ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みは、投資先や取引先を選択するうえで投資家だけでなく大手企業にとっても企業の持続的成長を見極める視点となりつつある。本特集では、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシスの宮本徹専務取締役が各企業のESG部門担当者に質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施している。
今回対談した飯野海運株式会社は、資源・エネルギー輸送を主力とする海運業とオフィス賃貸の不動産業を核として事業展開している企業だ。東京都千代田区に本社を構え、1899年の創業以来、独立系企業として発展し続けてきた。近年は、ESG経営にも積極的に取り組み、環境・社会などの課題の克服を目指している。
本稿では、取締役常務執行役員の大谷祐介氏に環境・脱炭素のテーマを中心に同社の取り組みや成果、今後目指すべき姿についてお話をうかがった。
(取材・執筆・構成=大正谷成晴)
1967年9月16日生まれ。東京都出身。1991年3月、明治大学法学部を卒業後、同年4月に飯野海運株式会社に入社。ガスキャリアグループリーダー(2012年6月)、総務・企画部長(2016年6月)、経営企画部長兼事業開発推進部長(2017年6月)を経て2018年6月に執行役員となる。2020年6月から取締役執行役員を経験し、2021年6月取締役常務執行役員に就任、2023年4月1日付けで代表取締役社長に就任予定。
2020年6月に設置された部門横断的なIINO環境タスクフォースのトップとして気候変動など環境対応を推進。2022年6月、新設のサステナビリティ推進部のトップとして、サステナビリティに重点を置いた経営の強化にまい進している。
飯野海運株式会社
資源・エネルギー輸送を主力とする海運業(外航海運業、内航・近海海運業)および不動産業を営む企業。1899年に京都府舞鶴市で曳船による石炭運送業および港湾荷役業として創業。タンカー事業や定期航路事業を開始した。1944年に現商号となる飯野海運株式会社に改称し、1953年3月には飯野不動産株式会社を設立。二度の世界大戦、1964年3月の海運集約など数々の苦難を乗り越えながら独立系企業として独自の強みを培ってきた。
環境保全問題への取り組みには古くから積極的で、2004年3月に海運業においてISO14001(環境マネジメントシステム)、不動産業において2005年3月にISO9001、ISO14001の認証を取得。2011年11月には、飯野ビルディングが米国環境対応評価システムのLEED認証で日本初となるプラチナ認証を取得した。
近年は、経営理念の一つである「社会的要請へ適応し環境に十分配慮」をより一層堀り下げるべくESG経営に積極的に取り組んでいる。
1978年3月7日生まれ。東京都出身。建設、通信業界を経て2002年に株式会社アクシスエンジニアリングへ入社、現在は代表取締役。2015年には株式会社アクシスの取締役、2018年に専務取締役に就任。両社において、事業構築に向けた技術基盤を一貫して担当。
株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容はシステム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird(バード)」の運営など、多岐にわたる。
飯野海運株式会社のESG・脱炭素に対する取り組み
株式会社アクシス 宮本氏(以下、社名、敬称略):株式会社アクシスの宮本です。弊社は、鳥取市に本社を構え2023年で創業30年を迎えるIT企業です。システム開発が中心で、ここ10年は再エネの見える化にも取り組んでいます。本日はよろしくお願いいたします。
飯野海運株式会社 大谷氏(以下、社名、敬称略):飯野海運株式会社の大谷と申します。本日はよろしくお願いいたします。弊社は、海運業と不動産業という2つの柱を両輪に経営している会社です。2019年に創立120周年を迎え、今後も持続的に事業を進めていきたいと考えています。
宮本:最初に、御社のESGや脱炭素に対する取り組みについて、お聞かせください。
大谷:現行の中期経営計画(2020年4月~2023年3月)では、2030年までの目標「IINO VISION for 2030」として、「時代の要請に応え自由な発想で進化し続ける独立系グローバル企業としての地位確立」を目標に掲げています。その目標を達成するために重点強化策を立案し、ESGへの取り組みを強化しています。
その一つとして行ったのが、ESG経営の推進や重点強化策実行の組織作りです。2021年6月に海外戦略担当と事業開発推進部を統合する形で事業戦略部を発足させました。同部では、新規事業の創出や重油に代わりCO2排出量の少ない新燃料に関する情報収集を行っています。2022年6月には、サステナビリティ推進部と技術部も新設しました。
これまでは、部門横断的に人を集めタスクフォース形式でESGに取り組んでいましたが、サステナビリティ推進部では同じ組織内にグループ横断のワーキングチームを組成し、環境や人権をはじめとするCSR全般に取り組んでいます。一方、技術部はエンジニアの視点からグループ支配船舶全体に関わる環境負荷低減のため各種新技術のノウハウを蓄積しGHG(温室効果ガス)削減目標達成に向けた対応強化を図る部署です。
海運事業では、環境対応を強化した船舶の用船契約を新たに結んでいます。船はCO2を大量に排出する重油で動きますが、重油に代わる燃料で走る船が登場しつつあります。天然ガス成分の一つでCO2の削減効果が期待されるエタンに関しては、2022年11月に英国のINEOS社との間で大型液化エタン船2隻の長期定期用船契約を締結しました。2025年と2026年にそれぞれ竣工する予定です。
またアンモニアや水素を燃料にする船舶も開発が進められていて、2021年10月に三井物産社との間で2023年12月竣工予定のアンモニア運搬船の定期用船契約を結びました。
▼エタン船を導入
宮本:環境配慮型の船舶では、どのくらいのCO2削減効果が期待されているのでしょうか。
大谷:エタン船は、重油の船に比べるとCO2排出量が約2割削減されます。但し、まだ残り約8割のCO2は排出され、この燃料でゼロエミッションは実現できません。燃焼時にCO2を排出しないアンモニアや水素などを燃料にする船に置き換わることでゼロエミッションは可能になりますが、燃焼可能な主機はまだ開発されていません。燃料・主機の移行期には炭素税を支払うことも考えられます。
宮本:物流業界の方と脱炭素のキーワードでお話をすると、必ずといっていいほど「モーダルシフト」という言葉が出てきます。御社でもその影響はありますでしょうか。
大谷:密接に関係しています。例えばガスは中東から日本に運び、一次基地に貯蔵のうえ国内の二次基地へ船で輸送。二次基地に持ち込まれたものは、トラックやローリー車でさらなる目的地に運ばれますが、昨今はドライバー不足が顕著になったことから陸上輸送の短縮化が図られています。車で運んでいたところを海路で運び、ローリー車が走るのは極力短い距離にするといった工夫がなされるようになりました。
宮本:そのような関係があるのですね。ありがとうございます。次に不動産事業での取り組みについても教えてください。
大谷:不動産事業では、2022年5月に飯野ビルディングにおいて太陽光発電設備の運用を開始しました。また同ビルと東京都港区・浜松町駅前の汐留芝離宮ビルディングでは、非化石証書付きの電力を購入し、毎年その割合を10%ずつ増やしていきます。
宮本:今後の再エネ調達についても、引き続き非化石証書の取得を進める方向でしょうか。
大谷:2021年に開始し、2030年には両ビルの消費電力100%を非化石証書付きの電力により賄う予定です。但し昨今は、電気代が高騰していることから今後も非化石証書を安定的に購入できるかは分かりません。空調や熱源関係の設備を更新すると、より効率的なエネルギー・マネジメントができるでしょうが、飯野ビルディングは2011年に竣工したものなので、いますぐ更新というわけにはいかず、当面は、非化石証書中心になると思います。
一方、汐留芝離宮ビルディングでは一部の熱源に使用している都市ガスの消費に伴い排出されるCO2と森林資源が吸収するCO2とをオフセットしてCO2排出量を削減している「カーボンニュートラルLNG」を購入しています。
宮本:御社は、海外でも不動産事業を展開されていらっしゃいます。海外での取り組みについても教えてください。
大谷:2022年12月、弊社にとって2件目の米国オフィスビル案件では、木造7階建てオフィス建造事業に参画しました。日本では、耐震性・耐火性の観点から100%木造のビル建設は難しいと考えられています。しかし世界的には、気候変動や環境意識の高まりから今後木造オフィスの需要が増加すると予測されています。本事業を通じて環境に配慮した次世代型オフィスの知見を獲得したい考えです。
▼米国オフィスビル案件で木造7階建てオフィス建造事業に参画
船舶においては、2023年1月より世界の大型既存外航船にCO2の排出を規制するCII(Carbon Intensity Indicator:燃費実績の格付け制度)が始まっています。これに先立ち2022年2月に弊社の運航や船舶管理の知見と米シリコンバレーを拠点とするAIスタートアップBearing社の高精度なAIパフォーマンスモデルを組み合わせて開発したCII最適化ツールの段階的導入を決定しました。 現在は、結果を分析・評価しているところです。
成果について海運事業・不動産事業の両事業でCO2の排出量を見ていますが、今のところ当初の計画を上回る削減率で進捗しています。
宮本:現在の中期経営計画は2023年3月で終了し、4月以降は新たな中期経営計画が策定されると思います。環境関連では、どのような取り組みを盛り込んでいかれるのか、その方針が決まっていたら、教えていただけますでしょうか。
大谷:2050年のゼロエミッション実現に向け、長期のロードマップを作成しています。そのなかで「次の3年間は何をすべきか」が重要です。先ほど申し上げた通り、アンモニアや水素のエンジンが開発されたわけではなく、そのための仕込みの時期、研究のための時間だと捉えています。
飯野海運株式会社の脱炭素社会に向かうための姿勢
宮本:来るべき脱炭素社会に向けて、御社がイメージする姿や、その中での役割についてお聞かせください。
大谷:技術革新がないとCO2をゼロにすることは難しく、イノベーションが求められるのは言うまでもありません。ですが、弊社の力だけでは成し遂げられず周りとの協力は不可欠だと思います。一方、ウクライナ情勢により物流が変化し、弊社の使命は「お客さまへ安心かつ安全にものを届けること」と再確認しました。これと同時に環境についても考え、ゼロエミッションに進んでいかないといけません。
不動産に関してもテナントさまに快適なスペースを提供するとともに、ビルはCO2削減を図ることが大切です。飯野ビルディングは、環境性能が高く竣工当時からCO2削減に貢献しています。しかし脱炭素社会を実現するためには、非化石証書を購入したり太陽光発電設備を導入したりするなど、さらなるCO2排出量の削減が大切です。今後とも達成できるように努めたいと思っています。
宮本:御社はサステナビリティや脱炭素に関する情報公開を積極的にされていらっしゃいますが、脱炭素社会の実現に向けた情報公開やプロモーションをする際に心がけておられる点はありますでしょうか。
大谷:投資家や株主の皆さまには、弊社が何をしているのか知っていただくため、積極的に情報を公開する必要があります。社長の言葉を発信したり、メディアを活用したりすることも手段の一つでしょう。また海運業や不動産業の業界団体の集まりで話をすることも大切ですし、そこで得たノウハウを参考に情報発信することも行っています。
環境に関しては、CDPなど外部評価の結果をアピールすることで弊社の取り組みを知っていただく機会にもなりますから、これらへの対応にも力を入れています。DXに関しては、タスクフォースがあり、社内のシステムや業務改革の視点でさまざまな活動を行っています。
飯野海運株式会社のエネルギー見える化への取り組み
宮本:脱炭素社会を実現するには、電気やガスなどの使用量を表示・共有するエネルギーの見える化が必須といわれています。このエネルギーの見える化に対して、御社ではどのようなことに取り組んでおられるのでしょうか。
大谷:海運業においては、先ほどご紹介したCII最適化ツールを使い、各船のCO2排出量をモニタリングしています。不動産業に関しては、飯野ビルディングの館内及びエレベーター内サイネージで太陽光発電設備による発電量を確認できるといった数値の見える化をしており、ビル管理においてもエネルギーマネージャーサイトで時間ごとの消費量を可視化しています。
宮本:全拠点におけるエネルギーデータについて、どのような方法で集計されていらっしゃいるのでしょうか。
大谷:エネルギーマネージャーを導入しているのは、飯野ビルディングのみです。他のビルでは、担当者が検針データをもとに数値を確認し、それを収集しています。
宮本:最後のご質問です。昨今は、多くの機関・個人投資家がESG投資に関心を寄せています。この観点で御社を応援する魅力をお聞かせください。
大谷:第三者機関の格付け評価を活用し「環境への関心が高い会社」とアピールしていきたいです。また環境に対応・配慮した船を契約したりビルにも環境にやさしいシステムを導入したりするなど社会貢献できるように事業を進めています。さらに弊社は、ESGの「社会(Social)」「企業統治(Governance)」に関しても積極的に対応している会社なので、そういった点をご覧いただけますと幸いです。
宮本:今回のお話で海運業と不動産業という二本柱で事業を展開する御社の取り組みや、その熱量の高さを知ることができました。ありがとうございました。