を終えた日本銀行の「次の一手」を巡り、「黒田東彦総裁退任まで現状の金融緩和策を維持」という見方まで出ている。

 また、新型コロナウイルスのワクチン接種率の観点からも、円は買われる理由に乏しい。他の先進国では高いワクチン接種率を背景とした行動制限解除が話題となり、いま買われているのはカナダドルや英ポンドなど、ワクチン接種率が高い国の通貨である。

 今年4~6月期のほとんどが緊急事態宣言下にあった日本でも、足元ではワクチン接種率が高まっており、それ自体は朗報である。しかし、日本がいまの欧米並みのワクチン接種率にたどり着く頃には、それはもう市場のテーマではなくなり、円の買い戻しは期待できないだろう。集団免疫獲得に必要とされる接種率(70%)に到達するのは英国で今年8月、米国で今年10月といわれている。その段階に至れば、ワクチン接種率への関心は薄れ、マスク着用義務の解除や大規模イベントの再開、ワクチンパスポートの稼働などにトピックが移るとみられる。米国の金融政策はテーパリングがテーマになっているだろう。

 市場参加者からすれば、わざわざ話題性に乏しい円を取引する理由はない。ポイントは、買う理由だけではなく売る理由にも乏しい、ということである。日本は「世界最大の対外純資産国」であり、多額の経常黒字だけでなく、過去1年では貿易黒字も常態化している。こうした需給に恵まれた通貨を一方的に売り進めるのもはばかられる面はあろう。

 買う理由も売る理由もないといういまの円の立ち位置は取引高に現れている(図表)。ドル円相場のスポット取引高は、今年1~5月合計で4,137億ドルだった。これは過去10年平均(8,437億ドル)の半分未満だ。ここまで取引高が落ちている背景について、市場関係者の在宅勤務率が上昇したことで取引される注文数が減少したという見方もあるが、そもそも取引する理由に乏しいという事情もあるのではないか。

 理由はどうあれ、為替市場全体から円が「蚊帳の外」に置かれているという印象は否めず、今年も値幅の出ないレンジ相場に収束する公算が大きくなっているように見受けられる。あえて言えば、リスクは円安方向とみるが、それでも1ドル=114~115円あたりが上限ではないだろうか。

(21年6月17日時点の分析による。本欄はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係である)

円は市場の「蚊帳の外」買う理由も売る理由もなく
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(提供:きんざいOnlineより)