目次

  1. 要旨
  2. 旅行手控えや訪日外国人の消失により大きな打撃を受ける観光産業
  3. 新たな観光需要として期待が高まるワーケーション
  4. テレワークの普及や社内制度の整備を進めることで、ワーケーション実施率の向上が求められる
観光
(画像=peia/stock.adobe.com)

要旨

  • 新型コロナウイルスの影響により観光産業の経営環境が厳しさを増す中で、旅行需要の平準化や新たな旅行機会の創出に貢献する手段として、ワーケーションに注目が集まっている。
  • コロナ前から旅行需要の多くが年末年始や大型連休、土日祝日に集中しており、観光需要の平準化はかねてより観光産業の課題となっていた。
  • ワーケーション実施者による旅行消費額は1,580億円と推計され、現時点での規模自体は小さいものの、平日での旅行需要を創発する点において魅力度が高い。
  • ワーケーション普及のためには、ワーケーション自体に興味を持ってもらうこと、興味を持った人が実際に実施できる体制の構築が必要となる。そのためには、テレワークの一層の普及と企業・受入側双方の環境整備、テレワークの有効性の企業への訴求等が求められる。

旅行手控えや訪日外国人の消失により大きな打撃を受ける観光産業

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、観光産業は大きな打撃を受けている。訪日外客数の急減に伴う外国人宿泊需要はもちろん、感染防止のための外出手控えによって日本人宿泊者数も大きく減少し、日本人海外旅行(国内分)や訪日外国人旅行者による消費額を含めた2020年の日本国内での旅行消費額は11.0兆円と、2019年の27.9兆円から半分以下の水準にまで減少した。法人企業統計によると宿泊業(資本金1億円以上)の経常利益が2020年1-3月期以来、5四半期連続の赤字となるなど、新型コロナウイルスによる旅行需要の急減は、観光産業を営む企業の経営体力を急速に蝕んでいる。このような状況下、観光業における新たな需要の萌芽となりつつあるのが、ワーケーションである。ワーケーションは「テレワーク等を活用し、リゾート地や温泉地、国立公園等、普段の職場とは異なる場所で余暇を楽しみつつ仕事を行う」ことと定義されており、旅行需要の平準化や新たな旅行機会の創出に貢献する手段の一つとして注目が集まっている。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

新たな観光需要として期待が高まるワーケーション

観光需要の平準化はかねてより観光産業が抱える課題として認識されていた。古いデータにはなるが、観光庁「GWにおける観光旅行調査」における2009年のデータによると、年間旅行量の多くが年末年始やゴールデンウィーク、土日に集中しており、平日での旅行量はわずか16.5%に止まっている(※1)。コロナ前においては、訪日外国人による旅行消費が、観光需要の平準化に役立っていた。訪日外国人の平均泊数(2019年)は8.8泊と長期に渡るため、土日以外を含めた宿泊が前提となる場合が多い。加えて、外国の祝日のタイミングは日本と異なるため、特定時期での需要集中も回避できていた。しかし、水際対策を背景として訪日外国人数がゼロ近辺にまで減少したことにより、平日を中心とした閑散期での旅行需要の獲得機会が失われることとなった。

こうした中で期待されるのがワーケーションによる新たな宿泊需要の創出である。ワーケーションは仕事と観光の両立を前提とする新たな観光の形であり、これまで旅行需要が少ない平日における需要創出が可能となり、観光需要平準化に貢献することが期待されている。もっとも、現段階においてはその実施率は極めて低いものに止まっている。観光庁「ワーケーション、ブレジャーの活用実態に関する調査」(2020年12月~2021年1月調査)によると、ワーケーションの認知度は約7割と高いものの、その実施率は4.3%に過ぎない。2020年の就業者数は6,676万人であり、このうち4.3%がワーケーションを実施しているとすると、実施人数は287万人となる(※2)。国内宿泊旅行単価の55,054円(※3)を乗じると、ワーケーション実施者による旅行消費額は1,580億円と推計される。

ワーケーションではテレワーク等を活用して仕事を行うことが前提となるため、その実施日は勤務を行う日が含まれることになる。総務省が公表する社会生活基本調査(2016年調査)によると、有業者のうち平日に出勤する行動者率は84.2%となっており、多くの有業者が平日に仕事をしていることが示されている。休日以外の旅行量がわずか16.5%であったことに照らして考えると、暦の日数として全体の65.5%を占める平日がワーケーションによって有効活用されることは観光需要平準化の観点から、極めて重要である。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

テレワークの普及や社内制度の整備を進めることで、ワーケーション実施率の向上が求められる

新たな旅行需要として魅力的なワーケーションであるが、その実施率は4.3%に止まっており、現段階では極めて限られた層での実施に止まっている。ワーケーションを普及させるためには、ワーケーションに興味を持ってもらうこと、興味を持った人が実施しやくすくなる環境を整備することが必要になる。観光庁「ワーケーション、ブレジャーの活用実態に関する調査」(2020年12月~2021年1月調査)によると、ワーケーションに興味がある人の割合は、わずか28.1%に止まっている。ワーケーションに興味が無い理由として「テレワークができない仕事だから」が最も多く挙げられており、テレワークが実施できていないことが、ワーケーションへの興味を喪失させている最大の原因となっている。内閣府「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」(2021年4~5月調査)によると、東京23区ではテレワークの実施状況が53.5%と高い水準となっているのに対し、地方圏では一時期よりも水準が上がりつつあるものの21.9%に止まっており、地方圏においてテレワークが浸透していないことが示されている。国土交通省「令和2年度テレワーク人口実態調査」(2020年11~12月調査)によると、テレワークを実施していない理由としては「仕事内容がテレワークになじまない」や「会社から認められていない」などが挙げられている。テレワーク浸透のためには、業務ごとにテレワーク実施可否を分類し、テレワークを前提とした社内制度やシステムを整備することで、テレワークを前提とした組織作りを進める必要があるだろう。地方におけるテレワーク実施率の底上げ等によりテレワークの普及を一層推し進め、多くの人にワーケーションに対する興味を持ってもらうことが、ワーケーション浸透のための第一歩である。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

興味を持った人が実際にワーケーションを行う比率を高めることも必要である。ワーケーションは、ワーケーションに対して興味がある人によって行われる(ワーケーションに興味が無い人は行わない)と仮定すると、ワーケーションに対して興味がある人の割合(28.1%)×そのうち実際にワーケーションを実施する人の割合=実際にワーケーションを実施する人(4.3%)となり、ワーケーションに興味を興味を持った人の中で実際にワーケーションを実施する割合は、15.3%と算出される。興味を持っている人の中でも、8割以上の人は実際にはワーケーションを実施できていないことが分かる。理由としては企業のワーケーションへの理解が進んでいないことが挙げられる。内閣府「新しい働き方と地方移住に関する分析」の調査(2021年2月調査)によると、東京圏企業のうち72%の企業がワーケーションを認めていない状況が示されている。観光庁「ワーケーション、ブレジャーの活用実態に関する調査」(2020年12月~2021年1月調査)では、ワーケーションの導入課題として、「適用部署や従業員が限定的で不公平感が生じること」や「セキュリティ対策」、「人事労務管理」などが挙げられており、ワーケーションという新たな施策に対する制度設計が十分でないことがワーケーションの普及を妨げているものと考えられる。企業においてはテレワークにかかる労務管理をはじめとした制度設計、受入側としてはセキュリティが担保された執務環境の整備を進め、ワーケーション導入を阻む障壁を取り除いていく必要がある。また、多様な働き方や生産性の向上など、ワーケーションが持つメリットを企業に訴求し、ワーケーションを積極的に認可するよう促すことも求められる。

テレワークの普及と企業のワーケーションに対する理解が進むことで、ワーケーションという新しい旅行の形が広がっていくことが期待される。現時点において、ワーケーションの規模は国内旅行消費全体の中において極めて小さい割合に止まっているが、新たな旅行需要の萌芽を育てていくことが、今後の旅行需要回復局面、また今後訪れる新たな危機への備えとして重要であると考えられる。(提供:第一生命経済研究所


(※1) 暦の日数と旅行量のデータは2009年以降更新されていない。その後、2019年4月からの有給休暇の取得義務化によって連休や土日祝日での旅行需要の集中は幾分緩和された可能性があるが、依然として平日での旅行需要は小さいと考えられる。

(※2) 観光庁の調査では従業員を調査対象としているが、自営業者等のワーケーション実施率も同じ割合として計算している。

(※3) 観光庁「旅行・観光消費動向調査(2019年1~12月期)」の宿泊旅行単価(円/人回)。


第一生命経済研究所 経済調査部
主任エコノミスト 小池 理人