この記事は2022年8月5日に「第一生命経済研究所」で公開された「エナジー・エンゲル係数が示す家計の負担増」を一部編集し、転載したものです。


物価上昇,経済
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目次

  1. エナジー・エンゲル係数
  2. 食料費・エネルギーは消費支出額の36%
  3. 世帯ごとに異なる負担
  4. 年金制度の調整の粗さ

エナジー・エンゲル係数

消費者物価の上昇率が、2022年4~6月は2%台まで高まった。それを牽引しているのは、食料品とエネルギーの値上がりである。

それも影響して、家計の食料費(含む外食)・エネルギーの負担も過去最高の領域になっていた。総務省「家計調査」のデータ(2人以上世帯)を調べると、消費支出に占める食料費とエネルギーの割合は、同じ基準でみたデータでは2015年以降で過去最高に並んでいた*1。

食料費が消費支出に占める割合は、エンゲル係数として知られている。エネルギー支出(電気代+ガス代+灯油+ガソリン)が消費支出に占める割合は、エナジー係数(Energy-ratio)と呼ぶことにしよう。両者を合計したエナジー・エンゲル係数は、2022年6月の移動平均値(2021年7月~2022年6月平均)が36.5%となった(図表1)。

第一生命経済研究所
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*1:データは2022年5月と6月が36.5%と、2021年2月に並んでいる。小数点第二位まで計算すると、2021年2月の36.54%は、2022年5月の36.51%、6月の36.48%よりも若干ながら上回っている。また、2015年以前のデータは同じ分類では遡及できないが、エネルギーの範囲を電気代+ガス代+その他光熱のカテゴリーで括って計算すると、遡及可能な2000年以降でみても、2022年5・6月は、おそらくは過去最高の領域だろう。

最近の物価環境を考えると、円安が一服し、原油高も山を越えたので、いずれ家計の負担増もピークを越えるとみらえる。しかし、ここ数カ月間は、輸入コストの価格転嫁が続くことや、電気代・ガス代の料金値上げが継続することから、現状並みの負担感が続くと予想される。

食料費・エネルギーは消費支出額の36%

「最近はモノが高い」という感覚は、消費支出の36%を占めているエネルギーと食料費が値上がりしていることが大きい。この感覚は、「消費者物価が2%も上がっている」という統計的事実よりも、より大きなインフレ感覚を与えているのではあるまいか。むしろ、物価統計の方は、肌感覚とはずれていると思える。

その理由を考えると、消費者物価にはいくつかの下方バイアスがあることが挙げられる。総務省「消費者物価」の2022年6月のデータを参照すると、食料費は前年比3.7%、エネルギーは前年比16.5%である。これをエンゲル係数(28.3%)とエナジー係数(8.2%)とそれ以外のウエイトで加重平均してみる。求められたのは、総合物価指数の伸び率は2.6%という数字だった。総務省の公式データの2.4%よりも高い(+0.24ポイントほど上昇する)*2。

消費者物価は2020年を基準年にして、ウエイトを固定している。2020年以降に食料品・エネルギーの支出額は増えているので、この2020年基準の物価指標は小さな固定ウエイトを使う分、過小評価していることになる。

2人以上世帯のウエイトは、食料品が28.4%(消費者物価は26.26%)、エネルギーが8.2%(消費者物価が7.12%)となっている。つまり、計算するウエイトが小さくなり、食料品・エネルギーの価格上昇を過小評価していることもある。

*2:総務省は、品目を加重平均するときに、架空の支出である持家の帰属家賃(ウエイト15.8%)を含めて計算している。この下押し効果は大きい。帰属家賃はこのところ前年比0%で推移しているので、これを加算することがなければ、物価上昇率は+0.45%ポイントも押し上げられる。仮に、持家の帰属家賃を除く総合指数でみると、消費者物価は前年比2.8%になる。

世帯ごとに異なる負担

ここまで筆者が非常にテクニカルな作業を行っていると、読者は感じるかもしれない。重要なインプリケーションは、物価指数というものが違った構成ウエイトで計算すると、その伸び率もまた変化するということだ。これは、意外に見落としがちな論点である。

食料費とエネルギーといった値上がりしているものを多く買っている世帯は、平均的な世帯よりも、物価上昇の痛みが大きい。食料費とエネルギーは、いつも習慣的に支出している費目だろうから、受動的に痛みを感じる。節約をしようとしても減りにくく、家計はその代わりに衣料品や娯楽サービスなどの選択的支出の分野で節約をすることになる。

では、世帯属性ごとに、どのくらい負担が異なっているのだろうか。四半期データでは、灯油・ガソリンまで細かく分類したデータが公開されていないので、近似値として(食料費+電気代+ガス代+他の光熱費)÷消費支出の比率を使う。

まず、2022年4~6月期のデータで総世帯の平均は32.3%だった。単身世帯は31.7%である。無職世帯は36.1%と相対的に高かった(図表2)。

差が表れやすかったのは、世帯主年齢別と所得階層別である。30歳未満が28.9%と低く、70歳以上が36.9%と高かった。所得階層別では、五分位ごとにみて、下位20%は36.6%と高かった。上位20%は27.6%と低かった。

第一生命経済研究所
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エンゲル係数を発表したドイツの社会学者エルンスト・エンゲルは、所得水準が高まるほど食料費の支出割合が低下することを見つけ出して「エンゲルの法則」とした。この傾向は、エンゲル係数だけではなく、エナジー係数にも当てはまる。所得水準の低い高齢世帯は、物価上昇の痛みをより強く感じやすいと考えられる。

年金制度の調整の粗さ

低所得・高齢世帯にとって、食料費・エネルギーの物価上昇の痛みが大きい理由は、食料品とエネルギーのウエイトが他の世帯よりも大きいからだ。

例えば、年収が下位20%の世帯は、2022年6月の消費者物価を使うと、どのくらいの物価上昇になるのか。家計調査6月のウエイトで計算すると、総合物価指数は前年比3.2%となる。

年金生活者は、年金の支給額が2022年度は一律に▲0.4%の削減となった。賃金・物価スライドでは、平均値が用いられる。年収下位20%のようなカテゴリーが、直面している物価上昇率がたとえ平均値よりも高いとしても、それは考慮されない。

食料やエネルギーは自給率が低く、輸入依存度が高いので、今次のように海外でインフレが急伸すると影響をより強く受けてしまう。その打撃は、エナジー・エンゲル係数の高い世帯ほど強く表れる。

しかし、年金制度はそうした高齢者の細かな事情まで勘案して、年金受給額を調整することはしていない。これは、年金制度の受給額の調整が少し粗いのではないかと思わせる。

岸田政権は、そうしたアンバランスを穴埋めする意図もあって、物価対策として住民税非課税世帯には1世帯に臨時特別給付金を10万円ほど配布することを決めた。住民税非課税世帯は、年収135万円以下の低所得世帯が対象とされる。

しかし、達観して考えると、高齢世帯の所得面での苦境は、本来は得られるはずだった利子所得がほとんど得られないことにも起因している。もしも、預金金利がいくらかプラスになれば、高齢世帯の利子所得もインフレの費用を補えたはずである。仮に、預貯金金利が1%であったならば、世帯主70歳以上の世帯には預貯金から得られる年間14.9万円の利子所得が入ってくる計算になる(2022年3月末の預貯金残高で計算)。

今後、超金融緩和が是正されるならば、年金の運用収入や高齢者自身の利子所得が改善していくことを通じて、高齢世帯のインフレ耐性はより高まると考えられる。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生