要旨
10月末の衆議院選挙は、自民党が過半数を大きく越える議席を獲得した。これで、岸田政権は安定的な政権運営を継続できそうだ。今後、来年の参議院選挙に向けて、賃上げを成功させることで、求心力を高める必要がある。反面、野党は、減税・給付金を中心とする政策を打ち出すことで、思ったほど議席を伸ばすことはできなかった。野党は、経済政策について戦略の見直しが必要だ。
自民党は過半数を維持
10月31日の衆議院選挙は、自民党が261議席と過半数(233議席)を大きく越えた(図表)。単独で、絶対安定多数(261議席)に達した。これに公明党32議席などを加えて、与党勢力は293議席となる。公示前305議席からいくらか議席を減らしてはいる(2/3は310議席)。
自民党の勝利という点で、政権の不安定化が回避されたことは、株式市場で評価されるだろう。11月1日の日経平均株価は、寄付は+437円の上昇になった。
反面、小選挙区の結果をみると、大物議員が敗れるケースもあった。来年夏には参議院選挙を控えているので、岸田首相はそこで過半数を割り込まないように、経済政策で早期に大きな実績を上げなくてはいけなくない。
野党の方で際立ったのは、日本維新の会の大躍進である。11議席から41議席に4倍近くに膨らんだ。立憲民主党と共産党などは、候補者を一本化する選挙協力を行ったが、その成果は思っていたほどは大きくなかった。主要政策を統一した結果、政策が給付金を中心とする内容になって、成長戦略などが薄っぺらになった。それが失望を生んでだ。むしろ、独立の立場を堅持していた日本維新の会に票が大きく流れたとみられる。有権者は、給付金だけで景気を良くはできないと見透かした。
今後の経済政策
今後の与党は、いよいよ本腰を入れて景気を良くすることに力を注ぐだろう。年末に向けては、数十兆円規模の経済対策の議論が進む予定である。選挙中は、自民党が「非正規雇用者・女性・子育て世帯・学生をはじめ、コロナでお困りの皆様への経済的支援を行います」と謳い、公明党は0~18歳までのすべての子供に一律10万円相当の支援金を支給するとした。近々、この対策を巡って、与党内で給付金の扱いについて、具体的な議論が始まるだろう。選挙中に、自民党の幹部は、2020年の特別定額給付金の反省を活かすと述べていた。貯蓄に回らず、消費に向くための工夫や、一定の所得制限などを詰めていくことになるだろう。
もうひとつの焦点は、今後の賃上げの動向だ。今回の選挙の次には、来年夏の参議院選挙に続く。自民党がそこで有利な立場を得るには、公約であった賃上げの実績を極力高めることは必須となる。年末の税制改正大綱、来年初からの春闘が、成功の鍵になる。本当に実効性のある所得拡大促進税制ができるかどうかは、難しい課題である。法人税支払いの2割以内の上限や、赤字企業には使えない縛りを見直すことが議論されるだろう。
もしも、自民党が賃上げ促進を成功させたならば、再び野党が給付金を持ち出してきても、賃上げを連続させることの方が遙かに有効性が高いと対抗できる。また、2022年春までにコロナ禍が収束に近づけば、「なぜ、さらに給付金が必要なのか?」と論拠をくじくこともできる。
逆に、賃金上昇幅が小さく、感染収束が見えにくいままだと、与党全体で給付金を追加する方向になびく可能性もあるだろう。2021年末から2022年前半の経済・感染状況を改善させることが、参議院選挙に絡んで重要になる。
景気の風向き
今後の景気情勢はまだ流動的だ。米国の7~9月の実質GDPは、前期比年率2.0%と急減速した。ユーロ圏は同9.1%と好調だが、中国も同0.8%(年率換算しないと、0.2%)と低い。海外経済の勢いに陰りがみえる。日本でも、7~9月はマイナス成長という見方が根強い。
各国とも、10~12月は持ち直すとみられるが、日本は低空飛行を余儀なくされる可能性が高い。年内の大型経済対策があるとしても、それが成長率に寄与するためには、感染収束が前提になる。
選挙戦で、ワクチン証明の活用に大きく光が当たったことは歓迎できる。GoToキャンペーンを再開する条件に、このワクチン証明をうまく活用して、旅行・飲食・娯楽・交通など疲弊したサービス業を立ち直らせることが、景気実感を良くする鍵になるだろう。振り返ると、前の菅政権は、感染対策に関しては、慎重な意見に引きずられ過ぎた。欧米は、すでに感染防止一辺倒ではなく、経済を回していく方針に軸足を移している。岸田政権には、感染対策と経済促進のバランスが偏らないように、しっかりした意思決定の議論の場を設けてほしい。
野党の課題
野党の中で選挙協力を行われた効果は限定的だったと考えられる。給付金で足並みを揃えたことは、訴求力が低かったと思える。参議院選挙では、さらに大胆な給付金を配ることを打ち出す可能性があるが、それだけでは議席を大きく増やすことはできないだろう。財源の裏付けもなく、大規模な減税をぶち上げて、それで議席が増やせるのならば、各党とも減税合戦に陥ってしまう。選挙結果がそうならなかったことは大変良かったと思える。
改めて衆議院選挙で感じたことは、野党にとって経済政策は「苦手科目」だということだ。自民党総裁選の直後だったので、4候補の議論のレベルに対して、岸田首相と野党党首が議論するレベルが落ちたと感じた。特に、成長戦略の対案が野党からあまり聞こえなかったのは残念だ。安倍政権のときから、野党と論戦するには経済分野を突けという戦法は、今回も有効だった。
冷静に考えると、自民党が主張していない政策はいくつもある。そこで野党がもっと攻勢に転じられたはずだ。旧民主党時代に導入された固定価格買取制度は、太陽光発電の普及を一気に進めた功績がある。制度が始まって2022年7月には10年目になるので、再び固定価格買取制度で再生エネルギーを格段に普及させようという対案はできたはずだ。民間投資促進と脱炭素化の推進に威力の大きい政策プランだ。
分配政策でも、岸田首相の賃上げプランの弱点は、中小企業のところだ。国税庁「民間給与実態統計調査」(2020年)では、従業員500人未満の企業の従業員数は全体の3分の2(65.4%)を占める。この分野の賃金を上げるには、法人税だけでは不十分で、何よりも中小企業の成長が重要だ。中小企業の製造業、卸小売業が海外転換するのを、公的機関・自治体の支援を使って進めることで、輸出額や越境EC額を増やすことは有力な成長戦略になると思う。
疲弊する地域の観光業には、地場企業や自治体に呼びかけて、行事・宴会、社内旅行を積極的に行うように促すこともできる。応援消費という活動である。税制を使って、そこで生じた経費を損金扱いにしたり、自治体の予算要求でバックアップすることができる。
給付金を競い合うよりも、成長戦略のアイデアを磨き合う方がずっと生産的だ。参議院選挙までに、野党には給付金ばかりに偏った政策メニューを立て直すことを期待したい。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生