要旨
- 政府は13都府県としていた9月12日までの緊急事態宣言に、8月25日から北海道と東海三県も発出地域に加える方針を固めた。
- こうした緊急事態宣言延長と地域拡大の影響を加味すれば、4回目の緊急事態宣言に伴う消費押し下げ圧力は▲1.4兆円から▲1.5兆円程度に拡大すると試算し直される。
- 同様にGDPの減少額は▲1.2兆円から▲1.3兆円程度に拡大すると試算される。これは2021年7-9月期のGDPを▲1.0%程度押し下げることになり、年率換算では▲4.0%程度押し下げる計算になる。そして、それに伴う3か月後の失業者の増加規模はトータルで+6.6万人から+7.3万人程度に拡大すると試算される。
- 政府はGDPの水準がコロナ前の水準に回復する時期を年内としているが、それは絶望的。インド由来のデルタ株流行による感染者急増で医療逼迫が継続し、政府が頼みの綱とするワクチン接種が進んだ後も経済活動が長期に抑制される恐れがあるとなれば、ワクチン普及で重症者数が抑えられたとしても、医療提供体制を拡充しない限り日本経済の回復はあり得ない。GDPがコロナ前の水準を回復する時期は2022年度以降となり、政府が目指す年内はかなり高いハードルと言わざるを得ない。
- デルタ変異株の急速な流行によりコロナの感染終息がほぼ絶望的となったことからすれば、感染が欧米並みに増えてもひっ迫しない医療提供体制や治療薬の承認に加え、感染者数の増加だけでコロナをインフルエンザ並みに怖がらないような環境の構築と国民の意識の変化が本格回復の新たな条件になってくる。
はじめに
新型コロナウィルスの変異株が猛威を奮う中、政府は9月12日まで13都府県に発出されている緊急事態宣言について、8月25日から北海道と愛知3県も発出地域に加える方針を固めたようだ。
宣言の下では、経済活動に抑制圧力がかかることは避けられないだろう。しかし、一方で緊急事態宣言慣れなどにより人流抑制の効果が低下していること等からすれば、今回の決定でも経済活動への悪影響が限定的になる一方で、感染抑制効果も限定的になる可能性がある。
個人消費は▲1.5兆円の可能性 過去の緊急事態宣言発出に伴う外出自粛強化により、最も悪影響を受けた需要項目が個人消費である。そして、実際に過去のGDPにおける個人消費と消費総合指数に基づけば、2020年4~5月(発出期間4月7日~5月25日)にかけての個人消費は、一回目の緊急事態宣言がなかった場合を想定すれば、▲4.4兆円程度下振れしたと試算される。
しかし、2021年1月8日~3月21日までの2回目の緊急事態宣言の影響は、同様に推計すると、第一回目の1/4程度の▲1.2兆円程度だったことが推察される。なお、沖縄を除く3回目の緊急事態宣言が4月25日~6月20日までであり、これまで4月の個人消費が▲0.3兆円下振れしていたことから、3回目の緊急事態宣言は1日当たり個人消費を▲500億円程度押し下げていたと予想していた。
しかし、その後の消費総合指数5月分公表とともに過去のデータも改訂されたため、影響を推計しなおすと、緊急事態宣言慣れの影響か4~5月の個人消費が▲0.8兆円の下振れにとどまるとの結果になった。このため、3回目の緊急事態宣言は1日当たり個人消費を▲203億円程度の押し下げにとどまっていたと計算し直される。そして、沖縄除く緊急事態宣言が57日間であったことからすれば、3回目の緊急事態宣言では個人消費が▲203億円×57日=▲1.2兆円程度の下押しにとどまっていたとの結果になる。
そこで、既に9月12日まで13都府県に発出されている緊急事態宣言に、北海道と東海3県が8月25日から加わる場合の影響を試算してみた。直近年の県民経済計算を基に今年4月時点で発出されていた地域の家計消費の全国に占める割合を算出すると、東京14.4%+京都2.1%+大阪7.2%+兵庫4.2%=27.9%となる。また、5月12日から発出された愛知と福岡が6.1%+3.7%=9.8%、5月16日から発出の北海道、岡山、広島が3.9%+1.4%+2.1%=7.4%、5月23日から発出の沖縄が0.9%となる。
一方、今回の発出はこれまでの東京、沖縄、埼玉、千葉、神奈川、大阪、茨城、栃木、群馬、静岡、京都、兵庫、福岡の14.4%+0.9%+5.8%+5.1%+7.8%+7.2%+2.1%+1.5%+1.4%+2.8%+2.1%+4.2%+3.7%=58.9%に北海道、岐阜、愛知、三重の3.9%+1.4%+6.1%+1.2%=12.6%が加わる。このため、地域拡大や延長も含めた今回の緊急事態宣言に伴う消費押し下げ圧力を今年4~5月の▲203億円/日を基に試算すれば、マクロの個人消費押し下げ効果としてはこれまでの▲1.4兆円から▲1.5兆円に拡大すると試算される。
なお、家計消費には輸入品も含まれていることからすれば、そのまま家計消費の減少がGDPの減少にはつながらない。事実、最新となる総務省の2015年版産業連関表によれば、民間消費が1単位増加したときに粗付加価値がどれだけ誘発されるかを示す付加価値誘発係数は約0.85程度となっている。そこで、この付加価値誘発係数に基づけば、GDPの減少額はこれまでの▲1.2兆円から▲1.3兆円程度に拡大すると計算される。これにより2021年7-9月期のGDPを▲1.0%程度押し下げることになり、年率換算では▲4.0%程度押し下げる計算になる。
また、近年のGDPと失業者数との関係に基づけば、実質GDPが1兆円減ると1四半期後の失業者数が+5.6万人以上増える関係がある。従って、この関係に基づけば、4回目の緊急事態宣言発出により、それに伴う3か月後の失業者の増加規模はトータルで+6.6万人から+7.3万人程度に拡大すると試算される。
年内にコロナ前GDP回復は絶望的
このように、緊急事態宣言の地域拡大に伴う経済への悪影響は無視できないと言えよう。特に、政府はGDPの水準がコロナ前の水準に回復する時期を年内としているが、それは絶望的と言えよう。
というのも、2019年以降GDPの水準を季節調整値で見ると、コロナ前の2019年10-12月期は名目で556兆円、実質で547兆円となっている。そして、直近2021年4-6月期で見れば、それぞれ▲1.8%、▲1.5%低い546兆円、539兆円となり、一見射程圏内のように見える。
しかし先に見た通り、今回の緊急事態宣言の影響により、7-9月の個人消費はGDPを▲1.0%程度押し下げる可能性がある。このため、7-9月期のGDPについては、余程設備投資や外需など他の需要項目が大きく増加しない限り、プラス成長は厳しいことが予想される。また、東京大学の仲田泰祐准教授らが緊急事態宣言の再延長が決まった9月17日に行った最新のシミュレーションでは、楽観的な仮定でも感染力が強いデルタ株に対し宣言期間中に1日の新規感染者数は大きく減らないと試算しており、緊急事態宣言が秋にいったん解除されれば、冬には今より大きな感染の波が来る可能性が高いと指摘している。
となれば、インド由来のデルタ株流行による感染者急増で医療逼迫が継続し、政府が頼みの綱とするワクチン接種が進んだ後も経済活動が長期に抑制される恐れがあろう。となれば、ワクチン普及で重症者数が抑えられたとしても、医療提供体制を拡充しない限り日本経済の回復はあり得ないだろう。そして、GDPがコロナ前の水準を回復する時期は2022年度以降となり、政府が目指す年内はかなり高いハードルと言わざるを得ない。
以上の分析に基づけば、デルタ株が出る前であれば、個人消費や景気の回復の鍵はワクチン接種率だったといえよう。しかし、デルタ変異株の急速な流行によりコロナの感染終息がほぼ絶望的となったことからすれば、感染が欧米並みに増えてもひっ迫しない医療提供体制や治療薬の承認に加え、感染者数の増加だけでコロナをインフルエンザ並みに怖がらないような環境の構築と国民の意識の変化が本格回復の新たな条件になってくるだろう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣