この記事は2022年4月18日に「The Finance」で公開された「【連載】IFRSサステナビリティ開示基準(IFRS SX)をより良く理解するために」を一部編集し、転載したものです。


TCFD最終提言から始まった気候変動開示は、今や金融機関のリスク管理や非財務情報全体の開示基準にまで急速に影響範囲を拡大させている。その中でも特に注目を集めているのが、国際サステナビリティ審議会(以下ISSB)によるIFRSサステナビリティ開示基準(以下IFRS SX)である。本稿では、「IFRS SX」をより理解するために、現状と認識しておくべき論点について解説する。

目次

  1. IFRS SXの状況
  2. IFRS SXの背景と論点整理

IFRS SXの状況

【連載】IFRSサステナビリティ開示基準(IFRS SX)をより良く理解するために
(画像=PIXTA)

2022年3月31日に、サステナビリティ関連財務情報開示の全般的要求事項と気候関連開示に関する二つの公開草案がISSBから公表され、2022年7月29日まで市中協議が行われている(*1)。

草案に様々な意見を反映させた後、IOSCOによるエンドースメントを経て、非財務情報開示基準として公開される。IFRS SXが日本においてどのように適用されるかについては、2022年7月に設立が予定されているサステナビリティ基準委員会において審議される (*2)。

また、このような一連の流れに呼応して金融庁・金融審議会のディスクロージャーワーキング・グループの議論の中では、IFRS SXへの対応として有価証券報告書の中でサステナビリティ情報の記載欄の新設等の改訂も検討されている (*3) 。

2021年11月3日のCOP26においてISSBの設立と同時に、IFRS SXのプロトタイの公表以降から1年足らずで基準化が進められている。過去の開示のフレームワークや基準が策定されるまでの期間と比較すると非常に短期間であり、基準化にあたっての関係者の多大な尽力があったことに加えてIFRS SXに対する期待の大きさを示している。

一方、このような開示のフレームワークや基準の変更に伴う影響について、日本の多くの企業や投資家は、漠然とした不安を感じているのではないだろうか。実際の情報作成者や利用者の立場から考えた場合、会計基準が決まればすべてが解決されるわけではない。

情報作成者である企業は、会計基準に従って開示内容を認識し、必要に応じて測定することが求められる。また、投資家に代表される情報利用者は、開示された情報の内容を咀嚼し、評価した上で融資や投資などの金融行動を取ることが期待されている。

また、企業と投資家双方に新しい開示情報を利用して実質的な対話を実現するためには、それなりの時間も必要である。更にサステナビリティに関連する投資や融資は期間の長いものが多く、その判断についても慎重さが求められている。

このように、開示情報の発達は開示設定主体、情報作成者、情報利用者と金融行動に至るまでトライアンドエラーを繰り返しながらバトンを手渡していくようなものではないだろうか。

従って、議論の対象によっては、関係者のコンセンサスが醸成されるまで時間をかけることも必要であると考える。しかし、このようなフレームワークや基準についての議論の糸口が、IFRS SXにおいては見えにくくなっているのかもしれない。

*1:IFRS財団News Release“ISSB delivers proposals that create comprehensive global baseline of sustainability disclosures”2022年3月31日公表
*2:財務会計基準機構News Release「サステナビリティ基準委員会(SSBJ)の設立及び SSBJ 設立準備委員会の設置について」2021年12月20日公表
*3:金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(第7回)2022年3月24日開催 事務局資料P16

IFRS SXの背景と論点整理

問題意識を緩和するためには、IFRS SXが求められた背景について論点整理が必要である。そもそも財務会計基準と異なり、環境や社会といった非財務情報の開示基準は、国際的なコンセンサスを得たものが存在していなかった。

社会的課題を金融行動によって解決を目指すESG投資の隆盛に従い非財務情報の開示内容の重要性が高まったことによって、社会的課題に問題意識をもった組織や団体がフレームワークや基準設定の役割を担うことになった。

やがて、投資家に代表される情報利用者は、非財務情報開示においても情報の比較可能性や連続性、網羅性といった開示情報の質を意識するようになり、統一的な非財務情報の開示基準が求められるようになった。

その切欠となったのが、2014年に設立されたCorporate Reporting Dialogue(以下CRD)である(*4)。CRDは、ISSBが設立されるまでの間、開示のフレームワーク・基準間の一貫性と質の向上を目指すプラットフォームとして活動成果を残し、IFRS SXの内容にも大きく反映されている(*5)。

分析の中には、非財務情報開示におけるマテリアリティの定義だけなく考え方の整理や開示情報としての目的の適合性についても明らかにしており、将来的な財務会計基準との整合性も考慮した概念整理がなされている。

このようにIFRS SXは、そのプロトタイプが公表されるよりも前の段階から非財務情報開示を統合するための多くの知見が結集されたものであり、一朝一夕に策定されたものではない。

つまり、IFRS SXは、情報作成者である企業と投資家に代表される情報利用者の間で従来から利用されている対話ツールの延長線上にあるものとしても差し支えないであろう。もし、会計基準化後に実務上の課題が出てきたとしても、過去からの位置づけが相互に認識されていれば、トライアンドエラーを繰り返しながらも開示ツールとして利用されると考える。

*4:参加したフレームワーク・基準の設定主体は、CDP、CDSB、GRI、IIRC、SASB、IASB、FASB、ISO、の8つの団体であり、事務局は、IIRCが行い、FASBはオブザーバーとしての参加していた。
*5:代表的な活動成果としては、CDP, CDSB, GRI, IIRC and SASB(2020)“Statement of Intent to Work Together Towards Comprehensive Corporate Reporting”などがあげらえる。

参考文献:日本政策投資銀行 設備投資研究所「サステナビリティ情報開示基準について考えなければならないこと」「視点・論点」(2022年1月)

本コラムは、作成者個人の責任で作成したものであり、内容は意見については、株式会社日本政策投資銀行の公式な見解をしめすものではありません。


[寄稿]松山 将之
株式会社日本政策投資銀行
設備投資研究所
主任研究員
(博士(経営管理))

大学卒業後,住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)に入社、2008年より現勤務先の財務部門においてALM企画を担当。2013年より現職。現在、企業開示の研究並びに、気候変動開示シナリオ分析・気候変動リスク管理についての調査を担当。