この記事は2022年10月12日に「第一生命経済研究所」で公開された「成長モデル、農林水産業の輸出拡大」を一部編集し、転載したものです。
輸出が高伸
輸出の中で少し異彩を放つのは、農林水産物・食品の輸出である。コロナ禍の2021年にその輸出額が1兆円を超えて話題になった。2022年はさらに1.4兆円を超えそうだ(図表1)。
これは、月次の2022年1~8月の累計・前年比(14.6%)を2021年実績(12,382億円)に乗じて計算したものだ。それが実現すれば、2015年7,451億円と比較して、約2倍になる。7年間で倍増の勢いは驚異的だ。
振り返ると、過去、東日本大震災では風評被害が起こったとき、農産物などの輸出は落ちた。しかし、その後、2012年以降の10年間では、2017年を除く9年間の伸び率は常に、全体平均を上回っている。
特に、コロナ禍では2020年の輸出額全体の前年比2.0%に対して、農林水産物輸出は同13.7%と大きく伸びた。2021年は全体21.5%に対して、農林水産輸出は同25.6%と伸びを上回っている。
こうした説明の仕方では、まだ驚きが伝わらないかもしれないが、農業などの生産額が低迷する中で、輸出分野に限って伸びたと言えば、その異例さが伝わると思う。農・林・水産物の国内生産額と対比した輸出額の割合*は、農業が7.3%、林業が8.3%、水産業が17.2%となっている。農林水産業の成長は、輸出が引っ張っている図式である。
*厳密に考えると、輸出品の中には、輸入食料を使った加工食品も含まれる。だから、国内生産額を分母とすると、輸出割合を過大評価することになり、ミスリードという見方もある。
輸出の伸びと言えば、円安効果だと直感するだろう。為替レートの推移を調べると、必ずしも円安依存の成長ではないことがわかる。ドル円レートは2020年106.7円/ドル(前年比▲2.1%)、2021年109.9円/ドル(前年比3.0%)、2022年1~8月128.7円/ドル(前年比18.)となっている。2020・2021年の輸出の伸びは、必ずしも円安を追い風にしていない。
強みを活かす
農林水産物の輸出増の内訳をみると、ひとつの特徴がある。「売れ筋」がより大きく伸びていることだ。
2021年データでは、全品目で首位のアルコール飲料(ウイスキーの割合40%、日本酒35%)が前年比61.4%と伸びる。2位のホタテ貝は、生鮮・冷凍・冷蔵が前年比103.7%、調製が前年比73.9%と大きい。3位の牛肉も前年比85.9%だ。ランキングは次のようになっている(図表2)。上位3つが「売れ筋」に当たる。
このうち、首位のホタテ貝は、2015~2020年は減少していたが、2021年と2022年前半は大きく挽回している。中国・台湾で品質の高さが認められたため、売上が増えたとされる。
ウイスキーは中国でのブームの効果がある。値上がり益を狙った保有もあるだろう。日本酒は、地道なマーケッティングが奏功して、米中で一気に伸びた格好だ。牛肉も、和牛のブランディングが浸透して販路を拡大して、2021年は大きく伸びた。
ホタテ貝と牛肉の順位は、2020年に4位と5位だったのが、2021年は2位、3位に繰り上がっている。躍進の背景は、市場の大きな米中輸出が伸びているせいだ。大きな市場での従来からのマーケッティングが奏功したお陰であろう。
趨勢的な流れとしては、過去数年間で海外展開する和食レストランが増えたことで、レストランからの仕入れが増えたこともある。いわゆる日本食ブームである。農林水産省の資料では、海外展開する日本食レストランは、世界で2015年に8.9万軒だったのが、コロナ前の2019年は15.6万軒に4年間で1.75倍に膨らんでいる。
立地は、アジアが10.1万軒(65%)と多く、次いで北米2.9万軒(19%)となっている。2021年は飲食店の再開が、日本からの輸出をより大きく押し上げたと考えられる。さらに、需要の裾野は、各国のレストランで日本食を食べた人の経験が積み重なり、家庭での日本産食材の消費を広げたと考えられる。
輸出先の国別動向を調べると、輸出国の首位は中国(除く香港)で、2021年は2,223億円で前年比35.2%(図表3)。2022年1~8月も前年比23.4%。米国も2021年は1,683億円で前年比41.2%、2022年1~8月は前年比27.8%。この2つの大国のマーケットを開拓していることが成功をもたらしている。
政府一体の取り組み
政府は、2020年に基本計画を立てて、2025年に輸出額を2兆円、2030年に5兆円にする目標を設定した。2022年に仮に1.4兆円を達成できると、あと41%増で中間目標2兆円をクリヤーできる計算になる。円安効果も追い風になり、目標の2025年から前倒しも視野に入る。
もっとも、これが5兆円という規模になると、そう簡単ではないだろう。国内生産能力を拡充しなくてはいけなくなるはずだ。計算上では5兆円の輸出額は、国内生産を1.5倍にしなくては供給を賄えないので、農業などの事業者がそうした能力増強の投資ができるかどうかという課題も起こるはずだ。従事者の高齢化、後継者問題など、成長の足枷への対処を2030年までにどう行っていくのだろうか。
なぜ、筆者が農林水産物輸出に注目したかと言えば、農林水産省が各省庁の中で輸出拡大にことさらに熱心だったからだ。役所が積極的に後押しをした。農業輸出は、コロナ禍で偶然に伸びたのではないと考えられる。
先に、2020年に基本計画のことには言及したが、その中ではかなり細かく品目の増加見通しが立てられている。輸出促進活動が効果的な品目として、牛肉、ホタテ貝、真珠などの28品目を輸出重点品目に選定している。農林水産省の方針では、この品目の事業者には、海外市場で求められるスペックに応えることを要求した。
なぜならば、現地では、小売・流通業者から製品に対して様々な要求が突きつけられる。その量・品質・規格・価格といったスペックへの要求に継続的に応え続けられなければ、一般小売店の棚に置いてもらえない。さらに、相手国の衛生検疫体制や規格基準をクリヤーする必要もある。そうした木目細かい努力を重ねて、海外に新しい商流を切り開いてきたのだろう。
農林水産省は、こうした開拓方法を「マーケットイン」と呼んでいる。市場ニーズに合わせて商品を売るという手法をマーケットインという。これに対置されるのは「プロダクトアウト」の考え方だ。こちらは、「良い製品を作れば売れる。売れるために良い製品を作る。ニーズは後から着いてくる」という発想だ。
従来は、日本の事業者の発想は、プロダクトアウトに偏っていたのではないかという反省が、農林水産省にはあるのだろう。ビジネスの世界では、両者のバランスが重要なのだが、いかんせんモノづくりに関しては、プロダクトアウトに偏っていたと考えられる。
農林水産物輸出に関して、事業者がマーケットインに重心を置いて、輸出拡大を図ろうとしていることは好感が持てる。今後も、実績に慢心せず、28品目以外の農林水産物にも同様の施策を横展開していくことが望まれる。