この記事は2023年1月6日に「The Finance」で公開された「洋上風力発電事業の最新動向とプロジェクトファイナンス」を一部編集し、転載したものです。
2020年の秋田港・能代港洋上風力発電事業へのプロジェクトファイナンス組成を皮切りに、洋上風力発電事業に対する融資が大きな注目を集めている。本稿では、洋上風力発電事業を巡る最新動向を概観した上で、その資金調達で用いられるプロジェクトファイナンスという手法について基本的な考え方を紹介し、洋上風力発電事業における特有の留意点について解説する。
目次
洋上風力発電事業の最新動向
(1)洋上風力発電とは?日本で注目される背景
近年洋上に風車を設置して風力発電を行う洋上風力発電事業が大きな注目を集めている。洋上風力発電は、遠浅の海や良好な風況といった自然環境に恵まれ、海底油田等の洋上産業が存在する欧州で先行して商業化が進められたが、周囲を海に囲まれた日本においても大きな期待が寄せられている。
洋上風力発電は、クリーンな再生可能エネルギーであることに加えて、陸上風力発電や太陽光発電等他の再生可能エネルギー発電に比べて、①洋上は風速が早く風況も安定しており、昼夜を問わずに発電できるなど安定的な発電が期待できる、②陸上に比べて立地制約や騒音・景観等の問題が少ないため大型化・大量導入によるコスト低減が見込めるといった利点がある。
このような洋上風力発電は、2050年カーボンニュートラルという目標に向けた再生可能エネルギーの主力電源化の切り札と位置付けられており、2021年10月22日に策定された第6次エネルギー基本計画においても洋上風力の案件形成加速が謳われ、政府は2030年までに10GW、2040年までに30-45GWという具体的な導入目標を掲げ、海域利用に関する新法の制定や系統・港湾等のインフラ整備等、洋上風力発電の事業環境の整備を急ピッチで進めている。
(2)洋上風力発電の最新の事業環境
洋上風力発電の事業化については、洋上産業の先例の少ない日本では海域利用のルールが未整備である、漁業者等の海域の先行利用者との利害調整の場がない、洋上工事等に必要となる基地港湾等のインフラが存在しない等の解決すべき課題が多数存在したが、順次これらの課題への対応が進められ、足元では洋上風力発電の事業化の準備は整い、さらなる案件拡大に向けた検討が進められている状況にある。
具体的には、①海域利用のルール整備として、2016年には港湾法が改正され、2019年には海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律(「再エネ海域利用法」)が施行され、港湾区域と一般海域について「公募占用制度」が導入された。②再エネ海域利用法では、先行利用者との合意形成の場として「協議会」制度も導入されている。また、③洋上工事インフラについては、2020年の港湾法改正により海洋再生可能エネルギー発電設備等取扱埠頭(基地港湾)制度が導入され、政府が基地港湾を指定、整備して発電事業者に長期間貸し付ける制度が開始された。この他、④「日本版セントラル方式」として、事業検討初期段階の各種調査等(風況調査、海底地盤調査、環境アセスメントの初期手続、系統確保等)を政府や政府に準ずる主体が実施することで、迅速・効率的な調査等を可能とし、複数事業者による重複を回避する方策も検討されている。
このような事業環境整備の進展を受けて、港湾区域については2020年2月に秋田港・能代港の2つの港湾における日本で初めての商業ベースでの洋上風力発電事業の事業化と融資契約の締結が公表され、続いて2022年9月には石狩湾新港における洋上風力発電事業に係る融資契約の締結が公表されるなど、着実に案件の事業化が進められている。また、一般海域についても再エネ海域利用法に基づく公募手続が進められ、2021年6月には長崎県五島市沖の海域、2021年12月には秋田県能代市・三種町・男鹿市沖、秋田県由利本荘市沖及び千葉県銚子市沖の各海域について事業者が選定され、これに続いて現在も多くの海域で洋上風力発電事業の検討が進められている。政府が掲げた導入目標のもと、今後も引き続き港湾海域・一般海域の双方で多数の洋上風力発電の事業化が期待されている。
プロジェクトファイナンスによる資金調達
(1)プロジェクトファイナンスの特徴と融資の実務
洋上風力発電事業は、一般に多額の事業費を要する大型事業となる。また、洋上風力発電事業の実現にあたっては、売電、工事、保守・運営、官公庁との折衝、地元との調整等の多岐にわたるタスクが必要となることから、多数のスポンサー企業がコンソーシアムを形成して事業を実施することが多い。このような特徴を有する洋上風力発電事業では、対象事業を実施するために設立された特別目的会社(「SPC」)がプロジェクトファイナンスにより資金調達を行うことが好まれる。実際に、既に公表されている秋田港・能代港の案件及び石狩湾新港の案件ではいずれもプロジェクトファイナンスによる資金調達が行われている。
プロジェクトファイナンスとは、①特定のプロジェクトを対象とし、②原則として融資の返済原資がプロジェクトが将来生み出すキャッシュフローに限定され、③担保の対象も当該プロジェクトを構成する資産に限定されるファイナンスの手法をいう。
プロジェクトファイナンスにおいては、融資の対象となるプロジェクトをスポンサーから切り出すために、スポンサーが設立するSPCが事業主体・借入主体となり、スポンサーは当該SPCへの出資の限度でリスクを負担し、直接レンダーに融資を返済する責任を負わないことが一般的である(リミテッドリコース/ノンリコースのファイナンス)。また、融資対象のプロジェクトは一般的に長期の事業期間を通じて売電収入等の収益を生み出す事業が多く、これを原資に長期にわたって融資を返済することが想定されているため、不動産融資等のアセットファイナンスとは異なり、資産の処分による融資の回収は困難という特徴を持つ(キャッシュフローファイナンス)。
かかる特徴を踏まえて、レンダーはプロジェクトの継続性を確保し、万が一融資の返済が滞る場合にはプロジェクトへのステップインを可能とするため、原則としてプロジェクトを構成する全ての資産に担保を設定する(全資産担保)。もっとも、上述のとおりあくまでもSPCが計画通りにプロジェクトを完遂し、そこで生み出されたキャッシュフローで融資を返済することが原則となるため、プロジェクト関係者の間で適切にリスクを分担することでSPCに残存するリスクを最少化し、プロジェクト破綻の可能性を可及的に低減することがプロジェクトファイナンスの組成にあたって最大の目的となる(リスクアロケーション)。具体的には、①各種専門家を起用してデューディリジェンスを実施しプロジェクトに係るリスクを洗い出し、②プロジェクト関連契約の交渉や保険の活用、財務・金融手法等の手段を用いて、個別のリスクについて最も対応能力が高い当事者にリスクを引受けてもらうことにより、最も効率的にプロジェクト全体としてのリスクを手当てし、SPCに残存するリスクを最少化することを目指すことになる。このようなリスクアロケーションを通じて金融機関として融資可能な状態となったプロジェクトを「バンカブル」なプロジェクトと呼ぶことがある。
(2)発電事業におけるリスクとその対策
以下では、一般的な発電事業における(1)建設期間のリスク、(2)操業期間のリスク、(3)自然災害リスク、(4)その他のリスクについて、主要なリスク項目とその具体例を示すとともに(表1)、リスクアロケーションの一例を表形式でまとめている(表2)。この表はあくまで一例であるが、個別の案件ごとの事情を踏まえて、スポンサー(及びそのFA)と金融機関を代表するアレンジャーが中心となりリスクの検証とその対策を協議して、バンカブルなプロジェクトに仕立てていくことがプロジェクトファイナンス組成プロセスの中心作業となる。
表1 主要なリスク項目とその具体例
(1) 建設期間のリスク | |
・完工リスク | 建設工事が予定した工期に完了しない完工遅延のリスク(タイムオーバーラン)や工事費用が予算を超過するリスク(コストオーバーラン)等 |
・性能未達リスク | 建設工事が完了しても工事契約の仕様書で規定した性能(発電効率、稼働率等)を達成できないリスク等 |
(2) 操業期間のリスク | |
・売電リスク | 発電量の低下、買取量の低下、売電価格の低下等による売電収入低下リスク、電気購入者による代金不払リスク等 |
・操業保守リスク | 保守作業の遅滞や操業中の事故による操業停止や補修部品、作業人員の確保困難による操業停止の長期化等のリスク等 |
・性能低下リスク | 発電設備の性能低下や故障のリスク等 |
(3) 自然災害リスク | |
・建設期間 | 建設期間における台風、地震等による出来形損壊のリスクやこれによる完工遅延のリスク等 |
・操業期間 | 操業期間における台風、地震等による発電設備損壊のリスクやこれによる操業停止のリスク等 |
(4) その他のリスク | |
・金利変動リスク/為替リスク | 金利や為替の変動リスク等 |
・インフレリスク | 燃料費、輸送費、人件費等のインフレリスク |
・法令変更リスク | 事業の前提となる法制度の改正リスクや新たな法規制導入によるコスト増加リスク等 |
洋上風力発電事業に対する融資に特有の留意点
日本では先行する欧州の知見も活用して最初期の案件からプロジェクトファイナンスによる資金調達が行われているが、洋上風力発電は世界的にみても比較的新しい事業類型で、先行する欧州でもプロジェクトファイナンスによる資金調達が本格化したのは2010年代以降であり、案件の蓄積が必ずしも多いわけではない。これに加えて、日本と欧州では法制度や気象条件等が異なることから欧州の知見をそのまま活用できる場面は限定的であり、日本における洋上風力発電事業に対するプロジェクトファイナンスの組成にあたって新たに検討すべき課題は多い。以下ではその中で代表的なものをいくつか取り上げたい。
(1)洋上工事の完工リスク
洋上の工事は陸上の工事に比べて難易度が高く、コストも高くなるため、陸上風力発電の工事に比べて洋上風力発電の工事では完工リスクに対する慎重な手当てが必要となる。
さらに、洋上風力発電に関する工事は洋上風車関連、海底基礎関連、海底ケーブル関連、陸上電気設備関連、港湾施設関連など洋上から陸上、土木から電気設備まで多岐にわたる工事が必要とされるため、プロジェクトファイナンスで一般的な単独のコントラクターとの間のフルラップのEPC契約の締結は実務上困難であり、複数のコントラクターとの間で複数のEPC契約を締結することが必要となる。一般にコントラクターの数が増えるほど契約管理や施工管理の難易度は増し、コントラクター間のインターフェイスリスク(業務範囲や責任範囲の溝)も増大するため、建設JVの組成や元請・下請関係の構築等によって適切なコントラクター体制を構築することが重要となる。このような契約管理・施工管理の観点から、洋上風力発電事業に経験を有するスポンサーが建設管理企業(EPCマネージャー)として工事に関与する例も見られる。
特にインターフェイスリスクについては、(1)施行前の段階では各工事の業務範囲の分担に抜け漏れがないか、(2)工事段階では関連工事間の連携が十分か、後続工事への悪影響に適切な手当てがなされているか、(3)完工後の段階では工事の遅延や事後的に発覚した瑕疵(契約不適合)に対する責任の所在が明確かといった視点から、それぞれEPC契約において適切な手当てを検討する必要がある。
(2)洋上風力発電所の操業・保守リスク
風力発電では風車1本の操業停止による発電所全体の発電量に対する影響が大きく、また、風車タービン等の主要機器について海外製品を利用することが多く代替部品の調達にかかる時間とコストが大きくなりがちなため、適切なメンテナンス体制を構築して発電所の稼働率を確保することが重要となる。さらに洋上風力発電の場合には、発電所が洋上に存在することからメンテナンス作業のためにCTV船のような特殊な資機材や洋上工事技術者等の確保が必要となるため、メンテナンス体制の構築、評価には特に慎重な検討が必要となる。
この点、プロジェクトファイナンスによる資金調達を行う場合、一般にレンダーの立場からは、十分な経験と信用力のあるタービンメーカーやO&M企業に対するメンテナンス業務の委託を通じた外部業者によるリスク負担が好まれる。他方で、スポンサーの立場からは、対象案件に特化したメンテナンス体制を構築してより効果的に稼働率を確保しつつメンテナンスコストの低減を達成するため、スポンサーやSPCによる操業保守業務の内製化が希望されることも多く、この点が融資条件の交渉における重要な論点となることがある。かかる内製化の要望については、スポンサーの同種業務の実績・経験やSPCに対する人材派遣等を通じたメンテナンス体制の実態等について、技術コンサルタントによる評価も踏まえて検討することが必要となる。
(3)洋上風力発電における自然災害・悪天候のリスク
洋上風力発電に関する工事や操業保守作業については、作業現場が洋上であることから船舶を用いた作業が必要となるため、陸上の作業に比べて自然災害や悪天候の影響を受けやすいという特徴がある。特に日本近海は欧州に比べて、地震、津波、落雷、夏季の台風や冬季の荒天といった厳しい風況、これを受けた波浪のうねりといった風力発電に悪影響を及ぼす事象が多いといわれており、これらの対策について慎重な検討が必要となる。
地震や台風等の自然災害については、契約上はいわゆる「不可抗力」として扱われコントラクターにリスクを転嫁することが難しいため、保険によるリスクカバーが基本となる。なお、複数のコントラクターやサブコントラクターが並行して作業することが想定される洋上工事では、保険の重複を避け、また、過失責任の原則に基づく立証の困難や裁判等の手続に要する時間を回避するため、契約上関連当事者が原因・過失に関係なく自己及びそのグループの財物や人員への損害リスクを負う旨を規定し(いわゆるKnock for Knock条項)、自ら負担したリスクについて保険を手配することがある。日本でもこのような保険アレンジメントが採用される例が増えてきたが、リスクを負担する「グループ」の範囲等の契約交渉については、保険コンサルタントとも協力して慎重な検討を行う必要がある。
また、自然災害/不可抗力に至らない強風等の悪天候であっても、船舶の航行に危険を生じさせるなど洋上工事への悪影響を生じることがある。洋上工事に関するEPC契約では、このような悪天候リスクへの対応が重要な論点の一つとなる。例えば、洋上作業が困難となる悪天候の条件を詳細に合意し、工事期間においてかかる悪天候が生じることが想定される日数をP-50等の一定の条件で算出し、これを予め工期の猶予期間として組み込んでおくといった対応がとられることがある。
最後に
以上みてきたように、洋上風力発電事業にはこれまでプロジェクトファイナンスの対象となってきたプロジェクトでは問題とならなかったような新しい課題が多数存在する。他方、カーボンニュートラル達成に向けて再生可能エネルギーの導入を進めるにあたって洋上風力発電事業の果たす役割の大きさは論を待たない。金融機関としても、先進的な案件に取り組むスポンサーに寄り添い、創造的なスタンスで融資組成の可能性を追求し、洋上風力発電事業という新規性の高い事業の実現、拡大の助けとなることが期待されており、本稿がそのような金融機関の一助となれば幸いである。
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金融機関からみた洋上風力発電事業を巡る最新実務
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弁護士
2010年森・濱田松本法律事務所入所。プロジェクトファイナンスを主要な業務分野とし、みずほ銀行プロジェクトファイナンス営業部への出向やAshurst LLP勤務を通じて国内外の多数のプロジェクトファイナンス案件に従事。秋田港・能代港案件を含む多数の洋上風力発電事業に事業者・金融機関のアドバイザーとして関与