IPO(株式公開)を、会社経営における目標の1つとしている経営者は多いことだろう。証券取引所で上場の鐘を鳴らす瞬間が、経営者人生のハイライトになることは間違いない。IPOにはさまざまな準備が必要だが、なかでも早い段階で必要になるのが、監査法人による監査証明である。しかし近年、IPOを目指す企業から「契約してくれる監査法人が見つからない」という声が上がっており、いわゆる「監査法人難民」が増えているようだ。この記事では、IPOの主な流れや監査法人を決定すべき時期などを解説したうえで、監査法人難民が増えている理由などを解説する。

目次

  1. 1. IPO(株式公開)とは?
  2. 2. IPOには監査法人の監査が必要
  3. 3. IPOを目指す企業に「監査法人難民」が増えている?
  4. 4. IPO時の「監査法人難民」の問題点と業界の対応
  5. 5. IPOを目指す企業のための監査法人一覧
  6. まとめ:「監査法人難民」問題の背景に需給のミスマッチあり。計画的なIPO準備が必須

1. IPO(株式公開)とは?

IPO時の「監査法人難民」が増えている?上場の主な流れも紹介
(画像=PIXTA)

「IPO」とは、Initial Public Offeringの略で、株式公開や新規株式公開とも呼ばれている。未上場会社の株式を証券取引所(株式市場)に上場させて、株式を投資家に配分し、株式市場での売買を可能にするものだ。

IPOが企業にもたらす一番のメリットは、資金調達力の向上だ。上場前は金融機関からの借り入れが主な資金源となるところ、上場後は投資家から広く資金を集めることができるようになる。また、上場企業になったことで信用力が上がり、金融機関からの借り入れもしやすくなる。このほか、企業認知度が上がることで、ブランド力や採用力の向上も期待できる。

1.1. 国内の年間IPO件数の状況

次に、国内の年間IPO件数について見ていこう。国内のIPOは、主に東京証券取引所で行われており、上場先は市場第一部、市場第二部、マザーズ、JASDAQ、TOKYO PRO Marketという5つの市場区分がある(2022年2月現在)。なお、東証は2022年4月4日に市場区分を見直し、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場の3区分に再編される。

東証などを運営する日本証券取引所グループによると、東証の過去6年の年間IPO件数は以下のとおりだ。全体の件数は、おおむね100件前後で、特に2021年はIPOラッシュの様相で136件にのぼった。年間件数のうち、50〜60件程度がマザーズへの上場であり、全体に占める割合が高いことがわかる。

▽東京証券取引所の年間IPO件数(2016〜2021年)

IPO時の「監査法人難民」が増えている?上場の主な流れも紹介

1.2. IPOの主な流れ

次に、IPOの主な流れを解説しよう。便宜上、通し番号を振っているが、なかには順番が前後したり、同時並行で進めたりするケースもある。なお、上場申請を行う期、その1期前、2期前、3期前は以下のように呼ばれている。

▽IPOに関する期間の呼び方
上場申請を行う期:N期
上場申請を行う期の1つ前の期(直前期):N−1期
上場申請を行う期の2つ前の期(直前々期):N−2期
上場申請を行う期の3つ前の期(直前々期以前):N−3期

▽IPOの流れ

  1. 監査法人を決定する(N−3期以前)
  2. 主幹事証券会社を決定する(N−3期以前)
  3. 外部主要株主等から了承を得る(N−3期以前)
  4. 社内のプロジェクトチームを作る(N−3期〜N−2期)
  5. 上場審査に必要なコーポレートガバナンスやコンプライアンス遵守を強化する(N−2期)
  6. 上場会社と同レベルの管理体制を運用する(N−1期)
  7. 印刷会社を決定する(N−1期)
  8. 株式事務代行機関(信託銀行など)を決定する(N−1期)
  9. 上場を申請して審査を受ける(N期)

一般的に、IPOの準備開始から上場までに必要な期間は、東証の市場第一部や市場第二部の場合は3〜4年程度、JASDAQやマザーズの場合は3年程度と言われている。ただ、IPO準備を進めていると、想定外の課題が浮かび上がったり、不測の事態が起こったりして、当初の計画より準備が長引くこともある。

2. IPOには監査法人の監査が必要

IPOの主な流れで解説したとおり、IPOに向けて企業がまず着手すべき事項の1つが、監査法人の決定だ。未上場会社は監査法人と契約していないケースが多いが、IPOを目指す段階では監査法人を選任する必要がある。

2.1. 監査法人とは?

監査法人とは、上場会社などの大企業の監査を組織的に行うため、公認会計士によって設立された法人のことだ。監査法人を設立するには、公認会計士が最低5名必要で、人数の上限はない。大手監査法人では、所属している公認会計士が数千人を超えるところもある。国内のIPOに対応する監査法人は、規模別に、大手監査法人、準大手監査法人、中小監査事務所がある。

2.2. IPOに監査法人が必要な理由

なぜ、IPOでは監査法人が必要になってくるのか。それは、証券取引所による上場審査の要件として、日本公認会計士協会の登録を受けた監査法人(上場会社監査事務所)から、直近2事業年度の財務諸表等について、監査証明を受けることが求められているからだ。

IPOを目指す企業は、上場申請を行うN期はもちろん、N−1期とN−2期においても監査証明が必要ということだ。監査証明には一定の準備期間が必要となる。このため、監査法人の選定は遅くともN−3期には完了させておく必要があるのだ。

3. IPOを目指す企業に「監査法人難民」が増えている?

ここまで見てきたように、IPO準備ではN−3期までに監査法人を選定し、監査証明を受ける必要がある。しかし近年、IPOを目指す企業から、「監査法人が見つからない」という声が上がるようになっているという。いわゆる「監査法人難民」が増えてきているのだ。

近年、国内でIPOを目指す企業は増加傾向にある。一方で、監査法人の数は密に連動して増えているわけではない。このため、IPO希望企業と監査法人の需給のミスマッチが起こっている。

3.1. IPO達成企業の監査法人の依頼先は大手が主流だった

「監査法人難民」を如実に示す2つのデータがある。まず、2015〜2019年にIPOを達成した企業について、上場時の監査法人を規模別に集計したものを見てみよう。

▽IPO達成企業の上場時の監査法人(2015〜2019年)

2015年2016年2017年2018年2019年
大手合計74(80%)67(81%)70(79%)78(87%)66(78%)
準大手合計15(16%)16(19%)13(15%)10(11%)15(16%)
中小合計30624
合計9283899085
引用:金融庁「株式新規上場(IPO)に係る監査事務所の選任等に関する連絡協議会報告書」(PDF)
※上記のIPO件数は、集計方法が異なるため、日本証券取引所グループの件数とは一致しない。

集計結果を見ると、この期間にIPOを達成した企業の上場時の監査法人は、大手が8割前後を占めている。つまり、企業がIPOをしたい場合は大手監査法人に依頼するのが主流だったということだ。

3.2. IPOを目指す企業の監査法人契約数は、準大手が大手を逆転

しかし、同資料の、「IPOを目指す企業」の監査法人の内訳に目を移すと、異なる景色が見えてくる。下記のグラフのうち、棒グラフは監査法人の規模別の契約件数(大手が青、準大手がオレンジ)、折れ線グラフは全体の件数に占める割合(大手がグレー、準大手が黄色)だ。契約件数・割合は、大手は減少傾向で、入れ替わるように準大手が伸びている。

▽IPOを目指す企業と監査法人の新規契約件数と割合(2015〜2019年)

ここまでに見た2つの集計について整理すると、2015年時点では、IPO達成企業とIPOを目指す企業のどちらも、約8割が大手監査法人を選んでいた。しかし、IPOを目指す企業が大手監査法人を選ぶ割合は年々下がっていき、反対に準大手監査法人の割合が増えている。そして2019年には逆転に至った。逆転の要因は、大手合計が急低下しているというよりも、準大手合計が急拡大していることだ。

以上のデータから、大手監査法人が対応できるキャパシティや選定基準から溢れ出たIPO希望企業が、準大手監査法人へ消去法的に流れていることがうかがえる。

また、需給のバランスが崩れたことで買い手市場となり、監査法人のバイイングパワーが強くなったことも「監査法人難民」の増加の一因と言えそうだ。監査法人が、なるべくリスクと手間がかからず、スケジュールどおりIPOできそうな案件、つまり「効率よく儲かりそうな案件」に的を絞ったということだ。

4. IPO時の「監査法人難民」の問題点と業界の対応

監査法人難民が出ているという課題について、金融庁が設置した連絡協議会では、関係者から「トータルで半年から1年程度かけて監査法人を探し回らなければならないほど厳しい状況」との意見が出されている。

【参考】金融庁「株式新規上場(IPO)に係る監査事務所の選任等に関する連絡協議会報告書」(PDF)p.3

IPOを目指すような成長性のある企業が、監査法人難民となり、資金調達力等を向上させる機会を得づらくなっていることは、企業成長の阻害要因、ひいては国内経済の足枷にもなりかねない。

このような状況を受けて、日本公認会計士協会は、事態の改善に努めている。大手・準大手監査法人に対しては、監査に必要なリソースの適切な確保・配分や、品質管理の向上に向けて組織体制・人員配置のあり方の見直しなどを求めている。

また、協会は「IPOを目指す企業の監査の担い手となる中小監査事務所リスト」も公表しており、IPOを目指す企業がその規模や成長ステージに応じて、適切な監査を受けることができる環境整備を進めている。

【参考】日本公認会計士協会「IPO を目指す企業の監査の担い手となる中小監査事務所リスト」

5. IPOを目指す企業のための監査法人一覧

ここからは、日本公認会計士協会が発表したリストなどをもとに、IPO達成に向けて監査の担い手となる監査法人を具体名で紹介しよう。なかなか監査法人が見つからないという企業の担当者は、このようなリストから新規アプローチしてみてもいいだろう。

なお、中小監査事務所は数が多いため、前述の「IPOを目指す企業の監査の担い手となる中小監査事務所リスト」(2022年2月現在)の冒頭5社のみの記載とする。

・大手監査法人(いわゆる「ビッグ4」)
有限責任あずさ監査法人
有限責任監査法人トーマツ
EY新日本有限責任監査法人
PwCあらた有限責任監査法人

・準大手監査法人
仰星監査法人
BDO三優監査法人
太陽有限責任監査法人
東陽監査法人
PwC京都監査法人

・中小監査事務所
アーク有限責任監査法人
RSM清和監査法人
藍監査法人
赤坂有限責任監査法人
明星監査法人 など

【参考】日本公認会計士協会「監査法人によるIPO支援」
【参考】日本公認会計士協会「IPO を目指す企業の監査の担い手となる中小監査事務所リスト」

まとめ:「監査法人難民」問題の背景に需給のミスマッチあり。計画的なIPO準備が必須

IPOの「監査法人難民」とは、IPOに向けて監査法人に監査を依頼する必要があるものの、契約先がなかなか見つからない企業のことだ。監査法人難民が生じてしまう背景には、IPOを目指す企業が増加傾向にあり、IPO希望企業と監査法人の需給のミスマッチが起こっていることが大きい。また、監査の需要過多から監査法人のバイイングパワーが強くなったことも、監査法人難民が増加している一因と言えるだろう。

日本公認会計士協会は、状況を改善すべく環境整備に努めている。しかし、企業がIPOに向けて監査法人の決定に苦戦する現状がすぐに改善される保証はない。IPOを希望している企業は、足元はこのような状況であることを理解して、計画的なIPO準備を心がけたいものだ。

著者:菅野陽平