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日本経済新聞の記事(「投信積み立て、ペース倍増 年換算2.4兆円」)によると、インターネット証券大手5社合計の投信の毎月一定積立額は直近1.5年で2倍の月2,000億円だということです。積み立て対象はほとんどが海外株投信で、日本の個人投資家(おそらく若年の資産形成層)の日本企業への成長期待は低い傾向にあるようです。日本の個人マネーが日本企業に向かうことを「阻害する要因」にはどのようなものが存在するのでしょうか。あるいは、日本企業が魅力的な投資先として個人投資家に認識されるには、どんな問題を解決すべきなのでしょうか(ZUU online編集部)。

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「投信積み立て、ペース倍増 年換算2.4兆円」(日本経済新聞)で記されている「投信積み立ては長期に資産を増やす運用手法」という考え方が正しいかどうかなどといった無粋な議論はここでは横に置く。まずは少額投資非課税制度(NISA)などを利用して投資に乗り出す人々が増えているということを、資産運用業界の端くれに名を連ねるものとして心から喜びたいと思う。これは素晴らしい話だ。なぜなら資産運用業界、そして資本市場の活性化は当然日本経済の活性化につながるからだ。ただ残念ながら現時点では、その資金が向かう先の中心は日本ではないらしい。でもどうだろう。今の状況でその中心が日本でないことが憂うべきことなのかといえば、私は必ずしもそうは思わない。むしろ日本の個人投資家は実に賢明に最善な選択をしていると称賛したい。

逆にいえば、日本の個人マネーが日本企業に向かわなくなったのは、何か単純に大きな阻害要因があるからではなく、複数の問題が積み重なった結果なのだ。だから正しく現状認識をして、丁寧に解きほぐさないと余計に「複雑骨折」になってしまう。一朝一夕に行くものではないということだ。

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実はこの記事で知るまでもなく、私は自分自身が主催するセミナーでも、運営する投資情報サイト 「Fund Garage」の会員から受ける相談でも、明らかに個人投資家の興味が海外株式に偏っていることはすでに知っていた。ただ、その認識は世代によって異なる。すなわち、若手の資産形成層の興味は基本的に海外株式、もっとストレートにいえば米国株式だ。時々日本株関連の相談も受けるが、それは従前「国際優良株」と呼ばれた銘柄群からさらに絞り込んだ一部の大手ハイテク関連、もしくはトヨタ自動車のように誰もが知っている日本企業についてだ。また海外株投信ならば、ETFも含めた「パッシブ運用」に関わるものだ。こうした若手の資産形成層の動向からか、最近は金融の専門家、すなわち銀行員や証券マン、あるいは現役のプライベート・バンカーやIFA(Independent Financial Advisor)、さらには生保の変額保険の募集に関わる方からも、個人的な自己啓発も兼ねて海外株式や海外株投信に関する相談を受けることが多い。彼ら/彼女らは、資産形成層に的確な提案をするため(あるいは、できるようになるため)にわたしのところに相談に来る。

一方、いわゆる「シニア層」から受ける相談は今も昔も変わらず、やはり日本企業関連が圧倒的に多い。ただそれらさえも、米国企業を意識していることが多い。たとえば「『(仮名)エービーシー・テック』の技術力は米国企業のそれと比べてどうなの?」といった感じだ。そして不思議なことに、誰もが知っている大型株よりも、むしろ中小型株に関するものが多い。時には私も知らないような小型株が飛び出すことがある。そうした場合は正直に当該企業には知見がないことをお詫びする。「シニア層」は日本株ならば分かるが、海外株式については分からないと思い込んでいる感じだ。ただ「その着眼点なら、素直に米国の(仮名)XYZ.corpを検討されたらいかがですか?」などとお伝えすると「やはりそうだよね」と再考される場合が多い。

これらの背景にあるのは「投資家の情報不足」だ。ただこれには2つの意味がある。1つは文字通り投資判断に直接必要な「投資関連情報」の質的、量的不足の問題であり、もう1つは投資家自身が「どんな投資情報が自分に必要か」ということを認識するための情報不足だ。別な言い方をすると「投資家向け自己啓発情報」の不足である。

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実はこの「投資家の情報不足」という状況説明だけで、現在「積み立ての対象は低コストの海外株投信が中心」と記事が記す結果になっている2つの原因を説明できる。

1つは日本人の国民性である。本当の意味で個人主義が強い欧米人と違い、日本では「みんなで渡れば怖くない」的な発想、すなわち「みんな〇〇をしているから」ということで安心する文化が根強い。だから、低コストのパッシブ運用の「海外株投信(含むETF)」での積み立てが選好される。なぜならここにすでに3つのキーワード(流行)があるからだ。「低コスト」「パッシブ運用」そして「海外株(個人的には米国株、もしくは先進国株だと思うが)」。どれも今最も資産運用の世界で喧伝されているキーワードだ。

そしてもう1つが「誰もが知っている会社」という点で海外株が選好されているということだ。これには少々説明が必要かもしれないが、端的にいえばGAFAMのような米国市場を代表する企業群が、むしろ現在の資産形成層には、下手な日本企業よりも「身近な存在」だということだ。たとえば「アップルって何を作っている会社ですか?」という質問にはまず誰でも答えられる。だが「三菱商事って何をやっている会社ですか?」と尋ねて「総合商社」という以上に詳細に説明できる人は実際にはそう多くはない。つまり要点の1つは、若い資産形成層にとって身近な企業といえば、すでに日本企業ではなく米国企業の方が圧倒的に多くなってしまったということだ。その延長線上で、日本経済の先行きよりも、米国企業の活躍で牽引される米国経済の成長力の方が身近に感じられるからだ。

「投資家の情報不足」とこれらがどう関係するのかといえば、正に個人投資家が投資というリスクのある世界に足を踏み出すための自己防衛本能から来ていることだ。情報が少ないからこそ、1つには「みんなと同じこと」で安心感を抱き、また、よく知らない会社に賭けるより、身近なGAFAMで納得できる投資をしようということ。だから私はこの流れはとてもポジティブに考えていいと思う。なぜなら、成功体験を重ねれば重ねるほど、より多くの投資機会を求めるようになり、いずれはホームカントリーに帰ってくる可能性もあるからだ。

そのためにも、まずは、証券取引所や金融業界が自分たちを取り巻く状況や投資家のニーズを正しく認識することが必要だ。昨春、東京証券取引所の市場区分は、(1)各市場区分のコンセプトが曖昧であり、多くの投資者にとっての利便性が低い、(2)上場会社の持続的な企業価値向上の動機付けが十分にできていない、といった理由から新たに、プライム市場、スタンダード市場、そしてグロース市場という新しい市場区分に変更された。しかし、これでいったい何が変わったのか? 直接、取引所に問い質したいぐらいだ。「投資家の真のニーズ」を取引所自身が把握できていないのではないか。

現在の日本の株式市場には2つの問題がある。

1つが上場企業の情報発信の質と量の問題だ。たとえば決算発表。米国企業のスタンダードは決算発表後、まずCEO、CFO、そしてIRの責任者が揃ってプレゼンテーションを行い、その後にアナリストとの質疑応答がすべてインターネットを通じてリアルタイム開示される。日本でもインターネットでのリアルタイム開示は増えてきたとはいうものの、アナリストとの質疑応答までをすべてリアルタイム開示している企業は皆無に等しい。それは投資家向け情報開示の本質的な重要性を発行体として理解しておらず、単に資金集めの場と捉えていることが多いからだろう。その1つの証左が、IPOの1年後でも公開初値を上回っている新規公開企業の少なさだ。このような状況を取引所はある意味、容認し続けている。IPOはドンドンさせるが、その後の株価動向は市場のせいだといって、IPOの制度自体を見直そうとはしていない。むしろ甘くする方向にある。加えて、日米両方の企業を訪問調査してきた経験に照らしていうと、日本企業の多くは「義務感」で投資家向け情報開示を行っているとしか思えない。これでは充分な質と量の投資情報が投資家に提供されるはずがない。

もう1つは、単元株制度という不思議な制度の問題だ。米国株は1株から売買できるので、株価が1ドルならば、正に1ドルあれば株主になれる。しかし日本株は「株価×単元株数」となるので、仮に株価は500円だとしても、単元株が100株ならば5万円、1,000株なら50万円からでないと投資ができない。たとえばユニクロでお馴染みのファースト・リテーリング、株価自体がそもそも2万8,655円(2023年3月6日付)と高いこともあるが、単元株が100株となるため、最低でも286万円も用意しないと最低単位でさえ投資不可能だ。ちなみに、同じタイミングでGAFAMを調べると、株価が一番高いマイクロソフトでさえ255.29ドル(2023年3月3日付)で買うことができる。

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日常的に馴染みが薄く、情報開示が弱く、そして購入時の必要最低金額が高い日本株と、いつも手にしているiPhoneの会社を151.03ドル(約2万円超)から買える身近さを比較するのは現時点ではかなり無理がある。だからこそ、資産形成層が投資の世界に徐々に足を踏み出しているという事実だけでもまずは喜ぶべきなのだ。


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