特集「令和IPO企業トップに聞く 〜 経済激変時代における上場ストーリーと事業戦略」では、IPOで上場した各社のトップにインタビューを実施。コロナ禍を迎えた激動の時代に上場を果たした企業のこれまでの経緯と今後の戦略や課題について各社の取り組みを紹介する。
アディッシュ株式会社は、カスタマーサクセスによるスタートアップ企業の成長支援をする事業と、企業向け誹謗中傷・炎上対策、学校法人向けネットいじめ対策サービスなどを提供している企業だ。さまざまな企業の成長をカスタマーサクセスで支援するトップパートナーを目指している。今回は、代表取締役である江戸浩樹氏にアディッシュ株式会社の強みや今後の展望について話をうかがった。
(取材・執筆・構成=山崎敦)
アディッシュプラス株式会社取締役やadish International Corporation取締役会長、一般財団法人全国SNSカウンセリング協議会理事(以上、現任)なども兼務している。
顧客サポート代行やインターネット監視が主流で公立・私立学校向けネットいじめ対策なども行っていることが特色。案件の順調な積み上げにより、2022 年 12 月期通期連結売上高は、過去最高の 34 億 2000 万 円、営業利益 9,800 万円、当期純利益 7,700 万円に着地。
スタートアップ企業の支援に大きな強み
―― アディッシュ様のカンパニープロフィール、現在の事業内容についてお聞かせください。
アディッシュ代表取締役・江戸浩樹氏(以下、社名・氏名略):弊社は、2014年10月に法人設立し、私が前職で担当していた3つの事業をスピンアウトする形で会社化しました。上場は2020年3月なので、約3年前になります。設立から約6年で上場し、2023年時点で10期目に入りました。メインとなる事業は、カスタマーリレーション事業部です。
特にスタートアップ企業の成長をカスタマーサクセスで支援することに注力しています。カスタマーサクセス支援は、例えばBtoBの企業でしたらお客様との契約後、BtoCの企業でしたらユーザーによるサービス利用開始後が弊社の領域です。「自分たちの顧客といかに長く深く良好な関係を保っていくか」、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)の向上を支援する事業を行っています。
例えばBtoBのSaaS型のサービスを取り扱うようなスタートアップの企業であれば、実際にそのサービスを契約した企業の解約率が低いほうがLTVは上がるため、スタートアップ企業の価値が高くなる傾向です。そのため「契約企業がどのような状態であれば解約せずにサービスを継続するか」といった分析や、実際に施策を実行するにあたり、コンサルティングからオペレーションの運用までを通して、顧客企業と共に解決していくことを行っています。
―― 創業から上場に至るまでさまざまな変化があったかと思いますが、事業がどのように変遷してきたのかお聞かせください。また上場後に大きく変化した点について事業、金融の2つの観点でお聞かせください。
江戸:弊社は、もともとインターネット上の投稿やカスタマーの声をモニタリングする事業から始まっています。そこに付随する形でカスタマーサポート、カスタマーの声にどのように対応して、改善していくかを続けてきました。
現在は受動的なカスタマーサポートから、「顧客を成功に導く」能動的なカスタマーサクセスに注力しています。 現代は、社会全体がカスタマーサクセスという分野に興味や関心が高まっています。 特にスタートアップの企業にとっては「カスタマーサクセスの成功が成長につながる」という認識が広まり、近年は市場拡大も目覚ましいものです。そのため弊社の「事業が変化した」というよりは、時代とともに「進化していった」という流れかと思います。もちろんお客様のサポートを行う軸自体は、変わっていません。
社会の状況や今後の流れを踏まえていえば、特にスタートアップ企業のカスタマーサクセス支援の分野が伸びていることから、今後も伸ばしていきたいと思っています。LTVの改善などは、分析だけでなく施策の実行も含まれていますので、そういった部分に弊社の事業の変遷があるのではないでしょうか。
もう一つの事業軸としては、新ビジネスに挑戦されているスタートアップ企業の支援です。弊社は、昔から「SNSを提供している企業」「口コミサイトの運営をする企業」「アプリ提供の企業」「ゲーム」、「フィンテック」など、スタートアップが生み出した新しい領域でビジネスを展開していくことが得意でした。今、D2Cのような直接カスタマーに販売するような企業をはじめ、医療向けや建設向けのSaaS提供企業も支援しており、スタートアップのカスタマーサクセスに特化しているからこそ対応ジャンルが増え、事業が伸びてきているのかなと思います。
上場後に変化した点(事業面)
事業面では、弊社も年数でいえばまだまだスタートアップの会社ですが、幸いにも2020年に上場することができました。その実績をもとにアドバイスを行っているので納得感・信頼感を持ってお話を聞いていただくことができているかと思います。いわゆるスタートアップの企業がまず目指すようなエグジットを経験し、上場を目指す企業が通るプロセスを実体験のノウハウを持っていることは弊社の大きな強みです。
最近では「大企業内スタートアップ」というものも非常に増えています。大手企業は、信用力を大事にしている傾向です。弊社が上場している事実は、お付き合いさせていただくうえで非常に有利に働いていると思います。
上場後に変化した点(金融面)
金融面でいえば、当然資金調達の対応といった点でしょうか。今後、現在の事業が成長していくとM&Aや外部企業との提携など選択肢が増えていくことも予想されるため、しっかりとアクションが取れるようにしていきたいと思っています。
―― プロダクトを取り扱う企業様ではなく、サービス分野を取り扱う企業様に対してはどのようなサポートをされていますか?
江戸:基本的には、プロダクトを取り扱う企業のほうが多いです。ただリピーターを獲得したり解約を防いだりするための先行指標「ヘルススコア」をどう設定するかなどは、サポート分野の企業も変わりません。解約は、遅行指標になるので「先行的に取れる指標は何か」というところから分析が始まると考えています。
サービスの金額やコミュニケーションの頻度などの分析で仮説立てを行い改善していくことで、数字は良くなっていくものだと思っています。もしかすると分析した結果が「優秀な営業担当がいたから」といったような俗人的な理由になるかもしれません。ですが、その担当者がどのように業務を行っているかを分析することで事業全体に活かすようなことも可能だと思っています。
―― 今後、顧客層の幅を広げていくような展望はありますか?
江戸:現時点では、スタートアップの企業にフォーカスする予定ですが、弊社ではスタートアップの定義を広めにとっています。例えばグロース市場に上場したばかりの企業もスタートアップだと思っていますし、大企業内のスタートアップも同様です。そこに日本でビジネス展開を狙う海外のユニコーン企業などの情報も入るため、そのあたりが顧客層を広げるポイントだと思っています。
すでに事例としてもありますし、新しいお話もいくつかいただいています。また長期的な目線としては、大企業もスタートアップ的なビジネスを行わないと企業継続が難しくなるような時代が加速していくと思っています。その際は、商圏を広げられる可能性が高く、弊社でカスタマーサクセス支援を拡大することも視野に入れています。
成長著しいカスタマーサクセス分野で日本の経済成長に貢献していく
―― 激動の時代に上場されたというお立場から、日本経済が直面している課題と今後の日本経済の動向についてお考えをお聞かせください。
江戸:大局的なことをいいますが、今の日本は、なかなか成長しづらい社会であることは残念ながら間違いありません。端的な人口動態においてもそうですし、諸外国に比べて起業しづらい性質があると思っています。そのため「日本経済全体が成長しづらくなっている」というのは事実といえるのではないでしょうか。
一方で、それでいいとも思っていません。日本全体がそうであっても伸びる会社ももちろんいらっしゃいますし、海外展開も可能です。弊社も取り組んでいる最中ですが、やはりスタートアップの企業様が大きく育っていくことが、結果として日本経済が成長していくことにつながると思っています。
日本の人口は、減少傾向にありますが、何もプロジェクトメンバーを日本人だけで組む必要はありません。例えば弊社のお客様にも、代表者は日本人ですがチームメンバーはスウェーデン人などで日本向けのサービスを行っている企業もいます。特に業務のリモート化も進んでいる現在であれば、そういった形態の企業も多いのではないかと思います。
人口動態の問題はありますが、スタートアップ企業がどんどん成長していけば日本経済の発展にも寄与しやすいのではないでしょうか。そういったことも踏まえて、弊社はスタートアップ企業のカスタマーサクセスを行っていくことで日本経済に対しても何か貢献できるのではないかと思っています。
―― アディッシュ様はデジタル領域におけるカスタマーサクセス支援、グロース支援に強みをお持ちですが、同様のサービス領域を持つデジタル支援企業が2023年以降の市場において成長していくためのポイントは何だとお考えでしょうか。
江戸:デジタル領域が成長していくのは当然ですが、弊社のような事業領域は日本でも珍しく、成長が期待できる領域であることは間違いないと思っています。日本では、成功する企業が増えていくなかでリスクマネーも大きくなるといったような「スタートアップのエコシステムがどんどんと大きくなっていくことを狙う」という国策でも取り上げられ始めている傾向です。
そういった分野が大きくなればなるほど、市場規模も大きくなっていきます。たくさんの起業家が挑戦し、たくさんの成功が生まれていけば当然市場も大きくなっていくでしょう。弊社は、そこをしっかりと支援していきたいと思っています。スタートアップ企業とデジタルは密接な関係で、ローテク産業が対象でも何かしらのデジタル技術やデジタルサービスを前提にビジネスを行っています。
そのためスタートアップ企業のサイクルが大きくなればデジタル領域だけでなくスタートアップ領域も広がっていくでしょう。これらは、日本の産業にとっても非常に大事なことなのではないかと考えています。
―― 現在のビジネスにおける課題はありますか?
江戸:2つあります。
1つ目は「単純に会社としての認知度がまだあまり高くない」というところです。成功事例はたくさんできていますし、弊社が支援に携わりIPOした企業も増えてきていますので、もっと認知度を広げていくのは大事だと考えています。現在弊社のお客様の獲得経路は、半分以上がご紹介です。しかし弊社としては、もっとマーケティング施策をチャレンジしていきたいと思っています。 たとえば、スタートアップのイベントにスポンサードするようなことでしっかりと認知度を上げていくことも重要です。
2つ目は「人材」です。カスタマーサクセスだけを専門的にやってきた人は、まだあまりいませんので、未経験の人でも、カスタマーサクセス人材として活躍できる教育プログラム「カスタマー サクセスプライムラーニング(CSPL)」を構築しており、これを効率よく展開していきます。
例えばシステム設計やインサイドセールスの経験者は、カスタマーサクセス分野でも活躍できる可能性が高いでしょう。業界はさまざまですが、近しい分野の経験者にとってはとてもチャレンジしがいのあるジャンルだと思っています。採用だけでなく育成もとても難易度が高いので、認知度向上と人材育成を課題にしてアクションしていきたいと考えています。
成長率を高めていきながら事業拡大を狙う
―― 上場からさらに成長していくため、今後の目標、5年後、10年後にアディッシュ様が目指すべき姿についてお聞かせください。
江戸:弊社は、幸いにも創業以来堅調に成長してきたため、スタートアップ企業支援やカスタマーサクセスといった今後拡大する業界に身を置けているという自負があります。そのためしっかりと市場内での立ち位置を作っていけば、これから5年、10年と継続して今以上の高い成長率を狙っていけると思っています。
長期目線の事業としては、SaaS的なプロダクトの開発投資中です。こちらは、AI関連も含めた技術開発で、現状はまだ投資段階のため大きな収益にはなっていませんが、5年、10年単位では大きな収益の源泉になるものを開発できると思っています。
弊社は、コンサルティングから入り実際の業務の支援や運用を行っていくケースが多いです。しかし市場では、カスタマーサクセス領域のツールやサービスを取り扱うベンダー企業も増えていっています。場合によっては、そういったベンダー企業との資本業務提携やM&Aというケースも考えられるでしょう。また自社のキャッシュはもちろんですが、場合によっては資金調達を行って成長を加速させることも視野に入れています。
そのため戦略自体は「現在のものを継続させ成長率を高めていく」というのが本筋です。そこにカスタマーサクセスにまつわるようなツールやプロダクトへの投資やベンダー企業との連携を行い、さらに成長させていくことを考えています。
―― カスタマーサクセス関連のツール開発に関しまして、どのような機能を実装していく予定ですか?
江戸:現状、すでにチャットやカスタマーサポートを行うためのツールはあり、ユーザーとの1対1のコミュニケーションを行うようなサービスを提供するものは一大市場です。ほかにも例えば顧客の声を分析していくような機能であったり、コミュニティマネジメントの機能を備えたりしたツールもあります。
またベンダー企業のなかには、集めた顧客データを可視化して自社の施策と紐づけられるようなツールを提供する企業も。つまりカスタマーサクセスというのは、お客様の行動や内容すべてのことだと思いますので、そこにまつわるような分析ツールや対応ツールは、今後もさらに広がっていくと思います。
一方「マーケティング領域」という視点でいいますと、現在のWebマーケティング業界には分析系をはじめとしたとても細分化した分野まで多岐にわたるツールが多くあります。それと同じことがカスタマーサクセス業界にも起きていくと考えていて、領域が専門化しツールがたくさん生まれていくことで一大市場になっていくと思っています。
―― 激変の時代に新たに上場された企業は投資家・富裕層から注目されています。弊媒体読者へ、メッセージをお願いいたします。
江戸:弊社は、2020年3月というまさにコロナショック時に上場しました。「日本や世界情勢的な危機の際に上場した企業は強い」とよくいわれますが、弊社もそうありたいと思っています。幸いにもコロナ禍を乗り越えて継続的な成長もできていますので、ここから激変があってもさらに成長していくことができると考えています。
市場としては、おもしろいものが次々に生まれてくる業界に身を置いていると思っていますので、ぜひそういった視点で今後も見守っていただければ幸いです。スタートアップ支援やカスタマーサクセスというのは、日本にとっても大きなテーマになると思います。そのなかでトップパートナーとしてのポジションを取れるような企業を目指していきたいと思います。