特集「令和IPO企業トップに聞く ~ 経済激変時代における上場ストーリーと事業戦略」では、IPOで上場した各社のトップにインタビューを実施。コロナ禍を迎えた激動の時代に上場を果たした企業のこれまでの経緯と今後の戦略や課題について各社の取り組みを紹介する。

HYUGA PRIMARY CARE株式会社は、病院への通院が困難な方の家に処方薬を届ける「在宅訪問薬局事業」をメイン事業としている企業だ。本事業が先進的で人々に理解されない時代からサービスを開始し、超高齢社会の波に乗り2021年12月に株式上場を果たした。

「患者さん(利用者さん)が24時間365日、自宅で『安心』して療養できる社会インフラを創る。」という企業理念のもときらりプライム事業や高齢者施設運営事業などにも事業領域を広げている。本稿では、代表取締役社長である黒木哲史氏にHYUGA PRIMARY CARE株式会社独自の強みや実現すべき世界観、展望などのお話をうかがった。

(取材・執筆・構成=丸山夏名美)

HYUGA PRIMARY CARE株式会社
(画像=HYUGA PRIMARY CARE株式会社)
黒木 哲史(くろぎ てつじ)――HYUGA PRIMARY CARE株式会社 代表取締役社長 / 薬剤師
1978年3月15日生まれ。宮崎県宮崎市出身。2001年3月第一薬科大学薬学部薬学科を卒業後、同年4月にアイワ調剤株式会社入社。その後、株式会社コクミン(2002年4月)、沢井製薬株式会社(2003年4月)を経て、独立。2007年11月にHyuga Pharmacy株式会社(現:HYUGA PRIMARY CARE株式会社)を設立し、代表取締役社長に就任し現在に至る。

兼職として社会福祉法人ひのき会評議員や社会福祉法人彩幸会、全国介護事業者政治連盟の理事も務める。
HYUGA PRIMARY CARE株式会社
2017年11月、福岡県太宰府市で既存の薬局以上のサービス提供を目的としたHyuga Pharmacy株式会社(現:HYUGA PRIMARY CARE株式会社)を設立。2008年1月に福岡県に最初の店舗となる「きらり薬局太宰府店」を開局。同年6月に個人宅や施設向けの訪問調剤サービス、2010年9月には居宅介護支援事業所を開設しケアプラン事業をスタート。

2020年10月に現在の商号に変更。2021年12月東証マザーズ上場を果たす。「24時間365日自宅で安心して療養できる社会インフラを創る」を企業理念に、福岡県と首都圏を中心に在宅訪問薬局「きらり薬局」38店舗、きらりプライム事業(在宅訪問薬局運営のノウハウやシステム、人材・営業の提供)加盟数1,439店舗を展開する。(2022年9月末時点)

目次

  1. HYUGA PRIMARY CARE株式会社の事業ドメイン
  2. 主軸事業を選択・展開した目的ときっかけ
  3. HYUGA PRIMARY CARE株式会社の競合他社にはない強みとは
  4. 上場して起きた変化
  5. 日本経済が直面している課題と今後の動向
  6. HYUGA PRIMARY CARE株式会社が目指す世界観
  7. HYUGA PRIMARY CARE株式会社から皆さまへのメッセージ

HYUGA PRIMARY CARE株式会社の事業ドメイン

── 現在の事業内容や事業ドメインについてお聞かせください。

HYUGA PRIMARY CARE株式会社代表取締役社長・黒木哲史氏(以下、社名・氏名略):弊社の主な事業は、大きく分けると「在宅訪問薬局事業」「きらりプライム事業」「高齢者施設運営事業」の3つあります。

在宅訪問薬局事業

創業当初より手がけている在宅訪問薬局事業は、薬局や病院への通院が困難な方に、薬剤師が家まで訪問し処方薬のお届けと服薬指導を行うサービスです。今までは、病院に行って処方箋をもらい、近くの調剤薬局で薬を受け取る流れが当たり前でしたが、それが難しい方はたくさんいます。超高齢社会のなかで大きく伸びている事業です。

きらりプライム事業

2019年から開始したボランタリー事業が「きらりプライム事業」です。これは、フランチャイズ形式に似ており、在宅訪問薬局運営のノウハウ、システム、人材・営業を加盟店に提供するサービスになります。

高齢者施設運営事業

高齢者施設運営事業は、これから本腰を入れて取り組んでいく分野で、今まで構築してきたネットワークやノウハウをもとに自分たちで高齢者向けの介護施設を運営していくものです。少子高齢化が課題となるなか、弊社が社会問題解決の一助となるための価値提供分野として、事業領域を広げています。

▼HYUGA PRIMARY CARE株式会社の主要3事業

主軸事業を選択・展開した目的ときっかけ

── 御社は「在宅訪問薬局事業」など、今までにない業態の事業を展開されています。この分野に挑戦したきっかけをお聞かせください。

黒木:私は、もともと製薬会社の営業をしていました。営業先を訪問するなかで、医療が病院だけでなく在宅へシフトしていく流れを感じました。実際に厚生労働省も在宅医療を推進する方針を定めていますし、2000年には介護が必要になった高齢者を社会全体で支える「介護保険制度」が開始されました。超高齢化は進む一方で病院のベッドは減らされていくので、在宅医療が必要とされる環境なのです。

そんななか、現場で知ったのが高齢者の一人暮らしの凄惨さです。なかには掃除ができず、ゴミ屋敷のような場所でなんとか生き延びている方もいます。そんな高齢者の助けになりたいと「在宅訪問薬局事業」を始めました。

── 非常に順調に成長されていますが、ここに至るまでに障壁はありましたか?

黒木:当初は「在宅訪問薬局事業」をメインで稼働する企業自体が世の中にそうありませんでしたので、周囲の理解を得ることが大変でした。メンバーの採用や教育も、すべて一から始めなくてはなりません。また取引先やお客さまによっては、家の前に置いておく「置き薬サービス」と勘違いされることもありました。「処方箋をきちんと見て、薬剤師が薬をお届けしている」という価値がなかなか伝わらなかったのです。

今では、努力してきた甲斐あって多くのお客さまに弊社のサービスをご利用いただいています。「在宅訪問薬局事業」は軌道に乗ったのですが、医療の現場にいると効率性は二の次で目の前にいるお客さまのケアばかりに気がとられがちです。そこで2019年に取り組み始めたのがボランタリー事業のきらりプライム事業です。

とにかく自分たちだけで仕事を回すのではなくナレッジ事業に転換できたことは、非常に大きい変化でした。労働集約型になりがちな医療業界でも、プラットフォーム化したり新しい事業形態を取り入れたりすることで収益性を高めることができるのです。

HYUGA PRIMARY CARE株式会社の競合他社にはない強みとは

── 競合他社にはない御社独自の強みはどこにあるのでしょうか。

黒木:弊社の強みは、「介護の世界」「在宅訪問の仕組み」の両方の知見を持ち合わせているところです。単に少子高齢化だからといって同じビジネスモデルをはじめても、数多くの制約や条件がある介護業界を知らない人には難しいでしょう。介護の知識や経験がある人材がいることは、会社にとって大きい価値です。

ただ介護の知見だけでこのビジネスを行うことはできません。ピザの路面店と、宅配ピザのオペレーションが全く異なることと同じです。「配達の仕組み」「24時間対応できる体制」「住宅に近い立地」など他社よりも長くやってきたからこそ蓄積されたノウハウがあります。

── 2021年12月という激動の時代に上場されました。上場にあたって苦労されたことはありますか?

黒木:まず上場にあたって厳しくなる管理体制についてメンバーに理解してもらうことが大変でした。数十名体制でぐいぐい伸びている会社は、全員が上場に向けて動きやすいかもしれません。しかし弊社は、関わるメンバーが多く労働集約型に慣れてきた業界です。

メンバーからすれば「日常業務に加えて、さらに仕事の負荷が増える」「経費は多くかかるのに利益はしっかりと出さなくてはいけない」など、達成すべきことが多く上場までの道のりは長いものでした。

上場して起きた変化

── 上場前と上場後でどのような変化があったかお聞かせください。

黒木:本質的なことは大きく変わっていませんが、知名度も信頼度も上がったので、他社さんとの提携など仕事が進みやすくなったと思います。また弊社の企業理念となる「患者さん(利用者さん)が24時間365日、自宅で『安心』して療養できる社会インフラを創る。」を達成するためには、知名度、信頼度、資金面など、あらゆる面で上場して良かったと考えています。

▽HYUGA PRIMARY CARE株式会社の企業理念

日本経済が直面している課題と今後の動向

── 日本経済が直面している課題と今後の動向について考えをお聞かせください。

黒木:ここ数十年間、日本経済は停滞しており、給与水準もあまり上がっていません。それだけに他国と比較すると生産性も下がっています。その大きな理由の一つは、雇用を守ったり既存の産業を守ったりする過剰な「守り」にあるのではないでしょうか。既存の雇用を守ろうとしすぎると、人の流動性が起こらず、産業変革も起きにくくなってしまいます。

現状、IoTやDXの導入で日本が世界から遅れをとっているのは、ここに原因があると思うのです。中長期的に見れば、保守的な意見に合わせて守るのではなく挑戦と変化をし続けるべきだと考えています。

HYUGA PRIMARY CARE株式会社が目指す世界観

── 御社が目指す、実現したい世界観についてお聞かせください。

黒木:先ほどもお話した弊社の企業理念「患者さん(利用者さん)が24時間365日、自宅で『安心』して療養できる社会インフラを創る。」が、まさに実現したい世界を言葉にしたものです。以前は、介護が必要になったらその人の家族が協力し合って支えることが一般的でした。しかし核家族化が進み「一緒に住む家族がいない」「いても家族のうち一人に負担がかかる」というケースが増えています。

2017年時点で日本には、約10万人もの介護・看護離職者(介護や看護のために従事していた仕事を辞める人)がいます。この人たちが少しでも離職せずに仕事を続けたり、しっかりと仕事をしながら介護が行えたりする環境に向けて貢献したいです。そのためには「在宅訪問薬局事業」だけでは足りません。

家にいながら病院と同じレベルの医療を受けられるサービスを提供し、人々が欲しいときに欲しい医療を低価格で受けられる社会を実現したいです。

▼HYUGA PRIMARY CARE株式会社が目指す成長への強化ステップ

HYUGA PRIMARY CARE株式会社から皆さまへのメッセージ

── 読者の皆さまに向けてメッセージをお願いします。

黒木:弊社は、最先端の技術を駆使して急上昇する事業を展開しているわけではありませんが、順調かつ計画的に伸びていくはずです。地方医療関係の市場規模は、医療費と介護費だけでも約50兆~60兆円(2020年度)にのぼります。さらに今後も高齢者の人口は増えるため、この市場はしばらく伸び続ける可能性を秘めているのです。ここまで巨大かつ安定的に伸びる市場はなかなかありません。

また弊社が手がける事業は、市場的な魅力だけではなく介護難民や介護離職を減らすこと期待できるため、社会的にも大きな意義を持っています。今後の事業展開や成長にぜひご期待ください。