ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みは、投資先や取引先を選択するうえで投資家だけでなく大手企業にとっても企業の持続的成長を判断する重要視点となってきている。本企画では、各企業のESG部門を対象にエネルギー・マネジメントを提案する株式会社アクシス・坂本哲代表が質問する形式でインタビュー。

今回登場するのは日本たばこ産業(JT)。ESGにより未来を拓こうとする企業の活動や目標、現状の課題などを、専門家である坂本氏の視点を交えて紹介していく。

日本たばこ産業株式会社は、世界3位のグローバルたばこメーカーとして、あるいは国内における唯一のたばこメーカーとして有名だ。しかし今やたばこ事業だけではなく医薬や加工食品など多角的な事業展開を行っている。また各事業部でSDGs、ESGと真剣に向き合い数値的なKPIを設置し、積極的に情報公開中だ。

グローバルに事業を展開するたばこ産業の雄が、どのような取り組みをし、どこへ向かうのか。本稿では、サステナビリティマネジメント部長の向井芳昌氏に取り組み内容をうかがった。

(取材・執筆・構成=丸山夏名美)

日本たばこ産業株式会社
(写真=日本たばこ産業株式会社)
向井 芳昌(むかい よしまさ)
――日本たばこ産業株式会社(JT)サステナビリティマネジメント部長
1969年8月21日、京都府宇治市生まれ。1992年4月日本たばこ産業株式会社へ入社。大津営業所、枚方営業所勤務の後、1996年より約10年間、本社で広報・開示関連業務に従事。2009年から約4年間、JT International Internal Audit(オランダ) に赴任。帰国後、飲料事業部企画部長、経営企画部部長などを経て2019年1月より現職。

日本たばこ産業株式会社
1985年4月設立で、本社は東京都港区。たばこ事業をメインとして医薬や加工食品などの事業を行っている企業。前身は1949年に設立された日本専売公社(たばこ・塩の製造販売等)で、これまでチャコールフィルター付きたばこ「セブンスター(1969年)」「マイルドセブン(1977年)」など多数のブランドを展開。現在、世界で70以上の国と地域で事業を展開し、130以上の国と地域で製品を販売。2021年には高温加熱式たばこ「Ploom X」を国内で発売した。
1994年10月に東京や大阪、名古屋証券取引所に上場。2015年には、JTグループの経営理念となる「4Sモデル」の追求を基盤とし22項目のマテリアリティを策定。2021年には、ガバナンスポリシーを改定。マテリアリティの見直しに着手するなど、より一層サステナビリティ戦略にも力を入れている。
坂本 哲(さかもと さとる)
―― 株式会社アクシス代表取締役
1975年6月21日生まれ。埼玉県出身。東京都で就職し、24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳の時、株式会社アクシスの事業継承のため家族と共に東京から鳥取にIターン。

株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容は、システム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「バード」運営など多岐にわたる。

目次

  1. 日本たばこ産業株式会社のSDGs、ESGの取り組み
  2. SDGs、ESGに対する今後の取り組み
  3. エネルギーの「見える化」の現状と対策
  4. 日本たばこ産業株式会社の展望と皆さまへのメッセージ

日本たばこ産業株式会社のSDGs、ESGの取り組み

アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):日本たばこ産業株式会社で取り組まれているSDGsやESGの企業内での位置付けについてお聞かせください。

日本たばこ産業 向井氏(以下、社名、敬称略):私たちは、最も認知していただいているたばこ事業だけでなく医薬、加工食品など多角的に事業を展開しています。事業の領域もポジションも非常に異なるため、SDGsやESGに関する具体的な戦略や施策については、事業ごとに策定しているのが現状です。

それを前提にJTグループ全体として取り組むべきこととして3つの基盤を置いています。それが「人権の尊重」「環境負荷の軽減と社会的責任の発揮」「良質なガバナンスと事業規範の実行」です。

▽JTグループの3つの基盤

日本たばこ産業株式会社

これら3つは、どの事業においても社会から求められるものですし、具体的な取り組みやKPIを策定して公開しています。さらに、各事業部やコーポレート部門の責任者が集まってKPIの進捗やJTグループ全体のサステナビリティに関する課題について共有する「サステナビリティ検討委員会」を設置しています。

以前は、人権や環境といった問題に対して何かアクションするのはCSR部門が担当しており、これらは他事業部にとっていつもの業務にアドオンされる……つまり「負担が増える」と思われがちでした。しかし2019年にサステナビリティマネジメント部が設置されてから約4年、SDGsやESGが重要だという意識が組織全体に浸透してきたと感じています。

坂本:御社が社内の意識浸透のために推進されていることがあればお聞かせください。

向井:社内SNSでの情報発信などを行っていることもあってか、環境への取り組みが企業への評価につながることが自然と理解されるようになってきました。以前は、CSR活動の目標を掲げると「利益目標の達成と環境目標の達成はどちらが大事なのか?」という議論になりがちでした。しかし今では、「どちらも大事で、両立する方法を考えることが重要である」と、多くの人が理解しています。

今後は、事業部ごとの評価にも環境やESG目線での評価軸を取り入れていきたいと考えています。例えば「きちんと脱炭素に向けて取り組み、KPIを達成できているのか」などを、利益目標に加えて評価する仕組みです。「評価」のみならず、「社内のルールだから」「外部から要請されているから」ではなく、社員が自ら新しく環境や社会に向け積極的にアイデアを出し取り組める環境を整備していく方針です。

坂本:社内でSDGsやESGに関する意識が浸透するなか、どのように具体的な取り組みを行われているのでしょうか。

向井:弊社では、2030年を目標年として「JTグループ環境計画2030」を定めました。環境や社会に対する取り組みは、短期的に解決できるものではなく中長期で考えたり実施したりすることで達成すべきものです。

大きなカテゴリーとして「エネルギー」「温室効果ガス」「水資源」「森林資源」「廃棄物」に分類し、それぞれ2030年、2050年にどこまで進んでいるべきかについてKPIを明確にしました。

▽JTグループ環境計画2030

これらは、随時見直し更新をしています。例えば「エネルギー」「温室効果ガス」は、2022年に。より高い目標へと更新しました。弊社は、以前より脱炭素社会構築への貢献を目標としていましたが、積み上げによる目標値にとどまっていた一面があります。環境問題に真摯に向き合い、「あるべき姿」からのバックキャスティングで、具体的なコミットメントを、今回策定しました。

温室効果ガス排出量の削減については、Scope3まで対応することが求められるようになりました。しかし、単に社会からの要請に受け身で対応するのではなく、組織としてSDGsやESGに取り組むことが、従業員や社会から選ばれる企業となるために必要だと考えています。現状からの積み重ねで考えると非常に高い目標です。しかし目標に対してバックキャスティングで考えてチャレンジしていくことが求められています。

SDGs、ESGに対する今後の取り組み

坂本:SDGsやESGの観点を含めて今後の御社における未来像や構想についてお聞かせください。

向井:一見、たばこ産業とSDGsやESGの関わりは小さいのではないかと考えられがちです。しかし実は、バリューチェーン全体で考えると、解決すべき社会課題が複雑に絡みあっています。この産業は、川上が農産物で最後の消費者に届くまでには長いサプライチェーンがあるのが特徴です。たばこの栽培や調達から始まり、加工や輸送がいくつもあり、それらはグローバルにつながっています。

▽たばこ事業のバリューチェーン

日本たばこ産業株式会社

非常に複雑な産業ですが、現代は社会に価値を還元できなければ企業としての存続が問われる時代です。サプライヤーさん、関連会社さんと連携し、サプライチェーンの各段階でSDGsやESGの観点でも社会的意義を果たし、価値を提供していけるように、体制を常に見直しています。

エネルギーの「見える化」の現状と対策

坂本:SDGsやESGを考えるうえで「エネルギーがどこからきてどう使われているのか」というエネルギーの「見える化」について御社の取り組みをお聞かせください。

向井:エネルギーの「見える化」は、今まさに重要な課題の一つです。グローバルな事業を展開するなか、データをどのような形で取得してモニタリングしていくのか……システムの導入も進めていますが、手作業対応に依るところがまだまだ多いです。以前は、データの把握や分析を手作業で行ったり、ある程度時間がかかったりしても、それほど大きな問題ではありませんでした。

しかし近年は、リアルタイムで取り組みの成果を公開したり、そのデータが正しいか第三者によるチェックや検証を経たりすることまでが求められています。とりわけ温室効果ガスの排出に関するScope3については、データの把握が難しく「見える化」のシステム導入が必須です。自社だけでは「見える化」あるいはその先の温室効果ガスの低減に限度があるため、他社と連携して課題解決をしていかなくてはなりません。

日本たばこ産業株式会社の展望と皆さまへのメッセージ

坂本:SDGs、ESGに関して、投資家の興味関心が高まっています。そのような背景の中で、SDGsやESGに積極的に取り組んでおられる御社に投資することの魅力はどのような部分があると思われますか。

向井:「たばこ」という商品だけで考えると健康への影響や製品自体のイノベーションについてのみ議論されがちです。もちろんその分野への取り組みを怠らないことは大前提となります。ただ、製品を通じての価値提供に加え、貧困問題や人権問題、環境に対する配慮といった社会課題の解決も含めて、企業としての価値をどのように社会に提供していくのかを常に考え、アップデートしていくことが重要です。

JTという会社が「社会に生かされている」、「生かされるためには、提供価値の追求を本気で考えなくてはいけない」といったことを忘れてはいけないと考えています。サステナビリティへの関心や要請は、ここ3~4年で大きく高まっていますが、我々も、経営理念である4Sモデルに立ち返り、サステナビリティの概念を社内に浸透することに注力し、企業としての課題・目標設定に反映しようと努めてきました。

現在のSDGsやESGへの取り組みは、「コスト」と捉えられがちであった、従来型の社会貢献活動とは異なります。目先の利益ではなく中長期の視点で、企業として、また社会の一員としてサステナビリティを本気で考えながら事業活動そのものに組み込んでいかねばなりません。グローバルな視点で、たばこ事業のみならず、医薬や加工食品の分野でもSDGsやESGへの取り組みを強化していきます。

今後ともより多くの方に企業として関心を持っていただけたら幸いです。