封じられた中古海外不動産での所得税対策 富裕層の新しい動きは?
(画像=PIXTA、ZUU online)

減価償却費が発生する資産を保有して、「個人や法人の所得を減価償却と“ぶつけて”節税している」という富裕層や高所得者(高所得法人を含む)は多いだろう。第4回では、美術品、クルマ、クルーザー、航空機などにスポットを当てて解説してきた。本特集の最終回である第5回では、海外不動産について見ていこう。

ここ数年、高所得者の所得税対策として「中古海外不動産の減価償却費を簡便法で償却して赤字を作り、給与所得と損益通算する方法」が注目されていたが、2021年からこの対策は封じられてしまった。国税庁としては、あまりにも過度な節税を助長していると判断したようだ。そのようななか、今後、富裕層や高所得者は海外不動産の減価償却をどのように活用していけば良いのだろうか。海外不動産の税務に詳しい中谷義宏税理士に話を聞いた。

中谷 義宏
中谷 義宏(なかたに・よしひろ)
中谷義宏税理士事務所所長・税理士。京都市出身、同志社大学経済学部卒業。1988年大阪国税局入局、2019年7月退官。2019年税理士登録、同年中谷義宏税理士事務所を開設、近畿税理士会中京支部所属。元国税調査官としての経験・知識を活用し、全税目の視点からの節税対策、相続税対策、税務調査対策において質の高いサービスを提供するほか、海外不動産投資などのコンサルテイングを手掛けている。

海外不動産を減価償却して節税できるのか?

「中古海外不動産が節税目的で買われ始めたのは、主に平成20年以降ではないだろうか。平成10年に外為法が改正されて、一般個人も海外取引がしやすくなったことを受け、一部の富裕層がハワイなどに別荘を購入したのだろう。使わない時はもったいないので賃貸に回したら、税務処理のルール上、短期償却が取れることが認知され始めて、高所得者中心に広がっていったのでは」と中谷氏は解説する。

なぜ、高所得者の所得税対策として中古海外不動産が注目されていたのか、その理由を簡単に説明しよう。不動産所得や多くの人が収入の柱としている給与所得は、10種類の所得からなる総合課税に含められる。総合課税は各所得を合算した上で所得税が課されるが、その所得税率は最高45%であり、住民税10%と合算すると55%にも達する。

そこで所得税・住民税の節税として活用されるのが、不動産所得において多額の減価償却費を経費計上することによって赤字を作り、その赤字の不動産所得と給与所得を合算(損益通算)する方法だ。海外不動産は、少ない年数で多額の減価償却費を計上できたため、高所得者中心に購入されていたというわけだ。

国外中古建物の不動産所得の損益通算等の特例 令和3年以後の各年において、国外中古建物の不動産所得を有する場合において、その年分の不動産所得の金額の計算上生じた損失の金額がある場合、そのうち、耐用年数を「簡便法」により計算した国外中古建物の減価償却費に相当する部分の金額については、生じなかったものとみなされます。
引用:国税庁

具体的なロジックを説明しよう。減価償却資産において、法定耐用年数の全部を経過した資産は「簡便法」という方法で法定耐用年数を計算することできる。計算方法は「法定耐用年数×20%(小数点以下は切り捨て)」だ。たとえば、築25年の木造住宅(法定耐用年数は22年)は「22年×20%=4.4年→小数点以下切り捨てで4年」となる。4年で償却(短期償却)できるというわけだ。

そして、最も重要なポイントは、海外不動産(主に米国不動産を指す)は日本に比べて「物件価格に対する建物割合」が高く、償却できる金額が大きいということだ。「価格1億円・建物比率が8割」の木造住宅を簡便法で償却すれば、単純計算で「建物部分8,000万円÷4年=年間2,000万円」の減価償却費を計上できることになる。

大きく償却が取れるということは、それだけ簿価が下がり、売却時の利益は大きくなりがちだ。しかし、不動産の売却は分離課税にあたり、保有期間が5年以下の売却(短期譲渡)の税率は39%(所得税30%+住民税9%)だが、5年超の売却(長期譲渡)であれば20%(所得税15%+住民税5%)まで下がる。

そのため、多くの人は短期譲渡が外れる6年目以降に物件を売却することが多い。不動産価格が下落していない前提の話だが、売却時の税率は20%と比較的低いため、高所得になればなるほど、所得税と住民税の合算税率との差が広がり、手残りが増えるというわけだ。

簡便法を用いた不動産所得の損益通算が禁じられた

20年以上の税務調査経験がある中谷氏によると「簡便法ができたのは戦後間もない昭和26年だ。その制度がいまだに使われているため、時代とのギャップがあることは否めない。税務調査官時代から多少の違和感を持っていた」という。簡便法自体が改正されたわけではなかったものの、平成27年に会計検査院が意見書を提出し、数年の検討を経て、2020年度の税制体制大綱で中古海外不動産を活用した節税策が封じられ、2021年1月1日から適用された。

「よく誤解されるが、簡便法の計算方法自体が変更になったわけではないので、短期償却が禁止になったわけではない。簡便法を用いて減価償却費を計上しても問題はない。禁止になったのは、簡便法を用いた中古海外不動産の赤字を他の所得と損益通算することだ。つまり、海外不動産投資で赤字が出ても、損益通算する上でそれはなかったものとして見なされてしまう」(中谷氏)という指摘が初耳の読者も多いだろう。

それでは、今後どのように税務処理すれば良いのだろうか。

損益通算をしたい人は、通常の法定耐用年数で減価償却する必要がある。「米国は建物比率が大きいため、普通に計算しても赤字が出る物件はあるだろう。中古海外不動産であっても、簡便法を使用しないで赤字になった場合、給与所得等と損益通算は可能である」(中谷氏)ので、既に物件を保有していたり、購入を検討したりしている人は、シミュレーションをしてみると良いだろう。なお、米国における木造住宅の法定耐用年数は27.5年で、日本と米国の両方で申告する必要がある。

少しでも多く減価償却費を計上できる「コスト・セグリゲーション」

簡便法による損益通算は封じられてしまったが、少しでも多く減価償却費を計上するテクニックは存在する。その1つが「コスト・セグリゲーション」だ。物件価格は大まかに建物価格と土地価格に分けられるが、前者はさらに細かい設備(エレベーター、電気設備、給排水設備、ガス設備など)に分けることができる。通常、それらの設備の法定耐用年数は建物本体のそれより短いので、各設備を本来の法定耐用年数で償却することによって、少しでも減価償却費を早く計上できるというわけだ。

新築不動産には設備明細表がついていることが大半だが、中古不動産についていないことが多い。しかし、「中古海外不動産を取り扱う業者のなかには、あえて米国で建物を細かく分類したレポートを作ってもらうところもある。内容がロジカルである必要はあるが、そのようなファクトがあれば、税務署が否認する確率は低いだろう。私のクライアントでも、実際にコスト・セグリゲーションで申告した事例もある」(中谷氏)という。

さらに、中谷氏によると「改正後は減価償却費が減少することになるが、建物価額が多く残り(売却時、必要経費に計上できる建物価額が増加)、簡便法を使った場合よりも売却時の税金が大きく減少する。それらを含めて考えると、改正前の投資効果(6年目で売却したと仮定)には、購入後10年程度で追いつく計算になる」そうだ。ただし、これはあくまで『米国の不動産価格が近年の上昇率を維持した場合』であることに注意が必要だ。

国連が発表している「世界人口推計 2019年版」によると、米国の人口は2100年まで増え続ける予想であり、人口が増えれば住宅の需要は増加し、経済も拡大しやすい。一方で、米国の住宅価格動向を示す代表的な指数のひとつ「S&Pケース・シラー住宅価格指数」を見ると、ここ1年は大幅な住宅価格上昇が続いており、短期的な高値掴みのリスクも懸念される。筆者個人の見解としては、中長期的に米国不動産市場は上がり続けると見ているが、こればかりは何とも言えない。米国経済に不安を持つ人は、購入すべきではないだろう。

法人名義で買う富裕層が増えている?

今回の改正を受けて、個人名義ではなく法人名義で中古海外不動産を購入するケースが増えているという。今回の改正は個人に限定されたもので、法人には及んでいない。そのため、法人名義であれば、これまでと同様に簡便法を用いた短期償却を取ることが可能だ。以前は役員報酬を高めに設定して、あえて高い所得税率が適用されるようにし、中古海外不動産の償却をぶつけていた経営者も存在した。それができなくなったので、法人名義で購入し、法人の利益とぶつけて、法人税を圧縮するという狙いにシフトしているようだ。

最後に、富裕層や高所得者が減価償却をコントロールする際の注意点を聞いた。「早期に多額の減価償却を計上することは、課税の繰延、課税の先送りに過ぎない。それを理解したうえで、売却時の税金も含めた出口戦略を考えることが重要だ。『多大な労力をかけて一時的に節税できたが、売却時を含めたトータルで見たらトントンだった』となってしまっては意味がない」(中谷氏)という。

ここまで特集「減価償却ハック」と銘打ち、全5回に渡って、さまざまな知識をお送りしてきた。比較的税金に詳しい人でも、「減価償却については基本的に税理士に丸投げしている」という人が多いだろう。しかし、自分に合った償却戦略を実行することで、手残りを大きく増やすことができるはずだ。減価償却をハックし、自分に有利な形でコントロールしていこう。

さらに情報を知りたい方へ

キャッシュフローの最大化を図るには、節税はもちろん、さらに効果的な資産運用サービスを知っておく必要がある。

詳しい情報をご希望の方は、株式会社ZUU 富裕層向け金融サービス専用フォームからのお問い合わせをおすすめしたい。

資金調達の方法に始まり、運用から、償却に至るまでのキャッシュフロー全般の情報を、 金融機関65社との接点を持つZUUグループなら「中立的」な立場で紹介可能だ。

ZUUグループでは、これまでに保有資産額10億円〜100億円超の方々に至るまで、 不動産、外国債権、ブリッジローンといった幅広い金融サービスをご提案している。

まずは以下のフォームで回答してみよう(所要時間1分)。

菅野陽平
菅野 陽平(かんの・ようへい)
富裕層の資産管理に詳しいファイナンシャル・プランナー 兼 マネーライター。幼少期より学習院で育ち、学習院大学卒業後、2012年に新卒で野村證券に入社。多くの富裕層の資産管理を担当する。2016年、株式会社ZUUに入社し、日本最大級の金融・経済情報メディア「ZUU online」の編集長を務める。プライベートバンカー資格、AFP保有。編集著書に『富裕層・経営者営業大全』(一般社団法人金融財政事情研究会、2020年7月31日発売)。