目次
要旨
- 岸田政権の財政政策スタンスに注目が集まっている。それを推し量るうえでも重要な、4つの財政イベントと論点を挙げる。
- 1つ目が衆院選後にも編成される見込みの経済対策だ。家計・企業への給付金や大学ファンドの資金等が措置されよう。大規模化する見込みだが、短期的に大規模経済政策を行うことは過去の安倍政権・菅政権でも行われてきた。注目されるのはその先、中期的に財政出動を積極化させるのか、という点だ。
- 2つ目の論点が年度内に行う、とされるプライマリーバランス目標の見直し有無の判断である。経済財政諮問会議の分析では従来の財政再建計画通りの歳出抑制を行えば、現行目標の「2025年度PB黒字化」は達成可能とされている。したがって、これまでの方針を踏襲するつもりならば、財政目標をわざわざ変更する必要はない。財政目標の緩和(達成年度先送りなど)は、財政運営を「これまでとは違うやり方」で行うことの意思表示にほかならない。
- その「違うやり方」が3つ目の論点である「単年度主義の弊害是正」だ。これは企業などと同様に政府も計画的・中期的に重点分野への投資を行うとするものだ。米欧はグリーン化などへの中期的な財政支出の計画を策定しており、これに倣ったものが想定される。この規模が大きくなるほどPB目標との齟齬が生じ、目標見直しの必要性が生じる。中期的な財政拡張は予算本体や基金で行われると考えられるが、基金はガバナンスの問題が大きい。実効性の観点では、これらを予算本体に組み込むかどうかが焦点となろう。
- 4つ目の論点は「金融所得課税」である。10日のテレビ番組では岸田首相自身が「当面触らない」旨の発言を行ったが、この「当面」の温度感が焦点だろう。年末の税制改正大綱やその取りまとめの過程で、どの程度具体的な内容、時期が示されるかが財政スタンスを測るうえでのポイントとなろう。
岸田新政権は財政拡張志向?再建志向?
岸田新政権のもとでの財政政策に注目が集まっている。岸田首相の発言等に鑑みると、短期的には経済対策が行われることで財政政策は拡張する見込みだが、中長期的な財政政策の考え方、スタンスについては未だ不透明な点も多い状態にある。岸田首相はこれまで所信表明演説などを通じて「新自由主義からの脱却」や「科学技術分野や経済安全保障分野への計画的な財政出動」を掲げた。グリーン化、経済安保、格差など市場原理での解決が難しい課題への対応が求められる中で、世界的にも財政支出の拡大・大きな政府はひとつのトレンドになっており、米欧では中長期の財政出動計画を策定している。そうした一方で、岸田首相は財政健全化の重視も訴えており、中長期的な財政政策のスタンスが必ずしもはっきりしていない。
以下では、今後の岸田新政権の財政政策運営における4つのイベント・論点を挙げる。これらは岸田首相の財政政策に対する考え方を推し量るうえで重要だと考えている。
経済対策は大規模化へ
岸田新政権における最初の財政政策は衆院選後、年末までの策定が見込まれる経済対策となる見込みだ。ここでは、コロナ対応のための医療体制の充実、“年度内に設立”を公言している大学ファンド、困窮世帯や事業者への給付金などが計上されると予想される。岸田首相は財源として国債発行を中心とする旨の発言もあり、規模は大きくなると予想される。
ただし、政府の経済対策は規模が大きく見えるように工夫されることが多い点には注意が必要である。例えば、2020年度決算で生じた30兆円の繰越金の一部を不用(使わない)として、経済対策として再計上すれば純粋な意味での財政支出の増加分は限られてくる。また今回もコロナ対策の予備費が計上されると考えられるが、これは実際に消化されるかどうかは感染の状況などによる(極論を言えば、予備費を大きくすれば対策規模を大きく見せることはできる)。今回の経済対策は追加の補正予算額といった表面上の規模のみでなく、その内容や財源確保の方法や予備費の計上額なども論点となる。
もっとも、短期的に景気浮揚を目的に大規模な経済対策を編成することは、過去の安倍政権や菅政権でも行われてきたことだ。注目されるのはその先、中期的に財政出動を積極化させるのか、という点にある。
プライマリーバランス目標見直し有無が試金石に
今年6月に菅前政権が閣議決定した骨太方針では、2018年度に策定した財政再建計画における「2025年度のプライマリーバランス黒字化目標」について、年度内に目標達成年度を再確認する、とされている。これに従って、年度内にプライマリーバランス目標を見直すか否かの決定がなされる見込みだ(予算編成が終わり、それに伴う政府中長期試算が示される1月、2月ごろが想定される)。なお、岸田首相は「2025年度の達成にはこだわらない」との姿勢を総裁選では示している。
このプライマリーバランス目標の見直しを行うか否かは、岸田政権の財政政策スタンスを示す重要な試金石である。それは、政府の経済財政諮問会議において、"従来通りに歳出改革を進めれば2025年度PB黒字化は達成できる"と整理されているためである。直近の政府中長期試算(2021年7月公表、成長実現ケース)では、2025年度のプライマリーバランスは自然体(高齢化+物価上昇要因による歳出増を織り込み)では2027年度の黒字化が見込まれている。さらに、内閣府は追加の分析として財政再建計画に従った歳出抑制を行った場合の試算も示しており、この場合には2025年度黒字化との分析が示されている。
したがって、これまでの政府の財政運営方針を踏襲するつもりならば、達成可能とされている財政目標をわざわざ変更する必要はない。財政目標の緩和(達成年度先送りなど)は、財政運営を「これまでとは違うやり方」で行うことの意思表示にほかならない。
隠れた最重要テーマ「単年度主義の弊害是正」
ここで鍵になるのが、岸田首相の掲げる政策のひとつである「単年度主義の弊害是正」である。岸田首相は所信表明演説でも単年度主義の弊害是正に触れており、「科学技術の振興、経済安全保障、重要インフラの整備に計画的に取り組む」と述べている。つまり、岸田首相の「単年度主義の弊害」とは、予算の単年度主義が求められることによって、政府による計画的な投資ができないことを指している。政府はこれまでも、コロナ前から国土強靭化やデジタル化、グリーン化などへの重点投資を掲げてきたが、その施策の多くを補正予算に頼ってきた。一方で当初予算については財政再建計画のフレームワークの下で歳出は抑制的(高齢化の伸びのみ認める)な運営がなされてきた。毎年行う単発の補正予算では、許容される規模・内容が政治経済情勢に応じて変化し、計画的な投資は難しい。「単年度主義の弊害是正」とは、毎年都度都度の予算で政府が投資をするのではなく、中長期的に計画立てて政府投資を行っていくことを目指している。アメリカの米国家族計画・米国雇用計画やEUの復興基金を活用した多年度財政フレーム(MFF)も、こうした中期的に投じていく歳出規模を明示したうえで国家的なプロジェクトへの取り組みを強化する計画であり、これに倣うものを想定しているとみられる。
中期的に財政支出を拡大する計画を立てれば、プライマリーバランス目標との齟齬が出てくる。財政再建目標の目標年次である2025年度に追加で財政支出を行うならば、その分プライマリーバランスの赤字は拡大するからだ。この中期的な財政投資拡大の規模が膨らむほど、既存の財政再建計画との整合性が問われること、目標修正の必要性もより強くなる。岸田首相が2025年度目標にこだわらない姿勢を示したのも、この「単年度主義の弊害是正」との平仄を取るためだと考えられる。仮に、2025年度PB黒字化修正が行われない場合には、この計画的財政投資の規模があまり大きくならないと推定することができるだろう。
「単年度主義の弊害是正」はどうやるのか?
「単年度主義の弊害是正」は具体的にどのような方法で行われるのか。第一に考えられる方向性としては、中期的な財政支出計画を立てたうえで一般会計・当初予算を拡張する方法だ。これが最も素直である。重点分野への投資について当初予算の規模拡大を認めることで、毎年の財政投資を行っていく。最近、当初予算の拡張を認めた例として短期間(2年)ながら、2019・20年度予算の「臨時・特別の措置」がある。この2年間に限り消費税率引き上げによる景気悪化を抑えるため、当初予算の拡大を認める対応がとられた。これが大規模・中長期化されるイメージだ。
ただ、年末の2022年度予算編成でこれを行おうとすると、現在走っている財政再建計画の「当初予算の拡大を高齢化要因並みに抑える」とした方針との非整合が生じてくる。また、すでに2022年度予算の概算要求は終了しており、方針変更は実務面でのハードルが高そうである。当初予算の拡大が可能になるのはその次の予算編成からであろう。
第二に考えられる方向性は基金の活用である。昨年度第三次補正において10年の投資期間が想定された2兆円のグリーンイノベーション基金が創設されたが、これに類した枠組みだ。補正予算で措置すれば、先に挙げた当初予算変更の実務的なハードルや財政再建計画の当初予算抑制方針との矛盾、といった論点も回避できる。
ただし、基金は事業執行責任のあいまいさや低い執行率など、ガバナンス面での課題が大きい。これについては日本経済新聞の調査報道(2021年8~9月の「国費解剖」注1)が詳しくまとめている。「財政規律」は無駄な歳出がないか、という観点と同様に、予算で措置された金額が適時・適切に消化され、想定した成果が上がっているか、という観点でのガバナンスも重要だ。基金による予算の外部化は、こうしたガバナンスが弱まる点が懸念材料の一つである。
なお、基金を用いた場合でもプライマリーバランス目標との整合性は問われることになる。SNA分類上、基金の多くは中央政府(国)として扱われるためだ。例えば、昨年度第三次補正予算で編成された2兆円のグリーンイノベーション基金の運営主体であるNEDO(国立研究開発法人新エネルギー産業技術総合開発機構)はSNA分類では中央政府だ。同基金は2兆円の基金を10年間で投資していくことが計画されている。将来、基金からの投資が行われれば、国地方の基礎的財政収支の赤字拡大要因となり、25年度PB黒字化目標に逆行する。予算本体か基金か、いずれの方法をとるにせよ中長期的財政支出計画の規模が膨らむほどに、PB黒字化目標との齟齬は広がっていくことになる。
第三の方向性がこの一般会計と基金の中間的な位置づけにあたる特別会計の増設である。ただし、特別会計も一般会計と比較したガバナンスの弱さといった問題などを背景に縮小されてきた経緯がある。特別会計の増設を行う場合には、ロジックの再整理が求められてくる可能性は高い。
ハードルが低いのは前例のある基金活用だが、実効性の観点では執行責任の伴う当初予算を中心としたものにできるかが焦点だろう。単年度主義の弊害是正をどう行うのか、その方向性を定めるであろう来年の骨太方針が重要になる。
急浮上した金融所得課税
昨今市場でも話題となっているものが金融所得課税の強化だ。金融所得にかかる税率が一律20%の分離課税となっており、累進税率が適用されていないことを念頭に、分配政策として掲げられたものだ。岸田首相は所得税の負担率が低下する「所得1億円の壁」の是正などを訴えていた。しかし、岸田首相は10日のテレビ番組で「当面は触ることは考えていない」として先送りを示唆、一歩距離を取った形になっている。
今後の論点はこの「当面」の温度感だろう。それは、年末の2022年度税制改正大綱の内容やその取りまとめの過程である程度明らかになっていくだろう。金融所得課税の強化について「今後検討する」といった形での言及がなされることが想定されるが、その内容や時期などが具体的であるほど早期の増税を意識させるものとなる。これは岸田政権の財政再建重視度のバロメーターのひとつにもなろう。(提供:第一生命経済研究所)
注1 https://www.nikkei.com/theme/?dw=21083100
第一生命経済研究所 経済調査部 主任エコノミスト 星野 卓也