大手投資企業が続々とプライベートクレジット(*1)事業の強化に乗り出している。今回は、プライベートエクイティとベンチャーキャピタルに次ぐオルタナティブ資産であり、2026年までに約339兆円規模に成長すると期待されているプライベートクレジット市場の動向をレポートする。
*1:銀行以外の主体が民間(投資家)から集めた資金を企業に融資する手法。「プライベートデット(Private Debt/未公開債務)」と呼ばれることもある。
過去10年間で市場規模が4倍に
リーマンショック以降の金融規制改革や超低金利環境を背景に、プライベートクレジット市場は目覚ましい成長を遂げた。Institutional Investors(インスティテューショナル・インベスターズ)の推計によると、過去10年間で市場規模は4倍に拡大し、ファンドの運用総額は2022年8月の時点で1兆ドル(約130兆6,506億円)を突破した。一部の専門家は、2026年までに2兆6,000億ドル(約338兆6,895億円)規模に成長すると予想する。
プライベートクレジット投資のリスクレベルは投資対象となる企業の信用度や融資条件などにより異なるものの、プライベートクレジットファンドには信用格付けがなく、借り手のレバレッジが高い傾向があることから信用リスクを伴う。流動性の低さを指摘する声も多い。
その一方で、他の債権資産より利回りが高く、安定したリスク調整後リターンを期待できるというメリットがある。歴史的に見て、金利の上昇が経済に圧力をかけている状況下においても回復力が高いことが証明されており、現在のような不安定な市場環境下で安定した利回りとポートフォリオの多様化を求める投資家にとっては、非常に魅力的な投資対象となっている。
プライベートクレジットの融資手法にはディストレスデット(*2)やメザニンファンド(*3)、スペシャル・シチュエーション(*4)などがあるが、市場の成長を牽引しているのは主に銀行から融資を受けられない、あるいは早急に資金を必要とする中小企業に融資を行うダイレクトレンディングだ。近年はダイレクトレンディングが、プライベートクレジット市場の大半を占める規模に成長している。
*2:財務内容が悪化した企業の債権(不良債権)
*3:ミドルリスク、ミドルリターンを狙うファンド(劣後債権)
*4:特別な状況への投資
このような傾向は米国や欧州の主要国で強く見られ、融資市場の勢力図にも変化が現れている。
大手企業間でPC事業強化が加速
さらなる需要の増加を見込み、「Fidelity」 と「Credit Suisse」のようにオルタナティブ投資商品のラインアップを拡充すると同時に、プライベートクレジット事業を強化する大手企業が増えている。
Fidelity
「Fidelity Investments(フィディリティ・インベストメンツ)」は、2021年に立ち上げたダイレクトレンディング事業に続き、2023年1月には同社初の事業開発会社(BDC)である「Fidelity Private Credit Fund」を設立した。クレジットに特化した独自のリソースとグローバルなネットワークを活用し、主に民間企業へのダイレクトレンディングを通して、信用度の高いプライベートクレジットファンドを提供することが目的だ。 同ファンドは「Fidelity Institutional(フィディリティ・インスティテューショナル)」のオルタナティブ投資プラットフォームを介して、年間所得および純資産がそれぞれ7万ドル(約914万円)以上、あるいは純資産25万ドル(約3,265万円)以上を保有する適格個人投資家向けに提供される。
提携先である米FinTech企業「iCapital(アイキャピタル)」や「CAIS」のオルタナティブ投資プラットフォームでも近日中に取り扱いを開始する予定だ。
Credit Suisse
一方、「Cresit Suisse Asset Management(クレディ・スイス・アセットマネージメント)」のクレジット部門である「Credit Investment Group(クレジット・インベストメント・グループ)」は、同社初のプライベートクレジットファンド「Private Credit Opportunities(プライベートクレジット・オポチュニティーズ/PCO)」のローンチにあたり、機関投資家や個人投資家から17億ドル(約2,219億9,184万円)相当のエクイティ・コミットメント(*5)を獲得したことを2022年7月に発表した。レバレッジを含めると、総額30億ドル(約3,918億円)以上の融資可能な資金を有することとなる。
*5:新株予約を用いて金融機関から資金を調達する方法
PCOは年間収益5,000万ドル(約65億3,073万円)以上の欧米中堅企業へのダイレクトレンディングに重点を置いたファンドで、ファーストおよびセカンドリーン(*6)、ユニトランシェファイナンス(*7)、優先株式などを提供することにより、投資家にとって魅力的なリスク調整後リターンを生む出すよう設計されている。
*6:第1および、第2順位抵当権付きローン
*7:優先債務と劣後債務を1つにまとめたハイブリッドローン
専門分野を対象とするプライベートクレジットファンドにも注目
大手投資企業がFinTech企業と提携してプライベートウェルスの流通チャネルを拡大する一方で、特定の専門分野を対象とするプライベートクレジットファンドへの注目も高まっている。
たとえば、2023年1月に「iCapital」および英ウェルステック企業「Allfunds(オールファンズ)」との提携を発表した米投資企業「Blue Owel Capital(ブルーオウル・キャピタル)」は、高度成長中のソフトおよびテクノロジー未上場企業に焦点を絞ったファンド「Software Direct Lending Strategy(ソフトウェア・ダイレクトレンディング戦略)」を展開している。
「Allfunds」の顧客は「iCapital」のフィーダーファンド(*8)を介して「Blue Owel」のプライベートクレジットファンドにアクセスすることにより、資本効率の高い有望ITビジネスを収益源にできる。
*8:もとのヘッジファンド(=マスターファンド)に少額から投資できるように組成されたファンドのこと。あるいは運用する資金を他のファンドに投資できる投資信託。
その他、不動産やインフラ、エネルギーなどに特化したプライベートクレジットファンドもある。これらのオルタナティブアセットクラスを組み合わせることで投資家は、リスクヘッジを組み込んだ戦略的な投資プランを構想することができる。
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プライベートクレジットはまだ機関投資家や富裕層向けの投資商品であり、一般の投資家にとっては敷居が高い投資対象であることは事実。しかし、プライベートクレジット市場に新風が吹き込んでいることは間違いなく、今後革新的なアイデアをもつ新たなプレーヤーが出現するなど、プライベートクレジットの民主化が進む可能性も予想される。