要旨
1月14日に内閣府が発表した「中長期の経済財政に関する試算」では、2026年度に国・地方の基礎的財政収支が黒字化する見通しだった。そこには、税収増の効果が大きかった。今後、企業収益増加と賃金上昇がうまく進めば、税収増を通じて財政再建を進捗させることにもなる。そして、歳出拡大が抑えられるかも鍵になる。
膨らむ赤字への警鐘
コロナ禍では、経済が打撃を受けるとともに、財政再建も大きな試練を受けている。2020・21年度は、両年で基礎的財政収支赤字が▲121.8兆円まで膨らんだ。政府債務残高の元本がそれだけ増えたということである。過去8年分近くの赤字をたった2年間で生み出した計算になる。
さすがに、これは前途を不安にさせるものだ。IMFサーベイランスでは、日本に対して「大型の補正予算が頻繁に編成されて、当初予算からの歳出の上方修正につながっている。一般的に、補正予算による追加支出は、パンデミックのような想定外の大規模なショックへの対応に限定されるべきである」と釘を刺された。特に、岸田政権下での過去最大と銘打たれた35兆円の経済対策は、必要以上に大きいものだった。大型の財政出動という点では、バイデン政権も発足から超大型歳出法案を3つも議会で通そうとしたが、与野党の反対もあって、いくらか規模縮小を余儀なくされている。日本の野党からも、歳出抑制の声が上がっても良さそうなものだ。
そうした中、1月14日に内閣府から「中長期の経済財政に関する試算」が発表された。その見通しは、先行きについて、僅かながら希望の光が見える。すなわち、成長実現ケースでは、2026年度に国・地方の基礎的財政収支が0.2兆円(GDPベース)の黒字に転換する見通しになっている。対名目GDP比でみても、2026年度に0.0%の黒字転換が見込まれる(図表1)。政府は2025年度の黒字化の方針は変えていないが、これまでの大方の予想では5年程度は先送りされるのではないかと言われてきた。だから、2026年度の黒字化は上出来だと思える。
税収の好調
今後の財政展望に希望が見える大きな理由は、税収が上振れしていることである。先行きの税収見通しも上向きの展望が持てるようになっている。2019・20年度決算では、一般会計の税収はそれぞれ58.4兆円、60.8兆円まで落ち込んだ。その後、2021年度補正では63.9兆円、2022年度当初では65.2兆円と見込まれている。税収の回復は、意外に堅調である。
その延長線上では、2026年度74.5兆円の見通し(成長実現ケース)が成り立つ。その他収入(5.9兆円)と合算した歳入額は、80.4兆円と基礎的財政収支対応経費(86.0兆円)に接近する(図表2)。歳入額が増えていけば、今後、基礎的財政収支対応経費をカバーして、基礎的財政収支は黒字化できる。2026年度は、地方の黒字と合算して、国・地方の基礎的財政収支が黒字化する計算である(GDPベースと一般会計ベースは多少食い違う)。
さらに朗報は、2021年度の一般会計税収が、現時点での予算見通しに比べて、さらに上振れしそうな点である。月次税収は、4~11月の累計で前年比9.8%と好調である。この伸び率を2020年度決算の税収にかけると、2021年度66.8兆円と、補正予算段階の見通し63.9兆円から+2.9兆円も上振れしそうである。
2021年度の税収実績が5月頃に固まると、次回の7月の内閣府・試算の改定に上方修正が織り込まれるだろう。すると、うまくいけば2025年度の黒字化も視野に入りそうだ。
ネックになる補正予算
基礎的財政収支は、歳出(基礎的財政収支対応経費)と歳入のバランスで決まる。2022年度の基礎的財政収支対応経費は83.7兆円である。それが2026年度に86.0兆円程度の小幅増に抑えられれば、税収の増加を赤字解消に使える。
しかし、過去、安倍政権のときは補正予算が組まれて、内閣府・試算の数字よりも歳出が膨らむことが通例であった。税収が上振れすれば、その分だけ補正予算で追加支出を使えるという発想で政策運営が行われてきた。岸田政権は、7月の参議院選挙を前にして、巨大な経済対策を打つことに決めた。今後、IMFが指摘するように、特別の経済ショックがないときは当初予算を過剰に膨らませない姿勢を堅持することができれば、2025年度に向けた財政再建の目標達成が手に届くかもしれない。2022年7月に参議院選挙が終わった後、岸田政権の姿勢が歳出抑制重視でいられるかどうかが問われている。
税収増へのシフト
今後の財政収支改善のためには、歳出抑制とともに、税収増を念頭に置いた経済運営も重要だ。コロナ禍でわかったことは、日本への物価上昇圧力が海外から来るということだ。12月の輸入物価は、前年比41.9%にもなっている。この輸入品には消費税10%がかかる。最終財の1/4は、輸入品なので、その価格上昇は税収増にもつながっている。2021年11月までの税収好調の理由には、こうしたインフレ要因もあったと考えられる。
今後、2022年度の消費者物価が前年比1~2%とプラスで推移すれば、その物価上昇圧力は税収にも大きく跳ね返っていくだろう。企業側にとっては、原材料コストの上昇は収益圧迫要因になるが、そこで価格転嫁が進めば、企業の経常利益を押し上げて、法人税収増加にもなる。さらに、家計は、岸田政権が掲げる3%超の賃上げによって、生活コストの値上がりを消化していくことが展望できる。これも、所得税収を増やす効果がある。
以上のように、物価上昇を企業・家計が消化していくことができれば、それは税収を増やすことを通じて、財政再建にも貢献する。政府の歳出抑制の姿勢も重要ではあるが、経済のメカニズムが価格転嫁を受け入れて回っていくようになることが、2025年にかけての財政再建にもつながっていくのである。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生