ドイツ新政権はEUの財政規律を乱しかねない
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ドイツ新政権はEUの財政規律を乱しかねない

BNPパリバ証券 チーフクレジットストラテジスト / 中空 麻奈
週刊金融財政事情 2021年10月12日号

 9月のドイツ購買担当者景気指数(PMI)の速報値によると、総合PMIが55.3で、8月の60.0から低下し、さえない状況にある。背景の一つが供給制約である。

 サプライチェーンに悪影響を与える供給制約は、コロナ禍の初期段階で、各国が厳しいロックダウンを敷き、生産活動が制限された際に浮上した。現在もこの影響が残り、短期的に成長率を押し下げている。経済に占める製造業の割合が高い国、なかでも自動車業界のように裾野が広い産業分野に支えられている国の影響は大きい。

 日本もひとごとではないが、ドイツもそれに当てはまる国の一つだ。弊社では、ドイツの国内総生産(GDP)予測について、2021年は2.8%、22年は5.3%と、それぞれ6月時点の予測値3.7%、5.5%から下方修正した。

 ただ、一時的に成長率が押し下げられても、潤沢な家計貯蓄や景気刺激的なマクロ政策に後押しされた堅調な需要によって、いずれは埋め合わされることが期待できよう。ドイツの需要の強さの一部は、現在、受注と生産の乖離として表れており、新規受注は生産を20%ほど上回る状態にある(図表)。超過需要が追い風となり、企業に採用や生産能力拡大のための設備投資の積極化を後押しし、経済の回復を支えよう。

 超過需要が高止まりするなか、ドイツではさらに景気刺激的なマクロ政策が採られる可能性が高まっている。その理由が、9月26日に行われたドイツ連邦議会選挙の結果だ。

 メルケル首相の政界引退に伴い、伝統的に財政規律を重んじてきた与党・キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)は、得票率24.1%と第2党に転落した。735議席の過半数を確保できた党はなく、これから連立交渉が始まる。

 ドイツはコロナ禍で一転して財政拡張路線にかじを切った。ドイツは公債発行をGDP比で0.35%以内に収めると決めているが、一段の財政出動を可能にするため、ドイツ議会は20年と21年についてはその債務上限規定を停止した。公共投資の拡大支持や増税反対など、欧州でポピュリズム的傾向が強まるなか、ドイツの新連立政権でも財政赤字を容認せざるを得ないとの見方が強まっている。コロナ禍が思うほど収束せず、超過需要が続く中で、さらに需要を刺激する財政政策が採られれば、想定外の物価上昇をもたらしかねない。ドイツの新政権が安定的な金融政策を脅かす可能性もある。

 そして、EUにおける健全財政の旗手であったドイツが財政赤字容認・拡張路線に転じれば、EU内での財政ルールの見直しなど、EU全体の財政規律の緩みに影響する危うさもはらんでいる。

ドイツ新政権はEUの財政規律を乱しかねない
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(提供:きんざいOnlineより)