ESG(環境・社会・ガバナンス)は、投資家にとっても大手企業にとっても、投資先や取引先を選択するため、企業の持続的成長を見る重要視点になってきている。各企業のESG部門担当者に、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が質問。本特集では、ESGにより未来を拓こうとする企業の活動や目標、現状の課題などを、専門家である坂本氏の視点を交えて紹介する。
要素部品から最終製品までを一貫して生産する設備を持つ株式会社ジェイテクト。加工中心とした物づくり現場の最先端において、どのような社内体制で社会貢献の課題を解決していくのか。ESG課題に取り組む吉田氏、鈴木氏にお話をうかがった。
(取材・執筆・構成=山崎敦)
1983年3月名古屋工業大学卒、同年4月トヨタ自動車入社、2016年4月ジェイテクト出向2018年11月転籍 2019年4月より現職。一級建築士。ジェイテクトの安全衛生、環境、BCPに関する全社推進業務。
1976年4月23日生まれ。愛知県出身。1999年豊田工機株式会社(現ジェイテクト)入社。法務部、工作機械事業企画部等を経て現職。3児の母。方針管理、コーポレートガバナンス、広報、IRなどを担当。(=写真左)
株式会社ジェイテクト
機械・自動車部品を製造する、トヨタグループの主要17社の1社。日経平均株価の構成銘柄の1つ。本社は愛知県刈谷市。2006年発足。主力製品は、ステアリング、駆動系部品、ベアリング、工作機械、メカトロニクス製品など。
1975年6月21日生まれ。埼玉県出身。東京都にて就職し、24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳の時、株式会社アクシスの事業継承のため家族と共に東京から鳥取にIターン。
株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容は、システム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird」運営など多岐にわたる。
目次
株式会社ジェイテクトのESGへの取り組みについて
アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):ジェイテクト様では、どのようにESG活動を進めているのでしょうか。
ジェイテクト 鈴木氏(以下、社名、敬称略):2010年にCSR推進委員会というものを設置しました。その後、2017年に名称を「企業価値向上委員会」に名称変更し、社外役員を含む、全取締役と監査役が出席する会議体にしています。
この会議は1年間に2回あり、ESGの取り組みについて、我々がどんな活動をしているか、それに対して外部からどのような評価を受けているかということを役員に報告しています。その上で、3月には1年間の活動について説明をして、次年度の活動方針を審議し、9月は中間報告として上半期の取り組みについてと下半期の予定について話をしています。
たとえば、「外部のESG評価機関からの評価」「他社との様々な指標での比較結果」といったような話をしながら、会議体を通じてPDCAを回していくといったような取り組みを行っています。
坂本:ジェイテクト様のESGに対する取り組みについて、簡単に履歴をご紹介ください。
ジェイテクト 吉田氏(以下、社名、敬称略):まずは「環境」のテーマについてお話しします。ブラジル・リオデジャネイロで1992年に開催された第1回COPのころから、地球温暖化は注目されてきました。ジェイテクトは、トヨタグループのいち企業である豊田工機(前身企業)のころから、5年ごとの環境取り組みプランを進めていて、現在は第7次プランになっています。
基本的にはボランタリープラン(*)ということで取り組んでいますが、2015年のパリ協定が契機となり、トヨタも「トヨタ環境チャレンジ2050」を打ち出しました。ジェイテクトもその翌年の2016年に「環境チャレンジ2050」を設定しました。
その時点では脱炭素の概念がなく、「極小化」というちょっと曖昧な言い方をしていましたが、一般社団法人日本自動車工業会を中心に、2021年初頭から脱炭素に対する軸足が定まってきました。ジェイテクト単体・グローバルで2035年、カーボンニュートラルという目標を設置して取り組んでいる状況です。
*:平成4年10月に通産省(現・経済産業省)が同省所管の主要87業界団体に対し作成を要請した自主的な(環境保全のための)計画。事業者が自主的積極的に環境保全に取り組もうという動きが国内外において高まってきたことが背景となっている。
引用:一般財団法人環境イノベーション情報機構
▽「環境チャレンジ2050」達成に向けてのイメージ図
坂本:ESGの「S」、ソーシャルについてお聞きします。人材育成、教育についてはどのような状況でしょうか。
鈴木:以前は階層別教育で満遍なく教えていたのですが、これからは会社でしか教えられないことを伝えて「後は従業員の自主性に任せようじゃないか」という考え方にしています。いろいろな教育コンテンツや、社外の教材の提供、学習費用の補助などはしていますが、それを受けるか受けないかは、本人に任せています。
坂本:「社員の自主性に任せている」というお話でしたが、自主性の浸透度や会社が期待するような教育を受けているという実感はあるのでしょうか?
鈴木:正直に申し上げると、やはり部署間で熱量に違いはあります。技術系や研究分野の人は、とても熱心に受講生くださっているものの、それ以外の分野に関してはまだこれからという印象があります。
しかし、一方的に押し付けて勉強させても身につかないと思っていまして、自分の成長した姿を見せることを推奨するような働きかけが必要になるのではないかと考えています。
坂本:もう1点、教育についてお伺いしたいのですが、問題解決力を養っていくために具体的にどのような取り組みをされていますか?
鈴木:トヨタ流の問題解決方法に「8ステップ」というものがあります。「現状とあるべき姿の差」を問題と捉え、課題を特定し、ブレイクダウンして解決していくというステップです。
最も大変なのは「現状」を把握することですが、上司と一緒になって解決していく取り組みをやろうと考えています。しかし、上司側がしっかり教えられるか、という部分が問われていまして、会社として対策が必要な部分です。
吉田:気になるのは、ルール作りや規定を作って欲しいという要望が強いことです。問題解決力の本質はそこではなく、その人自身がどう課題を見つけて解決して、もっと上を目指せるかというのが本来の形だと思います。
▽質問に答える吉田氏
鈴木:逆に質問させていただきたいのですが、アクシス様の従業員の方の年代は、どれくらいの人が多いのでしょうか。社員の方々はESGに積極的に取り組まれていますか。
坂本:アクシスは30年ほどの歴史を持つ会社ですが、平均年齢は32.8歳と、若い人が多い会社です。私が代表取締役を引き継いで、ちょうど9年経ちます。引き継いでから新卒採用を強化し、教育に力をいれた育成モデルに変更しています。
社員には、ESG活動をしたいという気持ちはあるけれど、プライベートを充実させたいという願望があると思います。会社のESG活動に参加する人は、まだ少ないと感じています。アクシスの活動が地元の新聞やニュースで紹介されれば嬉しいようですが、かといって自発的に活動はあまりしていない印象です。
鈴木:仕事をもっと面白いと思ってくれたら、自主性は伸びるのかもしれませんね。一日に8時間から9時間は仕事をして過ごすので、楽しんで取り組んだ方が自分にとっても得だと思って、そう伝えてきているのですが……。
吉田:若い人は、将来を考えにくい世代だと思います。私は62歳ですが、これまで様々な人生のイベントがありました。テレビが白黒からカラーになり、放送局の数が増えました。携帯電話が爆発的に普及しました。手塚治虫さんが漫画で描いていたような世界が、どんどん目の前で現実になっていった、いい時代だったと思っています。
しかし、今の若い人の時代は最初から完成され過ぎています。しかも、バブル崩壊以来、景気があまり良くない。だから、なかなか夢を持つことができない、将来に対する希望っていうのが、感じにくい世代でしょう。内側に思考が向かっているような気がしますね。
坂本:社員の健康管理はどのように取り組まれていますか。
鈴木:以前は、PDCAでいうところの「振り返り」と「アクション」が弱かったので、現在は各職場に「健康リーダー」を設けて対応しています。
毎年、調査している健康チェックのアンケートに基づいて、各職場で健康についての取り組みを判断しています。心に負担があるのであれば「コミュニケーションを活性化するためにどうしようか」というような、それぞれの職場ごとに良い打ち手を模索していく活動をしています。
坂本:ダイバーシティという点では、どのような状況でしょうか。
鈴木:残念ながら女性の基幹職比率はまだまだ低く、現在は1.4%です。しかし、無理に下駄を履かせると本人のためにならないというところがあり、無理に引き上げることはせずに、能力がある人間を上げていこうと考えています。
基幹職自体は少ないですが、その候補になる「主任」という役職の人数はだんだん増えていますので、裾野は順調に広がっていると感じています。
坂本:ESGの「G」、ガバナンスについてもお聞かせください。
鈴木:経営陣がいかにワンボイスになるか、一生懸命取り組んでいます。意思を1つにすることで、経営のスピードを上げる取り組みをしています。
毎週月曜日の午前中は役員の会議にあて、前半はトップミーティング、後半は戦略会議という会議体制です。前半のトップミーティングでは、社長の考えを共有し、経営陣で同じ意志を持てるように意思疎通をしています。後半の戦略会議は、足元と将来の経営課題について議論しています。
また、2021年から「経営役員制度」を取り入れました。もともとあった副社長や専務、常務といったような役員の中でのヒエラルキーを取り払いまして、社長の佐藤以外は全部フラットな形にして経営のスピードを上げる取り組みをしています。2022年の6月の総会の後には、取締役の人数が6人になり、そのうちの3人が社外取締役です。
▽質問に答える鈴木氏
脱炭素社会の実現に向けた課題や戦略、目標について
坂本:「脱炭素社会」という世界的な大きな流れは、ジェイテクト様のビジネスにどのような影響を与えるとお考えでしょうか。
吉田:自動車業界では「脱炭素=電動化」だと思っています。エンジンを中心とした、これまでのビジネスはどんどん縮小していく方向にあります。その影響は少なからずあるでしょう。電動化が進む中でどう生き残っていくか、ということが大切になります。
ジェイテクトの基軸である、軸受けやギアの加工技術というのは、引き続き電動化の世界の中でも必要とされるので、しっかり作り込んでいきます。一方で、エンジンの加工が中心だった工作機械は、電池を作る場面でチャンスがあると考えています
坂本:ジェイテクト様のサイトにある「グリーン調達ガイドライン」には、環境理念が打ち立てられています。環境負荷ゼロのための戦略をお伺いしたいと思います。
吉田:ジェイテクトを含め、世界全体で取り組まなければいけないのは省エネです。従来の省エネに加えて、物作りそのものを見直す必要があるでしょう。
どこまでシンプルでスリムな物作りができるか。これは、物作り会社としての使命だと思って一生懸命に積み上げているところです。加えて、オンサイトの再エネの導入をどこまでできるのか、というところですね。
次のステップとしては、クリーン水素(CO2の排出ゼロで製造された水素)のような、新しいエネルギー源の導入を考える必要があるでしょう。すでに技術的な部分のトライアルは進めています。
坂本:省エネをいつまでに何%にするといったような、具体的な指標やKPIのようなものは定められていますか?
▽質問する坂本氏
吉田:2030年までに4割の省エネを行う、という指標はあります。しかし、4割よりも上を目指そう考えています。
坂本:再エネの活用についても目標値はあるのでしょうか。
吉田:すでに目標値は持っていますが、いまの取り組みが最善ではありませんので、再エネの目標値は変化していくと思います。
坂本:脱炭素社会を目指す中で、事業にどのような変化が生じると考えていますか。また、その変化によってどのような課題が生じるでしょうか。
吉田:先ほど申し上げた「電動化」に伴うビジネス変革は、どこかのタイミングで必要になるでしょう。
新しい物を作るのであれば新しい生産設備が必要になります。当然、いかにうまくランニングチェンジできるか、というのが課題になるでしょう。
ある日突然、すべての製品が電動車向けのものに切り替わるわけではありません。エンジン車向けの製品を作りながら、電気自動車の部品も製造する、ということを予想しています。生産スペースの取り方とか、どこで物を作るか、といったことも課題になるでしょう。
株式会社ジェイテクトが取り組む課題の「見える化」
坂本:脱炭素社会を実現するためには、乗り越えなければならない様々な課題があります。それを解決するためには「見える化」が重要だと思いますが、ジェイテクト様はどのような「見える化」に取り組んでいますか。
吉田:大きく分けて、2つあります。
1つめは、「課題の見える化」です。対策や、問題解決のヒントを探すために、いろいろなことを見える状態にしていくことです。
2つめは、「脱炭素の製品を納めてほしい」というメーカーの要望に対応するために、CO2排出量や消費エネルギーの「見える化」です。
坂本:消費するエネルギーの「見える化」に取り組まれていると思いますが、どのようなメリットがありましたか。また、今後の取り組みについてもお聞かせください。
吉田:2016年から2年をかけて、ラインごとに消費するエネルギーの「見える化」をしましたが、当初は、生産性を含めて、懐疑的な意見がありましたね。しかし、出てきた数字を見比べたとき、同じラインでも月や日によって違いがあり、それが見えたことで具体的な改善に繋がっていきました。
今後、省エネを進めるにあたって、注目している「固定分のエネルギー」というものがあります。空調や照明のほか、設備ごとに待機電力は必ずあります。それをいかにゼロにしていくか、というのが、1つの勝負所でしょう。うまく「見える化」できるようになると、多くの工夫が出てくるのではないかと期待しています。
株式会社ジェイテクトの考えと強み ―― ステークホルダーや投資家へのメッセージ
坂本:ESGは、投資の世界においてもかなり拡大していく分野です。ステークホルダーや投資家に対して、ジェイテクト様がアピールできる自社の考えや強みはどのようなところでしょうか。
鈴木:ジェイテクトグループは、物を作るための設備から、要素部品、最終製品までを一貫して作れる会社です。ほとんどの作業は内製が可能なので、どんどん改善が進むというメリットがあります。そして、他社に作れない製品を作れる設備を持っている、という自負があります。
儲かれば何をやってもいい、というわけではありません。逆に、環境にいいことやっていれば儲からなくてもいい、というわけでもありません。やはり世の中のためになる事業で、しっかり利益を出すことが、ステークホルダーの皆様のためにやらなければいけないことだと思っています。
お客様の困りごとや、社会の課題を解決することを全社で考えています。そこに、ジェイテクトグループが持っている豊富なシーズを組み合わせて、シナジーを生み出して解決していくことに焦点当てています。その上で収益を上げられるようになり、社会の皆様や投資家に喜んでいただけることが大切だと考えています。