要旨
- 9月短観では、今期下期の大企業経常利益計画が製造業を中心に下方修正となり、減益計画に転じている。部品不足に加えて、中国の官製不況や原材料価格高騰を発端とした景気の変調観測が大きく影響している可能性がある。経済成長率と鉱工業生産の関係に基づいても、今年7-9月期の経済成長率がマイナス成長に転じる可能性も出てきた。
- 政府が景気の転換点を決定する際に用いるヒストリカルDIを推定すると、一致指数を構成する10系列の中で、2021年7月までにピークと認定される可能性がある指標が9系列になる。景気の山をつけるには、一致指数を構成する10系列のうち過半数の6系列がピークをつけることが条件となる。従って、今後の系列の動向次第では、日本経済は2021年5月期が景気の山となり、今年の夏から景気後退局面入りとなる可能性がある。
- 今後の景気動向に関しては、最大の輸出先である中国経済がこのままいけば不動産セクター調整や環境対応に伴う官製不況により景気後退に陥る可能性がある。原材料価格の高騰についても、産油国の増産合意がなければ、輸入依存度の高い日本経済の足を引っ張る可能性が高い。国内の感染再拡大のリスクも併せて、今後の海外経済の動向次第で日本経済の景気後退局面入りの可能性が高まれば、岸田政権が掲げる再分配どころではなくなる可能性もあろう。
下期の利益計画下方修正
足元の経済動向について、筆者は非常に危機感を抱いている。背景には、景気の先行きを移す鏡とされる株価の下落速度が非常に大きかったことがある。
こうした状況は、すでに企業業績の計画にも影響が出ている。事実、9月短観の経常利益計画を見ると、大企業の今年度下期が下方修正されている。中でも製造業のうち加工業種の下方修正幅が大きいことからすれば、半導体を中心とした部品不足の影響が大きいことが推察される。
また、経済成長率が鉱工業生産の変化率と関係が深いことから見れば、日本経済は 2021年7-9月にマイナス成長に転じる可能性も出てきた。実際、2021年9月分における生産予測指数の経産省試算値を基に、2021年7-9月期の前期比を機械的に計算すると、前期比▲2.1%とマイナスに転じると試算される。
この結果に基づけば、2021年4-6月期にプラス成長に転じた経済成長率が7-9月期はマイナスに転じる可能性もあり、非常に厳しい状況といえる。
景気後退の判断がこれから盛り上がるかも 一般的に、景気がピークアウトしたことを簡便的に判断するには、経済成長率が2期連続でマイナスになったか、もしくは景気動向指数の一致CIや鉱工業生産がピークアウトしたか、等により判断される。
一方、景気の現状を示す代表的な指標とされる一致CI・鉱工業生産指数とも今年4月をピークに低下基調にあることからすると、今後もこの環境が続けば、景気後退時期に関する議論が盛り上がることになろう。ただ、そもそもこうした判断はあくまで目安にすぎず、経済成長率や鉱工業生産、一致CI等の動向を見ているだけでは、景気の正確な転換点は決められない。
そこで以下では、実際に政府が景気の転換点を判断する際に用いる手法を簡便的に再現することにより、いわゆる「景気の山」が事後的に判定される可能性があるかについて検討してみる。
2021年5月が景気の山となる可能性
正確な景気の山谷は、政府の景気動向指数研究会によって、ヒストリカルDI(以下HDI)を計算して決められる。HDIはDIの一致指数として採用されている10系列の山谷を決定し、景気拡張期は+、後退期は-に変換して新たにDIを作り直すことにより求められる。そして、HDIが 50%を切る直前の月が景気の転換点となる。
なお、各指標の山谷は、全米経済研究所(NBER)が開発したブライ・ボッシャン法という手法を用いて設定される。この手法では、3種類の移動平均をかけたデータについて検討を行い、①山やその後のデータの値より高いこと(谷はその逆)、②山や谷が系列の終了時点から6か月以上離れていること、③山と山、谷と谷が 15か月以上離れていること、④山と谷が5か月以上離れていること、等の条件を考慮して山谷が確定される。このため、実際の景気の山・谷は、発生してからかなりの期間をおいて十分なデータが得られたところで決定されることになっている。
そこで、今回の局面について簡便的にHDIを推定してみた。一致指数を構成する10の系列を見ると、今後のデータ次第ではあるが、営業利益以外の9系列が 2021年7月までに山をつけたと事後的に判断される可能性がある。そして、2021年5月に10系列のうち過半数の6系列が山を付けたと事後的に判断される可能性があることからすれば、日本経済はHDIが50を下回る前月となる可能性のある 2021年5月が景気の山となり、翌6月期から景気後退局面入りと機械的に判断される可能性がある。
景況感の観点からは景気後退の認定は微妙
ただ、政府の公式な景気動向指数研究会で景気の山谷を設定するに当たっては、HDIの試算に加えて、①転換点を通過後、経済活動の拡大(収縮)が殆どの経済部門に波及・浸透しているか(波及度)、②経済活動の拡大(収縮)の程度(量的な変化)、③景気拡張(後退)の期間について検討する。併せて、念のため、参考指標の動向が整合的であるかどうかについても確認する。
そこで、これらについても具体的に見てみると、波及度については依然として営業利益が拡大及を続けている。また量的な変化については、一致CIが2021年4月の直近ピークから 2021年8月の直近ボトムまで▲3.8%程度の低下にとどまっている。一方、参考指標の動向として日銀短観の業況判断DIを見ると、全規模全産業ベースで現状判断DIは 2021年9月調査まで上昇を続けているが、先行きでは低下が見込まれている。
したがって、これらの指標の動向を勘案すれば、機械的に判定したHDIが50%を下回っても、景気の波及度や量的な変化といった観点からとらえると、2014年4月~2016 年2月までHDIが 50%を割ったのに景気後退と認定されなかったこともあり、今回も景気後退局面入りと最終的に判断されるかは微妙な状況と判断できよう。ちなみに、今後の景気が更に悪化し、2021年5月が景気の山となれば、一旦2020年5月に景気の谷をつけている可能性が高いため、今回の景気拡大局面は12か月となり、第8循環と第13循環で記録した戦後最短の景気回復 22か月を更新することになる。
なお、足元の景気動向に関しては、行動制限緩和に伴いサービス関連産業を中心に回復が期待されているが、景気の転換点を判断する景気動向指数の一致指数の過半は製造業関連の指標で占められていることには注意が必要だろう。
特に、最大の輸出先である中国経済に関しては、このままいけば不動産セクター調整や環境対応に伴う官製不況により景気後退に陥る可能性があり、日本の生産活動の足を引っ張るとみられる。また、原材料価格の高騰についても、産油国の増産合意がなければ、輸入依存度の高い日本経済の足を引っ張る可能性が高い。従って、国内の感染再拡大のリスクも併せて、今後の海外経済の動向次第で日本経済の景気後退局面入りの可能性が高まれば、岸田政権が掲げる再分配どころではなくなる可能性もあろう。岸田政権の経済政策の行方を見るうえでも、今後の景気動向からは目が離せない。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣