目次

  1. 要旨
  2. はじめに
  3. 大幅縮小する緊急事態宣言の経済的影響
  4. 行動規制の完全解除に不可欠な医療提供体制の拡充
緊急事態宣言
(画像=PIXTA)

要旨

  • 政府は7月12日から8月22日までとされていた東京と沖縄の緊急事態宣言を8月31日まで延長することに加えて、首都圏3県と大阪も発出地域に加える方針を固めた。
  • 3回目の緊急事態宣言は、4月時点では1日当たり個人消費を▲500億円程度押し下げていた。しかし、統計の改定や5月分の影響も含めると、3回目の緊急事態宣言は1日当たり個人消費を▲203億円程度の押し下げにとどまっていたと計算し直される。こうした緊急事態宣言慣れの影響を加味すれば、4回目の緊急事態宣言に伴う消費押し下げ圧力は▲0.88兆円程度にとどまると試算し直される。
  • GDPの減少額は▲0.75兆円程度にとどまると計算される。それでも2021年7-9月期のGDPを▲0.6%程度押し下げることになり、年率換算では▲2.3%程度押し下げる計算になる。そして、それに伴う3か月後の失業者の増加規模はトータルで+4.2万人程度になると試算される。
  • 英国ではワクチンの部分接種率が7割近くまで到達しているにもかかわらず、新規陽性者数は増加に転じた。しかし、英国ではそれでもワクチン効果で重症者数や死者数が抑制されているとして、7月下旬から大部分の行動規制を解除している。こうしたことからすれば、日本でも大部分の行動規制を解除するためには、ワクチン接種率が欧米並みにキャッチアップした暁には、行動規制の条件を徐々に新規陽性者数から重症者数や死者数にシフトしていくことが求められる。
  • ただ、ワクチン接種率が欧米並みに進んだとしても、日本では行動規制の条件を緩和できない可能性があることには注意が必要。日本では欧米に比べて新規陽性者数の数が少ないにもかかわらず、医療現場がひっ迫しやすい。こうした医療提供体制を放置して、新規陽性者数の増加に伴い行動規制を繰り返せば、日本経済は今後も正常化に向かうチャンスを失うことにもなりかねない。

はじめに

新型コロナウィルスの変異株が猛威を奮う中、政府は7月12日から8月22日までとされていた東京と沖縄の緊急事態宣言を8月31日まで延長することに加えて、首都圏3県と大阪も発出地域に加える方針を固めたようだ。

宣言の下では、経済活動に抑制圧力がかかることは避けられないだろう。しかし、一方で緊急事態宣言慣れなどにより神流抑制の効果が低下していること等からすれば、今回の決定でも経済活動への悪影響が限定的になる一方で、感染抑制効果も限定的になる可能性がある。

大幅縮小する緊急事態宣言の経済的影響

過去の緊急事態宣言発出に伴う外出自粛強化により、最も悪影響を受けた需要項目が個人消費である。そして、実際に過去のGDPにおける個人消費と消費総合指数に基づけば、2020年4~5月(発出期間4月7日~5月25日)にかけての個人消費は、一回目の緊急事態宣言がなかった場合を想定すれば、▲4.4兆円程度下振れしたと試算される。

しかし、2021年1月8日~3月21日までの2回目の緊急事態宣言の影響は、同様に推計すると、第一回目の1/4程度の▲1.2兆円程度だったことが推察される。なお、沖縄を除く3回目の緊急事態宣言が4月25日~6月20日までであり、これまで4月の個人消費が▲0.3兆円下振れしていたことから、3回目の緊急事態宣言は1日当たり個人消費を▲500億円程度押し下げていたと予想していた。

しかし、その後の消費総合指数5月分公表とともに過去のデータも改訂されたため、影響を推計しなおすと、緊急事態宣言慣れの影響か4~5月の個人消費が▲0.8兆円の下振れにとどまるとの結果になった。このため、3回目の緊急事態宣言は1日当たり個人消費を▲203億円程度の押し下げにとどまっていたと計算し直される。そして、沖縄除く緊急事態宣言が57日間であったことからすれば、3回目の緊急事態宣言では個人消費が▲203億円×57日=▲1.2兆円程度の下押しにとどまっていたとの結果になる。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

そこで、これまでの東京と沖縄の緊急事態宣言が7月12日~8月31日までに延長され、首都圏3県と大阪が来週から加わる場合の影響を試算してみた。直近年の県民経済計算を基に今年4月時点で発出されていた地域の家計消費の全国に占める割合を算出すると、東京14.4%+京都2.1%+大阪7.2%+兵庫4.2%=27.9%となる。また、5月12日から発出された愛知と福岡が6.1%+3.7%=9.8%、5月16日から発出の北海道、岡山、広島が3.9%+1.4%+2.1%=7.4%、5月23日から発出の沖縄が0.9%となる。

一方、今回の発出はこれまでの東京と沖縄の14.4%+0.9%=15.3%に埼玉、千葉、神奈川、大阪の5.8%+5.1%+7.8%+7.2%=25.9%が加わる。このため、地域拡大や延長も含めた今回の緊急事態宣言に伴う消費押し下げ圧力を今年4~5月の▲203億円/日を基に試算すれば、マクロの個人消費押し下げ効果としては▲0.88兆円程度にとどまると試算される。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

なお、家計消費には輸入品も含まれていることからすれば、そのまま家計消費の減少がGDPの減少にはつながらない。事実、最新となる総務省の2015年版産業連関表によれば、民間消費が1単位増加したときに粗付加価値がどれだけ誘発されるかを示す付加価値誘発係数は約0.85程度となっている。そこで、この付加価値誘発係数に基づけば、GDPの減少額は▲0.75兆円程度にとどまると計算される。それでも2021年7-9月期のGDPを▲0.6%程度押し下げることになり、年率換算では▲2.3%程度押し下げる計算になる。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

また、近年のGDPと失業者数との関係に基づけば、実質GDPが1兆円減ると1四半期後の失業者数が+5.6万人以上増える関係がある。従って、この関係に基づけば、4回目の緊急事態宣言発出により、それに伴う3か月後の失業者の増加規模はトータルで+4.2万人程度になると試算される。

行動規制の完全解除に不可欠な医療提供体制の拡充

以上のように、緊急事態宣言発出に伴う経済への悪影響が縮小している可能性が高いが、一方で新規陽性者数の抑制効果が限定的になっていることには注意が必要である。東京都に4回目の緊急事態宣言が発出されたのが7月12日であり、その効果は1~2週間後に現れるとされている。しかし、既に7月末に差し掛かっているにもかかわらず、東京都の新規陽性者数は増加の一途を辿っている。

一方、英国ではワクチンの部分接種率が7割近くまで到達しているにもかかわらず、新規陽性者数は増加に転じた。そして、7月下旬からは減少に転じているものの、依然として人口当たりの新規陽性者数は日本の10倍以上の水準にあることがわかる。この事例は、日本で今後ワクチン接種率が上昇したとしても、経済活動の規制を緩和すれば新規陽性者数が増えることを示唆している。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

しかし、英国ではそれでもワクチン効果で重症者数や死者数が抑制されているとして、7月下旬から大部分の行動規制を解除している。こうしたことからすれば、日本でも大部分の行動規制を解除するためには、ワクチン接種率が欧米並みにキャッチアップした暁には、行動規制の条件を徐々に新規陽性者数から重症者数や死者数にシフトしていくことが求められる。

ただ、ワクチン接種率が欧米並みに進んだとしても、日本では行動規制の条件を緩和できない可能性があることには注意が必要だろう。というのも、これまでの経験則では、日本では欧米に比べて新規陽性者数の数が少ないにもかかわらず、医療現場がひっ迫しやすいからである。欧米と異なり日本では民営病院の比率が高いこと等から当局の制御が効きにくいこと等が指摘されているが、こうした医療提供体制を放置して、新規陽性者数の増加に伴い行動規制を繰り返せば、日本経済は今後も正常化に向かうチャンスを失うことにもなりかねない。

そもそも、日本経済は他国と異なり、景気後退下の消費増税などにより、コロナショック前から経済は正常化していなかった。したがって、日本経済における行動規制を完全に解除するには、ワクチン接種率を一刻も早く欧米並みに進捗させるとともに、欧米並みに人口当たりの新規陽性者数が増えても医療提供体制がひっ迫しない環境を構築することが条件といえるだろう。(提供:第一生命経済研究所

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

第一生命経済研究所 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣