要旨
- 政府は21都道府県に対して9月12日までとしていた緊急事態宣言について、宮城・岡山を除く19都道府県については9月末まで延長する方針を固めた。
- こうした緊急事態宣言延長の影響を加味すれば、4回目の緊急事態宣言に伴う消費押し下げ圧力は▲1.5兆円から▲2.2兆円程度に拡大すると試算し直される。
- 同様にGDPの減少額は▲1.3兆円から▲1.9兆円程度に拡大すると試算される。これは2021年7-9月期のGDPを▲1.5%程度押し下げることになり、年率換算では▲5.8%程度押し下げる計算になる。そして、それに伴う3か月後の失業者の増加規模はトータルで+7.3万人から+10.8万人程度に拡大すると試算される。
- ただ、新型コロナウイルスの感染拡大地域での行動制限の緩和策をまとめた政府のロードマップの通り、ワクチン接種が進んだ10~11月の段階で緊急事態宣言の発令地域でも接種済みの人の外出や県境をまたぐ移動も原則認めることになれば、飛行機や鉄道を利用して遠出をすることが可能となり、苦境に立たされている観光業界や百貨店等も潤うはず。
- 特に旅行等は人間の根源的な欲求であり、オンライン化で代替することができないことからすれば、コロナショック以降も旅行に対する潜在的な需要は大きく変わらない。このため、コロナ禍で事業縮小を余儀なくされながらも耐え抜いた企業は、コロナショック以前よりも業績を拡大させることが期待される。
- 特にコロナ禍では、非日常的な体験が制約されたこと等により、日銀は家計に20兆円規模の強制貯蓄が発生したと試算している。このため、アフターコロナではコロナショック前よりも比較的贅沢な消費が選好される可能性があろう。
はじめに 新型コロナウィルスの変異株が猛威を奮う中、政府は9月12日まで21都道府県に発出されている緊急事態宣言について、宮城と岡山を除く19都道府県で9月末まで宣言を延長する方針を固めたようだ。宣言の下では、経済活動に抑制圧力がかかることは避けられないだろう。
しかし、一方で政府はワクチン接種済みなら緊急事態宣言下でも県をまたぐ移動をOKにし、10月以降に行動宣言を緩和する方針を固めたことからすれば、10月以降は宣言が延長されたとしても経済活動への悪影響が限定的になる可能性もある。
個人消費は▲1.9兆円の可能性
過去の緊急事態宣言発出に伴う外出自粛強化により、最も悪影響を受けた需要項目が個人消費である。そして、実際に過去のGDPにおける個人消費と消費総合指数に基づけば、2020年4~5月(発出期間4月7日~5月25日)にかけての個人消費は、一回目の緊急事態宣言がなかった場合を想定すれば、▲4.4兆円程度下振れしたと試算される。
しかし、2021年1月8日~3月21日までの2回目の緊急事態宣言の影響は、同様に推計すると、第一回目の1/4程度の▲1.3兆円程度だったことが推察される。なお、沖縄を除く3回目の緊急事態宣言が4月25日~6月20日までであり、これまで4~5月の個人消費が▲0.8兆円下振れしていたことから、3回目の緊急事態宣言は1日当たり個人消費を▲203億円程度押し下げていたと予想していた。
しかし、その後の消費総合指数6月分公表とともに過去のデータも改訂されたため、影響を推計しなおすと、緊急事態宣言慣れの影響か4~6月の個人消費が▲1.1兆円の下振れになるとの結果になった。このため、3回目の緊急事態宣言は1日当たり個人消費を▲197億円程度の押し下げたと計算し直される。そして、沖縄を除く緊急事態宣言が57日間であったことからすれば、3回目の緊急事態宣言では個人消費が▲197億円×57日=▲1.1兆円程度の下押しになっていたとの結果になる。
そこで、既に9月12日まで21都道府県に発出されている緊急事態宣言において、宮城・岡山を除く19都道府県で9月末まで期間が延長される場合の影響を試算してみた。直近年の県民経済計算を基に今年4月時点で発出されていた地域の家計消費の全国に占める割合を算出すると、9月12日まで発出対象となる21都道府県合計では77.8%となる。
うち、宮城と岡山の割合がそれぞれ1.7%と1.4%であることからすれば、9月13日以降の発出地域の割合は74.8%となる。このため、地域拡大や延長も含めた今回の緊急事態宣言に伴う消費押し下げ圧力を今年4~6月の▲193億円/日を基に試算すれば、マクロの個人消費押し下げ効果としてはこれまでの▲1.5兆円から▲2.2兆円に拡大すると試算される。
なお、家計消費には輸入品も含まれていることからすれば、そのまま家計消費の減少がGDPの減少にはつながらない。事実、最新となる総務省の2015年版産業連関表によれば、民間消費が1単位増加したときに粗付加価値がどれだけ誘発されるかを示す付加価値誘発係数は約0.85程度となっている。そこで、この付加価値誘発係数に基づけば、GDPの減少額はこれまでの▲1.3兆円から▲1.9兆円程度に拡大すると計算される。これにより2021年7-9月期のGDPを▲1.5%程度押し下げることになり、年率換算では▲5.8%程度押し下げる計算になる。
また、近年のGDPと失業者数との関係に基づけば、実質GDPが1兆円減ると1四半期後の失業者数が+5.6万人以上増える関係がある。従って、この関係に基づけば、4回目の緊急事態宣言発出により、それに伴う3か月後の失業者の増加規模はトータルで+7.3万人から+10.8万人程度に拡大すると試算される。
行動制限緩和で10月以降は回復の見通し
ただ一方で、日本における新型コロナウイルスワクチン接種が進んでいることも事実である。そして、新型コロナウイルスの感染拡大地域での行動制限の緩和策をまとめた政府のロードマップの通り、ワクチン接種が進んだ10~11月の段階で緊急事態宣言の発令地域でも接種済みの人の外出や県境をまたぐ移動も原則認めることになれば、飛行機や鉄道を利用して遠出をすることが可能となり、苦境に立たされている観光業界や百貨店等も潤うはずだ。すでに、観光業ではワクチン接種者を対象とした旅行プラン等が実施されており、行動宣言が緩和されれば、利用者は増えることだろう。
実際、経済産業省のデータによれば、直近の旅行や鉄道、航空の活動指数および百貨店販売額指数の季節調整値はコロナショック前の2019年1月からそれぞれ14.3%、72.1%、27.7%、84.6%まで落ち込んでいる。9月以降も緊急事態宣言が延長されていることからすれば、当面は活動が低迷することが見込まれる。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大地域での行動制限の緩和策をまとめた政府のロードマップの通り、ワクチン接種が進んだ10~11月の段階で緊急事態宣言の発令地域でも接種済みの人の外出や県境をまたぐ移動も原則認めることになれば、それぞれの需要も徐々に回復に向かうことが期待される。
とはいえ、ワクチン接種をしても完全に感染を防御できるわけではないため、早期にコロナショック前の水準に各需要が戻ることは考えにくい。しかし、特に旅行等は人間の根源的な欲求であり、オンライン化で代替することができないことからすれば、コロナショック以降も旅行に対する潜在的な需要は大きく変わらないだろう。このため、コロナ禍で事業縮小を余儀なくされながらも耐え抜いた企業は、コロナショック以前よりも業績を拡大させることが期待される。
特にコロナ禍では、非日常的な体験が制約されたこと等により、日銀は家計に20兆円規模の強制貯蓄が発生したと試算している。このため、アフターコロナではコロナショック前よりも比較的贅沢な消費が選好される可能性があろう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣