オリシロジェノミクス(東京都文京区)は、立教大学初のバイオ医療ベンチャー。同大理学部生命理学科の末次正幸教授が開発した、細胞を使わずに長いDNAを効率的に合成する技術(セルフリー長鎖DNA合成技術)に関する研究成果を実用化するため、2018年12月に創業した。

生きた大腸菌を使わないことで迅速にDNAを合成

最高科学責任者(CSO)に開発者の末次教授が、最高経営責任者(CEO)にはバイオスタートアップのアンジェス元取締役の平崎誠司氏が、それぞれ就任。22年には東京大学発バイオベンチャーで東証プライム市場に上場しているぺプチドリーム出身のバシルディン・ナセル・加藤最高技術責任者(CTO)がCEOに昇格した。いわば国産バイオベンチャーの「スーパースターチーム」である。

現行のDNA増幅技術としては、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)がよく知られている。しかし、長さ約1万塩基以上に及ぶ長いDNAを連結や増幅では大腸菌などの生きた細胞を使うことが必須で、PCRでは難しい。

オリシロのDNA増幅技術は、大腸菌ゲノムの複製に必要な20種類以上の酵素を混ぜ合わせた反応液を用意すれば、環状DNAの構造を持つ大腸菌ゲノムが複製される反応を試験管内で再構築できる仕組みを応用した。

酵素を組み合わせることによって試験管内で等温のまま環状DNAが自律的に複製し、そのサイクルを繰り返す。生きた細胞を使わないことで、量産化も容易になった。生きた大腸菌を利用する増殖法に比べると増幅スピードが速いのも、ユーザーである創薬企業には大きな魅力となる。


モデルナが注目したワクチン開発のスピードアップ

2020年7月にはセルフリー長鎖 DNA 構築ツールである「OriCiro Cell-Free Cloning System」を開発した。試験管内(in vitro)での二つのステップにより、複数のDNA断片を同時連結したプラスミドなどの「環状DNA」を選択的に増幅し、高純度で調製できるという。

そんな同社の技術力に目をつけたのが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のmRNAワクチンを実用化した米モデルナ(マサチューセッツ州ケンブリッジ)。

同社も新型コロナワクチン製造では大腸菌を利用したが、オリシロの技術を利用すればワクチン開発期間の短縮のみならず、大腸菌法が苦手とする細胞に毒性を持つ遺伝子などでも制限なく使え、大腸菌特有の増幅しにくい配列でも問題ないなどのメリットがある。

新型コロナワクチンで一刻も早い開発と量産開始を求められたモデルナにとっては、極めて魅力的な技術といえるのだ。2023年1月にモデルナはオリシロを8500万ドル(約110億円)で買収すると発表した。

モデルナのステファン・バンセルCEOは「この買収により、mRNA製造の重要な構成要素であるプラスミドDNAの無細胞合成や増幅における(他の既存薬に対して明確な優位性を持つ)ベストインクラスの手法が得られる。オリシロの技術は当社の製造に関する専門知識を戦略的に補完し、研究開発をさらに加速させる」と期待を膨らませている。

文:M&A Online