ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みは投資家による投資先の選定だけでなく、大手企業にとっても企業の持続的成長を見極める上で重要な視点となりつつある。本企画では、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシスの役員が、各企業のESG部門担当者に質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施。今回は、同社の宮本徹専務取締役が株式会社イトーキ取締役常務執行役員(管理本部長)の森谷仁昭氏にお話をうかがった。

株式会社イトーキは、オフィス用家具や事務用機器の老舗企業。現在はオフィス空間や公共空間、専門空間、生活空間など、人を取り巻くさまざまな「空間」「環境」「場」づくりをサポートする事業を展開している。

同社では「『人も活き活き、地球も生き生き』する世の中の実現」を目的として、ESG経営にも積極的に取り組んでいる。本稿ではインタビューを通じて人的資本経営やサステナブルな商品・サービスの展開、製造現場における環境対策の話題を中心に、同社の取り組みや成果、今後目指すべき姿を紹介する。

(取材・執筆・構成=大正谷成晴)

株式会社イトーキ
森谷 仁昭(もりや よしあき)
――株式会社イトーキ 取締役常務執行役員(管理本部長)

第一勧業銀行を経て、2011年に株式会社イトーキに入社。執行役員管理本部副本部長などを経て、2021年3月より現職。

株式会社イトーキ
株式会社イトーキは、1890年の創業以来、ミッションステートメントに『明日の「働く」を、デザインする。』を掲げ、オフィス家具、物流機器、ICT・映像音響機器、建材内装設備など幅広いラインアップでさまざまな「空間」「環境」「場」づくりをサポートしている。 コロナショック以降は働く空間全体を「働く環境」と捉え、オフィスワーカーが"集合して働く"環境づくりのための製品・サービスのほか、在宅ワークや家庭学習のための家庭用家具などの"分散して働く"環境を支える商品、さらに企業の働き方戦略や働く環境整備のためのサーベイやコンサルティングサービスなどトータルで提供することで、あらゆる空間における「働く環境」づくりを支援している。
宮本 徹(みやもと とおる) ―― 株式会社アクシス専務取締役
1978年生まれ。東京都出身。建設、通信業界を経て2002年に株式会社アクシスエンジニアリングへ入社、現在は代表取締役。2015年には株式会社アクシスの取締役、2018年に専務取締役に就任。両社において、事業構築に向けた技術基盤を一貫して担当。

株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容はシステム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird(バード)」の運営など、多岐にわたる。

目次

  1. 株式会社イトーキの人的資本経営・環境への取り組み
  2. ニューエコノミー時代における株式会社イトーキの役割
  3. 株式会社イトーキから投資家へのメッセージ

株式会社イトーキの人的資本経営・環境への取り組み

アクシス 宮本氏(以下、社名、敬称略):株式会社アクシスの宮本です。弊社は鳥取市に本社を構える会社で、再エネの見える化システムなど、システム開発関連の事業を中心に展開しています。東京には、設備・工事関連のアクシスエンジニアリングという100%子会社もあります。本日はインタビューを通じて、御社のESGに対する取り組みについて勉強させていただきます。よろしくお願いいたします。

イトーキ 森谷氏(以下、社名、敬称略):株式会社イトーキ管理本部長の森谷と申します。弊社は133年前に伊藤喜十郎が大阪で創業した、発明特許品の普及ならび輸入品を取り扱う「伊藤喜商店」に端を発する会社です。当初は海外から輸入されたホチキスなどの事務用品や文具などを扱い、今はオフィス家具の製造販売を中心に事業を展開しています。ある意味でESGの時流に乗り、人々の働く生活を幸せにすることを生業にしている会社です。本日はよろしくお願いいたします。

宮本:最初に、御社がESGに取り組む背景や具体的な施策についてお聞かせください。

森谷:イトーキのESGの本質は、人々の人生の重要な部分を占める働く環境を良くすることにあり、その実現に向けてオフィス家具の販売、オフィスづくり、働く環境全体のデザインと、生業自体も進化してきました。

私自身はESGについて、Eは「環境を守る」、Sは「人を大切にする」、Gは「正々堂々とやる」と考えていまして、これを弊社のビジョン「人も活き活き、地球も生き生き」と照らし合わせると「地球も生き生き」は環境そのものであり、「人も活き活き」は人を大切にすることだと解釈しています。伊藤喜十郎が作った理念には「正しい商道に徹する」という一文があり、これはガバナンスを指していると思います。ですから、創業以来イトーキは働く環境づくりにおいてESGを実践しており、我々はその土台の上に「明日の『働く』を、デザインする。」とのミッションステートメントを標榜し、事業を展開しています。

弊社のESG経営においては、「社会と人々を幸せにする」と「会社と社員が幸せになる」という2つのマテリアリティを特定しました。我々社員が幸せであれば事業が活性化し、結果的に社会を幸せにできるという、循環の考え方に則っています。

▼イトーキグループのマテリアリティ

イトーキグループのマテリアリティ
(画像提供=株式会社イトーキ)

宮本:近年は、従業員を大切にする人的資本経営への取り組みが注目されていますが、御社ではどのように取り組まれていらっしゃいますか。

森谷:社員の幸せにフォーカスした取り組みは大切であり、それは取りも直さず人的資本経営への取り組みと言い換えることができます。弊社では「社員のココロとカラダの健康を守る」「社員の成長を支援する」「多様な人財が働きやすいオフィスを創る」といった重点テーマを掲げ、総合的な従業員満足度(ES)の向上を図るとともに、ここで得た知見をお客様のオフィスづくりの提案にも活かしています。

人的資源の原点となる従業員満足度は、かなり重視しています。イトーキの仕事・サービスに誇りに思っているかを極めて大事に思っていて、これを向上させていけば世の中にとって面白い、良質で役に立つ商品・サービスを提供できると考えています。そのため、処遇改善だけでなく現場の声も拾い、いかに働きやすくするかを執行役員一人ひとりのミッションとして進める仕組みを社内で構築しています。

人材育成のためにさまざまな研修も行っていますが、中でも特徴的なのは社員一人ひとりの強みにフォーカスした自己診断ツール「ストレングスファインダー」を全社員が受検したことです。お互いの違いを尊重し、高め、補い合う風土の醸成に一役買っています。

ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)は、相当進んでいると自負しています。弊社は専門的な知見や経験を活かしてもらうために外部からの経験者採用を積極的に行っていまして、社長も私自身もそうですが、経営幹部の多くは外部人材です。国内企業ではまだ少ないものの、海外現地法人の経営層にも現地採用者を登用しています。管理職への登用といった女性活躍についても、2022年に女性社員のリーダーシップ向上のためのコミュニティが発足しました。単なる場づくりではなく、外部講師を招いた勉強会やイベントなどを通じたリーダーシップの育成に特化していて、約80名が参加しています。

▼女性活躍コミュニティ(SPLi)

SPLi
(画像提供=株式会社イトーキ)

私たち経営陣も女性活躍について知見を得るため、外部講師による研修を受講しているところです。現段階で女性管理職比率はようやく10%台に乗り、生え抜きの女性社員が執行役員に就任しました。社外取締役への起用も進めており、経営陣への女性参画も急ピッチで進めています。女性活躍を後押しするためには男性の育児キャリア支援も不可欠であり、男性育休100%宣言のもと、昨年時点で対象者の半分が取得するまでに増えました。こうした取り組みの結果、2023年2月にはD&Iに取り組む企業を認定する日本最大のアワード「D&I Award2022」において、最高ランクの「ベストワークプレイス」に認定されました。

人的資本経営をさらに活性化させるためには、空間づくりも極めて重要です。そこで、東京・日本橋の本社オフィスを始め、全国拠点で大規模リニューアルを実施しました。人的資本への投資は研修や人材育成策だけでなく、空間づくりも重要だと考えているからです。オフィスづくりを率先する企業として、自らの社員のためにオフィス投資をいかに行っているかも、しっかり開示してきたいと考えています。

▼日本橋本社オフィス

日本橋本社オフィス
(画像提供=株式会社イトーキ)

宮本:メーカーとして、環境に対してはどのような取り組みをされていらっしゃいますか。

森谷:「つくる責任つかう責任」として、環境に配慮した製品開発を行っています。例えば、会議などに適した国産材のビッグテーブル「silta(シルタ)」は木のぬくもりが働く人のストレス軽減に役立つウェルビーイングの観点と、木材の利用によってCO2を固定する循環型社会に貢献しているという点で評価され、「ウッドデザイン賞2022」最優秀賞の経済産業大臣賞を受賞しました。

▼ビッグテーブル「silta(シルタ)」

ビッグテーブルsilta
(画像提供=株式会社イトーキ)

カーボンオフセットプロバイダとして10年以上前から排出権取引事業にも本格的に取り組み、お客様にカーボンオフセットサービスを提供してきました。昨今はその役割も増していまして、排出権の使い方について企画したり、排出権を調達したりするなど、さまざまなソリューションをトータルサポートしています。社会的な脱炭素の要請を背景にお客様からのご相談は増えており、これも事業の柱になる可能性があります。

オフィス家具のリサイクルは業界全体の課題であり、弊社ではNX商事様と共同で海外に寄付するスキームを構築しました。2019年の開始以降、弊社は中古家具の老朽度判定や品質保証の役割を担っています。カンボジア国において7件実施し、政府から感謝状をいただきました。

製造現場における環境への取り組みとしては、グループ会社とともに省エネに継続的に取り組んでいます。各工場でLED照明に切り替えたり、電力使用量をリアルタイムでモニターできる監視システムを導入したりと、生産効率の改善にも努めています。こうした取り組みの結果、LED照明の導入率は95%を達成しています。また、自社工場の屋根上に太陽光パネルを設置した再生可能エネルギーの活用も進んでおり、たとえば関西工場全体の再エネ率を今年度中に18%まで上げる見込みです。

▼滋賀工場に設置した太陽光パネル

2021年に関西工場(滋賀)に設置した太陽光パネル
(画像提供=株式会社イトーキ)

全社的にESGを実践する中、現場の知恵から生まれた活動もあります。例えば、チェア工場で廃棄されていた生地端材を活用できないかということで、縫製チームによるポーチ製作が始まり、工場へお越しになったお客様へのノベルティとして差し上げていますが、大変好評です。従業員が自分の持ち場に誇りを持ち、「何かゼロエミッションの役に立ちたい」との思いから始まった、典型的なサステナビリティ活動だと思います。

未来に向けたESG経営の取り組みについても、ご紹介します。これは、先ほどお伝えしたもう1つのマテリアリティ「社会と人々を幸せにする」に関係しています。例えば、新型コロナウイルスによって在宅ワークが定着し、オフィスワーカーにオフィスに帰ってきてもらう意味が改めて問われる一方で、脱炭素の観点では大勢が通勤してオフィスに集合するよりも在宅勤務を交えたほうがプラスになる可能性があることも指摘されています。このようなハイブリッドの働き方になる中、弊社が何のお役に立てるのかを真剣に考えていて、Web会議では見落とされがちな健康やメンタル面の向上・サポートを含め、「働くをデザインする」のがイトーキの使命だと考えています。例えば、周りに人がいる状況でWeb会議を行うと音の問題があるため、オープンでありながら周囲へのノイズを軽減するミーティングテーブル「sound parasol(サウンドパラソル)」を開発するといったソリューションの提供にも取り組んでいます。

▼「sound parasol(サウンドパラソル)」

sound parasol.
(画像提供=株式会社イトーキ)

我々は働き方を提案する会社ですから、日本橋の本社では社員が実証実験のような形で働き方を実践しているのも特徴です。仕事の内容に合わせて専用の場所を選ぶ「ABW(Activity Based Working)」や、IoTセンサーを使ってオフィス内での活動を可視化するワーカーズトレイルといった仕組みを実用化してきました。ウェルビーイングの観点からオフィスにアートや緑を導入するビジネスも始めていて、ITから情緒的なところまで社内での実装を経て、お客様や社会に還元していく次第です。

宮本:非常に多岐にわたる取り組みをされていることがわかりました。これら活動を通じての脱炭素に向けた目標については、どのように据えていらっしゃいますか。

森谷:中長期的な目標として、2030年にScope1、2で50%、Scope1~3では30%削減(2013年比)、2050年にはScope1、2でネットゼロにすることを掲げています。2021年の段階で生産の再編や工場照明のLED化、太陽光発電の導入によりScope1、2は33.4%まで削減し、Scope1~3の合計では4.9%を削減できました。

今後の課題としては、気候変動対策の要請が加速度的に増えているため、さらに対応を早めなければならないと考えています。Scope3への対策は非常に難しいため、サプライヤーまで含めたバリューチェーン全体を見ながら取り組みを進めていく必要があります。

▼CO2排出量削減長期目標

CO2排出量削減長期目標
(画像提供=株式会社イトーキ)

宮本:グループにおけるサステナビリティ・ESGの推進体制はいかがでしょうか。

森谷:ISO 14001(環境)の認証を受けた上で、グループ会社全体で環境改善活動を進めています。昨年は組織横断的なESG推進プロジェクトも立ち上げ、全社の環境対策の進捗を確認したり、ESGをテーマにした新ビジネスを創出したりするチームも組成しました。これらによって、ESGに対する認識はかなり高まったと思います。環境活動を行いたい社員を育成するための教育にも力を入れており、一般的な教育に加えて廃棄物処理といった専門教育も行っています。

ニューエコノミー時代における株式会社イトーキの役割

宮本:来るべき未来において、御社が考える脱炭素社会のイメージや、その中で担う役割などについてお聞かせください。

森谷:オフィスのスマート化は、ニューエコノミー時代におけるキーワードの一つです。日本オラクル出身で国内におけるDXの第一人者として知られる現社長(湊宏司氏)の強力なリーダーシップのもとビジネスのスマートオフィス化を進めていて、大きな流れになると確信しています。

脱炭素については目標達成に向け、着実にやるべきことを進めることに尽きます。工場の再エネ化・省エネ化で2050年のScope1、2のネットゼロは達成すると思いますが、問題は排出の9割を占めるScope3です。2030年にScope1~3で30%削減するために計測の精度を上げ、ターゲットを明確にする必要があります。データ集計のシステム化、Scope3の算定手法の精緻化、サプライヤーと共同の削減を進めているところです。

宮本:御社はサステナビリティやESGに対する取り組みを、ホームページなどで積極的に公開しています。情報公開やプロモーションにおいて、心がけていらっしゃることがあれば教えていただけますでしょうか。

森谷:プライム上場企業なので、情報開示は責務と捉えています。その中でも、ESG情報は投資家の皆様のESG投資の判断に資するように統合報告書の2022年度版では情報量を倍にしたり、ESGデータブックを出したりするなど、情報量を大幅に拡充しました。非財務情報の積極開示を基本方針としており、海外投資家向けに英文開示も充実させたいと考えています。

株式会社イトーキから投資家へのメッセージ

宮本:昨今は、多くの機関・個人投資家がESG投資に関心を寄せています。最後に、この観点で御社を応援することの魅力をお聞かせください。

森谷:新型コロナウイルスで世の中が変わったことや、人的資本経営の重要性が高まってきたことで働き方やオフィスづくりが注目されるようになり、弊社の本業は活況を呈しています。これらの追い風と徹底した構造改革によって成果は順調に表れて始めており、業績も大幅に向上し、それが株価にも表れています。引き続き、収益力の更なる強化と、ESGを含むあらゆる情報の適時・適切な開示や資本政策を含む資本コストの改善策を確実に実行し、エクイティ・スプレッドを改善することでPBRを向上させてまいります。弊社の今後にご期待いただけますと幸いです。

宮本:本日のお話で、御社は企業理念に基づき、ロジカルに人的資本経営や環境に取り組んでいるという印象を受けました。ありがとうございました。