目次

  1. 要旨
  2. 経済対策規模の尺度として用いられるGDPギャップ
  3. GDPギャップは推計方法によって大きく異なる
  4. 公表されている潜在GDPは「これまでのトレンド」にすぎず、最大供給能力ではない
  5. 規制等による供給力低下はタイムリーに追えない
  6. GDPギャップ分の真水投入=GDPギャップを埋められる経済対策規模、ではない
  7. 財政支出ですべて賄う必要があるのか?
  8. GDPギャップは相対的な尺度程度にとどめるのが妥当

要旨

  • GDPギャップは経済対策規模の尺度としてしばしば用いられるが、この方法にはいくつもの留意点がある。第一にGDPギャップは推計方法による水準の違いが大きい点だ。直近公表値では内閣府推計が22兆円、日本銀行が7兆円と大きな開きがある。
  • 第二に、推計されている潜在GDPは「潜在的に実現可能なGDPの最大値」ではなく、あくまで「過去のGDP、生産要素の平均・トレンド」にすぎない、という点だ。実際問題としては、遊休資産がなくすべての生産要素がフル稼働している状態(最大概念の潜在GDPが実現している状態)、というのはあくまで理論上のものであるし、業種などによって需給の動向が異なる中でそのギャップをすべて経済対策で埋める、ということはなおさら難しいだろう。ただ「平均概念のGDPギャップ=ゼロ」がこれ以上需要喚起の余地がないことを意味するわけではない。
  • 第三に、潜在GDPは今回コロナのような非連続的な供給ショックを織り込み切れない点だ。飲食業の営業制限、イベント等の入場制限で供給可能な付加価値は低下していると考えられるが、こうした影響は公表値にタイムリーに反映されているわけではない。
  • 第四に、「GDPギャップと同額の真水(国費)」は「GDPギャップを埋める財政支出」ではないことだ。給付金などが貯蓄に回ればGDP押上げ額は支出額よりも小さくなる。反対に民間需要をうまく喚起することができれば、財政支出分以上のGDP押し上げ効果をもたらすことも考えられる。
  • 第五に、GDPギャップのすべてを財政支出で埋める必要はないのではないか、という観点だ。将来の民間需要が大きく持ち直すのであれば、GDPギャップを埋めるための必要財政支出額はより小さくなる余地があるだろう。
  • GDPギャップは過去の危機時と比較するなど相対的な尺度程度にとどめておくのが妥当で、本来その額を絶対視すべきではない。近年の経済対策には短期的にGDPギャップを埋める事業と、中長期的に投資される事業が混在しているケースがみられる。この区分けを行ったうえで短期的な経済効果を考えることが望ましいだろう。中長期的な施策が補正予算に混在するのは、当初予算を絞り、補正予算を緩める現在の財政運営によるところが大きいだろう。このあり方についても、次期政権では積極的に議論されることを期待したい。

経済対策規模の尺度として用いられるGDPギャップ

自民党総裁選を控え、各候補から経済対策に関する言及が相次いでいる。経済対策の規模を定める際に、よく目安として用いられるのがGDPギャップ(需給ギャップ)だ。経済学のうえで、GDPギャップは経済の供給力である潜在GDPと実際のGDPとの差で定義される。マイナスの需給ギャップが存在するということは、経済の総需要が供給力(経済の地力=潜在GDP)よりも小さくなっていることを意味するため、そのギャップを埋める規模の財政出動が必要、との文脈で用いられるケースが頻繁にみられる。

ただ、GDPギャップの規模を経済対策の規模(国の財政支出額)の尺度とする、という方法には留意すべき点が幾つもある。本稿は、この点について網羅的にまとめることが目的である。後述するように、経済対策規模をGDPギャップより大きくすべき、小さくすべきとする双方の要素がある。

GDPギャップは推計方法によって大きく異なる

まず、GDPギャップを計算する際に用いられる潜在GDPはマクロ経済変数を用いて推計されるものである。潜在GDPの推計方法はそのアプローチや用いる変数などによってさまざま(※1)で、一意に定まるものではない。日本では①内閣府、②日本銀行が推計する数値が代表的だが、計算されたGDPギャップの水準感は各々で異なっている(※2)(資料1)。

昨今、政府からはGDPギャップが20兆円程度存在、との発言があったが、これは内閣府推計の4-6月期GDPギャップが▲4%であることがもとになっている。一方、日本銀行推計のGDPギャップ(1-3月期(※3))は▲1.4%となっているが、これを基にするとおよそ7兆円という数字になり、内閣府推計とは大きな乖離が生じる。

推計方法が様々勘案されている以上、その結果にも差が生じる。この点は公表機関の内閣府や日本銀行も十分認識しており、ともに「推計手法によって結果が異なる」「十分幅をもって評価する必要がある」旨の注釈を付している。最も頻繁に利用されている内閣府の公表値も、数ある推計値の一部であることには留意が必要があろう。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

公表されている潜在GDPは「これまでのトレンド」にすぎず、最大供給能力ではない

次に、公表されている潜在GDPはそもそも潜在的に実現可能なGDPの最大値を推計したものではない、という点が挙げられる。潜在GDPの概念には付加価値を供給する能力という意味合いでの「最大概念」と過去トレンドを示す「平均概念」が存在する。過去には日本でも「最大概念」が用いられていた時期もあったが、現在は内閣府・日本銀行ともに「平均概念」を用いている 。公表されている潜在GDPの値はむしろ「これまでのGDPの平均・トレンド」を示したものという方が実態に近い。

そのため、公表値のGDPギャップゼロにする、ということは、「GDPをこれまでの平均・トレンド並みに戻す」という意味合いになる。「最大概念」の潜在GDPが「平均概念」よりも大きいことは明らかなので、本当に総需要と総供給の一致(実際GDPを最大概念の潜在GDPに達するようにすること)を目指すのであれば、平均概念で推計されたGDPギャップ額の需要増では足りないということになる。実際問題としては、遊休資産がなくすべての生産要素がフル稼働している状態(最大概念の潜在GDPが実現している状態)というのはあくまで理論上のものであるし、業種などによって需給の動向が異なる中でそのギャップをすべて経済対策で埋める、ということはなおさら難しいだろう。ただ、推計上のGDPギャップ=ゼロの状態が、実現可能なGDPの最大値ではないという点には留意しておくべきであろう。

規制等による供給力低下はタイムリーに追えない

また、非連続的な形の供給制約がかかった場合、潜在GDPの値はこれを追うことができない。例えば、今回の新型コロナ危機は、飲食店への営業規制やイベントの入場制限によって対面型サービス業の供給能力を急激に低下させている。しかし、潜在GDPの推計値の根幹は過去のGDPなどを踏まえたトレンドであるという性質上、こうした変化をタイムリーに追うことはできない。これは供給能力が公表値よりも低い(GDPギャップが小さい)であろうと推察できる理由になるだろう。経済対策による需要喚起よりも、感染症をまず解決して供給制約の影響を取り除くことが先決、という議論(※4)は、真の意味での潜在GDPが感染症で低下しているのではないか、という点が前提にある。

GDPギャップ分の真水投入=GDPギャップを埋められる経済対策規模、ではない

次に、GDPギャップ額の真水(国費)投入は、GDPギャップを埋めることのできる経済対策規模ではない、という点を挙げたい。1兆円のGDPギャップがあるからと言って、1兆円の真水投入を行えばそれが埋まるわけではない。

GDPギャップを埋める効果があるかどうかは、その支出の内容によるところが大きい。例えば、1兆円を公共投資に利用した場合、その支出額の殆どはGDPの公的固定資本形成に計上されるので、GDPの押し上げに貢献する。一方、1兆円を家計に給付金として支給した場合、それが消費にどれだけ結びつくかでGDP押し上げ効果が左右される。マクロの限界消費性向は1~2割程度との分析が多いが、この場合GDP押上げに貢献するのは0.1~0.2兆円、ということになる。また、支出額以上にGDP押し上げ効果を持つ、ということもあり得る。1兆円で旅行への消費の半額を補助する政策を打ち出した結果、新たに旅行が喚起された(※5)のであれば補助金の公的支出分+民間支出分の2兆円の消費が生まれたことになる。

また、経済対策にはすぐ支出される短期的な政策と中長期的な政策が混在しているケースがみられる。例えば昨年編成された経済対策では、補正予算において2兆円が「グリーンイノベーション基金」の創設に充てられた。基金を通じてグリーン関連の事業に政府資金を投じるものだが、この基金が想定する投資期間は10年間である。中長期的な事業も真水(国の財政支出)には含まれていることがあるが、これは即座にGDPを押し上げる性質のものではなく、目先のGDPギャップを埋める額として勘案すべきものではないだろう。

GDPギャップを埋める(短期的にGDPを押し上げる)効果があるかどうかは、事業の内容にも大きく左右される。本当にGDPギャップを埋めることを目指すのであれば、事業の期間や性質などを踏まえて事業毎の短期的なGDP押し上げ効果を積算する、といったステップが厳密には必要になる。

財政支出ですべて賄う必要があるのか?

直近の内閣府公表値をもとにしたGDPギャップの値(22兆円)は、2021年4-6月期の時点でのGDPギャップを年換算した値(4四半期続いたときの値)である。したがって、22兆円のGDPギャップを財政支出でそれを埋める、という考え方は、今後1年間同レベルのGDPギャップが続いていくことを前提にしていることになる。

ただ、今後1年間で民間需要の回復によるGDPギャップ縮小が見込まれるのであれば、今後1年間のGDPギャップを埋めるために必要な財政支出額は小さくなるはずだ(逆に悪くなるのであれば、必要額は大きくなる)。現局面においても、今後感染症対策による行動規制緩和等の中で、比較的速いペースでの景気回復を見込む向きが多い。

GDPギャップは相対的な尺度程度にとどめるのが妥当

以上、GDPギャップの推計方法等の観点から、その額を経済対策の規模とすることの妥当性を検討した。資料2に概要をまとめている。GDPギャップを経済対策の規模とする、という考え方については対策規模が過大ではないか、との趣旨での批判が多いと思われるが、逆の観点での批判もありえる。

経済対策規模をどう定めるべきか?という問題にクリアな答えはないが、GDPギャップを用いる際には推計手法などの観点からその額を絶対視するよりも、過去の危機時と比較しながら相対的な尺度として用いるくらいにとどめておくのが妥当だと思われる。また、現在のようにGDP押し上げを目的とした短期的な事業とグリーン化投資などの中長期的な事業を合わせて、「GDPギャップを埋める真水」として扱うことには違和感がある。経済対策の中でも短期的事業と中長期的事業の区分けは行って、そのうえで短期的なGDP押し上げ効果(GDPギャップを埋める効果)を考えたほうが望ましいと考える。中長期の事業は本来、多年度予算の枠組みなどを用いて計画的に当初予算に計上するのが正攻法だと思われるが、現在の財政再建計画は当初予算にシーリングがあるためにこうした予算編成が難しい。結果、補正予算に短期的な景気押上げを見越した政策と中長期目線の政策が混在してしまっている。当初予算を絞って補正予算を緩める財政運営の課題については以前もレポート(※6)で指摘したが、現在の財政運営の在り方も次期政権では積極的な議論がなされることを期待したい。(提供:第一生命経済研究所

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

(※1) 日本銀行(2009)は潜在成長率推計のアプローチが、実際のGDPのトレンドを抽出する①フィルタリング・アプローチ、供給能力の動きを資本・労働で表現する②生産関数アプローチ、需給を反映するインフレ率を加味した③フィリップス曲線アプローチ、動学的一般均衡モデルを用いた④DGEアプローチの4つに大別できると整理している。

(※2) このほか、IMFやOECDも日本を含めた各国のGDPギャップの推計値(暦年毎)を公表している。推計方法の違いは日本銀行(2017)の図表1で概要がまとめられている。

(※3) 4-6月期は執筆時点で未公表。

(※4) 例えば、旅行やイベントに行けない状態でお金を配って需要喚起しても消費が増えないのでは、等の議論。

(※5) もともと旅行に行く予定だった人が補助金を受けた、という要素は除く必要がある点には留意。

(※6) Economic Trends「骨太方針2021のポイント(財政再建目標編)~見直すべきは“当初を絞って補正を緩める”財政運営~」(2021年6月14日) https://www.dlri.co.jp/report/macro/155882.html

(参考文献) 日本銀行(2006)「GDPギャップと潜在成長率の新推計」 日銀レビュー 2006-J-8 https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/rev_2006/data/rev06j08.pdf

日本銀行(2009)「潜在成長率の各種推計法と留意点」日銀レビュー 2009-J-13 https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/rev_2009/data/rev09j13.pdf

日本銀行(2017)「需給ギャップと潜在成長率の見直しについて」BOJ Reports & Research Papers https://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2017/data/ron170428a.pdf

内閣府(1999)「平成11年度年次経済報告」 https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je99/wp-je99-000i1.html

内閣府(2017)「GDPギャップ/潜在GDPの改定について」経済財政分析ディスカッション・ペーパー DP/17-3 https://www5.cao.go.jp/keizai3/discussion-paper/dp173.pdf


第一生命経済研究所 経済調査部
主任エコノミスト 星野 卓也