マイクロファイナンスとは、貧困層や低所得を対象に貧困緩和を目的として提供される小規模金融サービスのことだ。収支性が高いため投資家からも注目されており、日本でも2018年に日本初のマイクロファイナンスである「グラミン日本」が設立された。本稿では、彼らの活動や投資対象としての魅力、実際に投資を行う方法などについて解説する。
マイクロファイナンスとは?
マイクロファイナンスとは、担保となるような資産を持たない人、たとえば金融層や低所得者に対して提供される、小規模の無担保融資や貯蓄、保険、送金などの金融サービスだ。融資を受けた人は事業を興すなど、貧困から脱却できるチャンスを得られる。
「チャリティ(慈善活動)」「フィランソロピー(博愛)」「寄付」などとは異なり、あくまで利益を追求することが特徴だ。ビジネスの手法を活用して、貧困の削減・撲滅という社会問題に取り組みながら、事業の持続可能性(サステナビリティ)を維持することを目標としている。
マイクロファイナンスは元々、貧しい人々に対し無担保で少額融資を行うマイクロクレジットと呼ばれる金融サービスだった。現在では融資のみならず、貯蓄、保険、送金などを含む幅広い金融サービスとなったためマイクロファイナンスと呼ばれている。2006年、マイクロクレジットの普及に努めてきたグラミン銀行と、その創始者であるムハマド・ユヌス総裁がノーベル平和賞に選ばれたのを機に、マイクロファイナンスという名前が世界中で知られることになった。
マイクロファイナンスの意義
マイクロファイナンスの目的は貧困層の経済的自立である。
世界銀行では、絶対的な貧しさを測るための国際的水準として、1日1.90ドルを「貧困ライン」と定め、それ以下で生活する人々を貧困人口と呼んでいる。世界の人口の1割は貧困層であるとされる。
ちなみに貧困の定義としては他にも様々なものがあり、国連開発計画(UNDP)では、貧困を「教育、仕事、食料、保険医療、飲料水、住居、生命維持のためのエネルギーなど基本的な物・サービスを受け取ることができない状態のこと」と定めている。また、生存を脅かされていなくとも、その国の生活水準と比較して困窮している状態は「相対的貧困」と呼ばれる。世帯所得が「その国の等価可処分所得の中央値の半分」に満たない状態がこれにあたる。日本では、一人世帯で年収が122万円以下の場合、「相対的貧困」に該当すると言われている。
貧困層の人々はビジネスを行おうにも資金がない。そもそもお金を貯めるための預金口座を開設できず、保険などの金融サービスも利用することができない。さらに貧困者は、貧困であるがゆえに十分な教育を受けることができない。病気にもかかりがちだが、医療サービスを受けることさえ難しい。健康の回復ができなければ、普通の生活を送れず、働くことが困難だ。その結果、貧困層の子供もまた教育や医療サービス、金融サービスを受けることができなくなっていく。
このように貧困層では、貧困が世代を超えて継承されていく。マイクロファイナンスは、貧困層に少額融資や貯蓄などの金融サービスを提供することで、彼らのビジネス運営をサポートし、経済的自立と貧困からの脱出を促すことを目的としている。世界中の貧困層が持続的に幸せになれるよう、経済的自立を可能とするための支援を行う。それがマイクロファイナンスの意義でもある。
マイクロファイナンスの仕組み
マイクロファイナンスの仕組みは一般の金融ビジネスと同じだ。
マイクロファイナンスはMFI(Micro Finance Institutions:マイクロファイナンス機関)という組織が行う。銀行がサービスを提供できない貧困層向けに、短期・小口・無担保の事業用融資を金融教育や職業訓練と合わせて提供する金融機関である。NPO(特定非営利団体)やNGO(非政府組織)、銀行、信用組合などさまざまな形態がある。
MFIの資本調達法は「寄付」「政府などの補助金」「銀行からの借り入れ」「借り手の再預金」「株式発行」「ファンド形式の出資」などがあり、機関がNPOやNGOなのか、銀行や信用組合なのかといった形態の違いに応じて様々な方法が選択される。最近はファンド形式で出資を募る方法が注目されている。
このように調達した資金を原資として利用者に融資を行い、一定期間後に利子を含めて返済を受ける。利率は機関によってさまざまだが、バングラデシュで成功を収めているグラミン銀行の場合、年率20%と言われている。銀行などの形態を取るマイクロファイナンス機関では、預金や保険などの金融サービスも提供している。
これらの施策によって貧困層の人たちは、働いて貯めたお金で将来に備えることが可能となる。またMFIとしても、預金を原資として別の貧困層へ融資を行うことができる。
ここまで紹介したとおり、貸付によって利益を得るマイクロファイナンスはチャリティや支援とは異なるものだが、利益の最大化や拡大を目指す一般的な企業とも異なる。その活動の根底には貧困層の自立を促すという目的がある。チャリティの側面を持ちながら営利企業でもあるという、一見相反する要素を融合した金融ビジネスだといえる。
マイクロファイナンスサービスに関わる業界、団体
マイクロファイナンスを実施する組織は、NPO、NGO、銀行(政府・民間)、ノンバンク、共同組合、自助グループ、企業などさまざまだ。
マイクロファイナンス業界において、銀行は機関数が全体の16%(174機関)であるにもかかわらず、融資総額は62%(24861百万ドル)、顧客数は44%を占める。機関数ではトップ(40%:422機関)のNGOは融資額では14%(5665百万ドル)、顧客数は32%(約702万人)と銀行には及ばない。 (参考:https://crowdcredit.jp/blog/entry/125/)
その他マイクロファイナンスに関連する業界としては、収益性の高さに注目して出資を行うファンドや組合なども挙げられる。
マイクロファイナンスと従来の開発支援との違いは?
途上国や貧困層への支援は従来も行われてきた。たとえば先進国はODA(政府開発援助)として途上国に資金を貸し付けるほか、道路や水道、下水などのインフラ整備を行ってきた。だが現地で事業を請け負うのはODAを出した国の企業であることが多く、雇用の創出には繋がらなかった。
資金援助もほとんどは国に対してのものであり、貧困層の個人に直接行うものではなかった。資金援助を受けた国が個人に資金を貸し付けることもあったが、ただ貸与を受けるのみでは個人の労働意欲向上に結びつかず、使っておしまいということが多かった。
その結果、発展途上国では依然として貧困層が存在しており、彼らが貧困から脱却することは難しかった。マイクロファイナンスは、貧困問題の解決方法を抜本的に変革した。貧困層が与えられた資金の運用に責任を持ち、助け合いながら、アイデアを出して自らの手でビジネスを発展させ、その結果、貧困から脱却できるのだ。
マイクロファイナンスの具体的なサービス
ここからは、MFIが実施するサービスを紹介する。
マイクロクレジット
マイクロクレジットとは、貧しい人々に対して無担保で少額融資を行う金融サービスのことである。2006年、マイクロクレジットの普及に努めてきたバングラデシュのグラミン銀行と創始者であるムハマド・ユヌス総裁がノーベル平和賞に選ばれ、その名が世界に広がった。
「貧しい人々は融資を受けても大して稼ぐことができないだろうし、彼らに貸し付けを行っても借金が膨らむだけだ」という声が大半を占める中、グラミン銀行は「貧しい人々も企業家としての能力を持っている。資金さえあれば、ビジネスによって利益を得ることができる」という確固たる信念の下、様々なスキームを取り入れて、貧しい人々のための銀行を作り上げることに成功した。
担保も検証可能な信用情報も持たず、クレジットカードを利用するための最低条件にも達しない人々に、極少額の融資を行うのがマイクロクレジットである。
・グラミン方式
一般に、貧困層への無担保融資は貸し倒れ率が非常に高くなると言われている。しかしグラミン銀行では、返済率が98%と高い数値を誇っている。日本の銀行の貸倒引当金が平均10%で推移しているのを見れば、グラミン銀行の貸し倒れ率の低さが分かる。
高い返済率を実現しているのはグループレンディングという連帯保証制度だ。別名「グラミン方式」と呼ばれており、世界中のMFIが事業モデルとして同方式を採用している。
グラミン方式とは、無担保である代わりに5人のグループを作らせ、その中の1人が返済不能になれば、その他の4人も今後一切借りられなくなるという連帯責任の仕組みだ。以下のような手順で融資を行う。
1) 血縁関係のない5人グループを作る。グラミン銀行の考え方、規則、手順について研修を受ける。その後、口頭試験が行われる。合格すれば融資が決定する。融資に担保はいらない。
2) 各グループでリーダーを選出する。リーダーを除く2人に最初の貸付を行う。その2人が6週間以内に返済すれば、次の2人に貸付を行う。期限内に返済が実施されれば、最後にリーダーに貸付を行う。このサイクルを繰り返し、返済が成功すれば融資額が増額されることになる。
この方式には、返済につながる3つの効果が働くと言われている。まず、グループの誰かの事業がうまくいかず返済できない場合、仲間同士で助け合うことが予測される。
そして、誰かが怠けたり危険な投資を行ったりすると、自分たちへの被害が及ぶことになるので、お互いに監視するようになる。さらに、危険な人とグループを組むことを避けるため、必然的に安全な投資をする人同士がグループを組むことになるので、銀行側のリスクが軽減されるというものだ。
ちなみに、グラミン銀行から融資を受ける人達の97%は女性であるという。その他の国を含めた全世界1億5,000万人超のマイクロファイナンス利用者についても、そのうち80%が女性とされている。マイクロファイナンスは貧困救済のみならず、社会的地位が低いことが多い発展途上国の女性たちの経済的自立にも貢献しているのだ。
マイクロセービング
マイクロセービング(小口貯蓄)とは、貧困層の貯蓄形成支援のことだ。たとえば、農村で30人程度の組合を作り、少額の現金を積み立てるなどの取り組みが行われている。メンバーは積立金から融資を受けて小規模ビジネスをはじめたり、組合として銀行口座を作って利息金を分配したりする。これにより、貧困層からの脱却を目指すと共に、日常的に協働する意欲を促すことが目的だ。
マイクロセービングは民族間の対立を解消させることに対しても効果がある。アフリカのある敵対する民族同士でマイクロセービングを行ったところ、貧困層からの脱却を目指して小規模ビジネスを始めるため、異なる民族が協働するようになったとの報告もある。
マイクロ保険
保険による保障は、先進国よりも新興国の方が重要である。新興国は銀行口座を持たない人々の割合が高いことに加えて、国として社会補償制度、貧困や自然災害への対策が未整備な場合も多いためだ。
そういった人々のために低価格かつ低コストで提供される保険が、マイクロ保険(Micro Insurance)である。新興国を中心に貧困層向けに提供されており、一定の成果を見せている。
グラミン日本とは?
2018年、日本初のマイクロファイナンスである「グラミン日本」が設立された。
創始者(現会長)は、明治学院大学教授の菅正広氏。1956年福島県生まれで、東京大学経済学部を卒業後、大蔵省(現財務省)に入省した。アフリカ開発銀行日本政府代表理事、世界銀行日本政府代表理事などを歴任し、グラミン日本準備機構をグラミン日本理事の百野公裕氏と設立した後、グラミン日本を設立した。
先進国と呼ばれる日本でも、貧困層は存在する。グラミン日本では、貧困や生活困窮の状態にある人々に低利息・無担保で少額融資を行い、こうした人々が起業や就労により、困窮から脱却し、自立することを支援する。
グラミン日本は一般社団法人であり、日本貸金業協会会員である。日本信用情報機構(JICC)に加入している。
グラミン日本の特徴
グラミン日本の主な特徴は「グループ融資」「金融機関トレーニング」「センターミーティング」にある。
グラミン日本は、グラミン銀行と同様「グループ融資」という融資形態を採用している。グラミン日本へ同時期に(融資を)申し込んだ人を5人ずつ抽出し、契約後は各グループ単位で融資を行っていく。また、最初に融資を受けられるのはグループのうち2人であり、その後は返済状況を見ながら3人目に融資できるか判断していく(2:3方式)。さらにその後の追加融資もグループ内の返済状況で判断される。
グラミン日本で融資を受けるには「説明会」と「金融トレーニング」の参加が必須だ。「説明会」は公式サイトから申し込むことができ「金融トレーニング」は5人1組のグループ形成が終わった後に行われる。利用者はここでグラミン日本のルールや金融知識などを教わる。
他にも債務者に義務付けられていることとして、月2回の「センターミーティング」への参加が挙げられる。この条件があるため、融資を受けられるのはグラミン日本の事務所近辺に住んでいる人に限られる。
センターミーティングでは主にグループ内における融資を受ける順番の決定や、借入金の運用状況や返済の進捗状況の報告などを行う。そのほかにもグループ内の結束や成長を促すため、お互いの事業内容の相談やフォローアップなども行われる。
投資対象としてみたマイクロファイナンスの在り方とは?
MIV(Microfinance Investment Vehicles)とは?
グラミン銀行の成功などもあって、マイクロファイナンスは投資対象としても着目されている。ただ、一般の人がむやみやたらとマイクロファイナンスに参加しようとしてもうまくいかないだろう。そこでマイクロファイナンス投資ビークル(MIV:Microfinance Investment Vehicles)という機関が登場した。MIVはマイクロファイナンスへの投資を仲介する機関で、投資ファンドや共同組合から構成されている。
MIVのお陰で、投資家は慈善事業から利益も得ることができるようになった。MIVによる投資額は、2004年に6億4,000万ドル、2008年には66億ドルと急増している。今後数年で200億ドル規模になると予測されている。
マイクロファイナンス機関への貸出債権を束ねた証券化商品が主な投資商品
有名なMIVとしては、たとえばスイスのブルーオーチャード(BlueOrchard)やレスポンス・アビリティ(responsAbility)、アメリカのディべロッピング・ワールド・マーケット(Developing World Markets)が挙げられる。これらのファンドはマイクロファイナンス投資を専門に実施している運用会社で、MFIへの貸出債権を束ねた証券化商品を主な投資商品としている。
日本でも大和証券が「大和マイクロファイナンス・ファンド」を販売している。また、世界最大のマイクロファイナンス・ファンドである「オイコククレジット」の日本法人も設立されている。
その他日本企業の取り組み
・五常・アンド・カンパニーやFundsの取り組み
1円から貸付投資が可能な「ファンズ(Funds)」を運営しているファンズ株式会社は、「五常・アンド・カンパニー」を借り手とする「五常・アンド・カンパニー・マイクロファイナンスファンド」を2022年2月22日にローンチした。
五常・アンド・カンパニーは5カ国8社のグループ会社を通じて、発展途上国でマイクロファイナンスを展開するホールディングカンパニーだ。2014年7月に設立され、2030年までに50カ国1億人以上に融資を行うことを目標としている。インド、カンボジア、スリランカ、ミャンマー、タジキスタンの現地法人を含むグループ全体の従業員数は約8,000人、融資残高は約800億円にのぼる(2022年8月時点)。顧客の95%は女性で、そのうち82%は農村部で暮らしている。2022年6月には「日本スタートアップ大賞2022 経済産業大臣賞(ダイバーシティ賞)」を受賞した。日本発のマイクロファイナンス企業の代表格だ。
ファンズ株式会社はこれまで、上場企業を中心とした50社が組成する166のファンドを組成してきた。2022年1月末日時点で分配遅延、貸倒れ0件の実績がある。
・ZUUとファルスの取り組み
株式会社ZUUとファルス株式会社は、2021年6月28日に資本業務提携を締結、ファルスグループが行っている新興国向けのマイクロファイナンス事業に対して、ZUUの子会社「COOL」による融資型クラウドファンディングを活用したファンド組成を行う。
まとめ:マイクロファイナンスは利益と公益を兼ね備えた成長産業
マイクロファイナンスとは、貧困層や低所得者の経済的自立を目的としてスタートした金融サービスの総称である。少額資金の貸付や貯蓄、保険など小規模のサービスを提供する。マイクロファイナンスの意義は貧困の削減と撲滅にある。日本にも「グラミン日本」が存在しており、低所得者に対して積極的な融資や金融、ビジネスの教育を行っている。
返済率が非常に高く、利益率も高いマイクロファイナンスは、投資対象としても注目されている。証券化商品やクラウドファンディングを通じて誰もがアクセスでき、社会貢献ができると同時に利益を得ることもできる。マイクロファイナスは成長産業として、今後ますます伸びていくことが予想される。
文:暗堂史咲(あんどうしさく)