この記事は2023年5月29日に「The Finance」で公開された「中国におけるプライベートエクイティ・エクイティ投資に関するジオポリティカルリスク(地政学的リスク)の潮流」を一部編集し、転載したものです。


米中関係の覇権争いに起因するジオポリティカルリスクが中国におけるプライベートエクティ投資の現場で顕在化している。中国企業に投資したものの、当該企業がExit前に米国の経済制裁を受けることから発生するビジネスリスク及びレピュテーションリスクに関して解説する。

目次

  1. 概況
  2. 香港に拠点を置くGPのジオポリティカルリスクに関する基本的な見解
    1. (1)米国系GPの対応状況と注意すべきリスク産業ならびに米国CFIUS(対米外国投資委員会)の動向
    2. (2)中国系GPの対応状況
    3. (3)香港系GPの対応状況
  3. 中国企業に関するバックグラウンドチェックに関する課題
  4. 中国の情報に関係する規制強化の動向

概況

中国におけるプライベートエクイティ・エクイティ投資に関するジオポリティカルリスク(地政学的リスク)の潮流
(画像=MaksymYemelyanov/stock.adobe.com)

中国企業に限らず、プライベートエクティ投資のデューデリジェンスにおいて、企業及びその関係者のバックグラウンドチェックは必須である。多くの場合は、調査会社を利用して投資対象企業と主要な関係者のバックグラウンドを調査する。10数年前の中国企業のバックグラウンドチェックで最も頻繁に直面したのは贈収賄リスクであった。現在でも、贈収賄リスクは重要なリスクの一つではあるが、この数年に関してはジオポリティカルリスク(地政学的リスク)に関する対応がGP会社の法務・コンプライアンスの最重要課題となっている。中国におけるジオポリティカルリスク(地政学的リスク)は米中の覇権争いが背景にあり、従来のマネロン、テロ資金供与、拡散金融と比較すると政治色が強い特徴をもつ。政治及び軍事的に米国と協調して中国に対峙している日本の金融機関がOFACリストをAML/CFT審査上の主要制裁者リストとして利用していることから、ジオポリティカルリスクを主因とする制裁対象者または制裁対象企業が増えることは日本の金融機関にとって対岸の火事ではない。特に難易度が高い対応が求められることは中国企業に投資したものの、当該企業がExit前に米国の制裁を受けて、業績が悪化する、またはExitが困難になる経済的リスク及びレピュテーションリスクへの対応である。

香港に拠点を置くGPのジオポリティカルリスクに関する基本的な見解

いずれのGPもジオポリティカルリスク(地政学的リスク)が近年の最重要課題であると認識している。中国政府のゼロコロナ政策の影響もあり、GP各社のアジアファンドにおける中国への投資比率は平均10%から20%減少している。インド、東南アジアへの投資が代替先となっている。ただし、いずれのGPも中国への投資を大幅に削減する予定はなく、注意した上でセレクティブに投資を継続する計画である。

(1)米国系GPの対応状況と注意すべきリスク産業ならびに米国CFIUS(対米外国投資委員会)の動向

米国本国にジオポリティカルリスク(地政学的リスク)対応専門チームを設置して、ペンタゴン等との人脈をもち、かつ中国に対する制裁に関する米国議会での審議等の内容を分析して、ファンドの投資委員会に米国から専門家が参加して、ジオポリティカルリスク(地政学的リスク)の観点から当該投資のリスクに関して意見を述べる態勢が構築されている。ジオポリティカルリスク(地政学的リスク)が高い分野は、AI、半導体、顔認証を含むハイテク分野及びデータ・センター、データ解析分野、及び欧米への輸出分野である。ジオポリティカルリスク(地政学的リスク)が低い分野は国内コンシューマー、医療、ヘルスケアである。データ・センター(TikTokもこの類型に入る)分野に関しては米国人の個人情報を中国企業が管理する場合が最もデリケートであるが、中国国内だけで完結するビジネスモデルであっても、中国政府が少数民族を含む中国国民を特定のアジェンダをもって利用できる分野に関しても米国政府は制裁対象と考えている。一方で、現段階では自動走行分野のリスクは低いと認識しているようだ。米国では、自国のハイテク技術の流失を守るために中国企業を念頭おいたCFIUS(対米外国投資委員会)が設置されているが、現在米国議会でリバースCFIUSが審議されていて、本下半期にも設置される可能性が高いとのことだった。リバースCFIUSが施行されると特定分野の米国資本の中国企業への投資が制限されることになる。現在、個別承認制にするのか、報告制にするのか等制度の詳細を協議しているとのこと。上記のジオポリティカルリスク(地政学的リスク)が高い分野の中国企業への投資はリバースCFIUSの対象になる可能性が高いとの意見がある。

(2)中国系GPの対応状況

中国系GPは中国政府関係者等との緊密なコネクションがある。例えば女子大生の美容整形ブームにより不適切な学生向けマイクロファイナンスが横行することで美容整形ビジネス自体が中国政府から制限を受ける可能性が高いので美容整形案件への投資を控えている。その一方でジオポリティカルリスク(地政学的リスク)に関しては、本質的に米国による中国企業への経済制裁なので、中国GPは米国GPと比較すると情報収集能力が低い。
中国系GPがジオポリティカルリスク(地政学的リスク)の観点でデリケートと考える分野は軍事であり、ハイテクに関しては軍事利用がなければ問題はないという意見があったが、民生品と軍事品の境は必ずしも明確でないので、米国系GPと比較するとジオポリティカルリスク(地政学的リスク)に関する感度が少し低い印象がある。ただし、ある中国系GPは米国の大手法律事務所から定期的に米国議会等の動向のアップデートを受けて、ジオポリティカルリスク(地政学的リスク)が高いビジネスを特定してリスクを回避しようという試み始めている。

(3)香港系GPの対応状況

香港系GPは米国系GPのように、本国オフィスを通じて米国政府関係者との直接的なチャネルはないが、米国の大手法律事務所を通じて議会の動向を積極的に把握するように努めている。顧客に欧米の投資家が多いこともジオポリティカルリスク(地政学的リスク)に関する感度を上げる一因となっているようだ。ジオポリティカルリスク(地政学的リスク)が高い分野に関しての認識は米国系GPとほぼ一致している。米国系GP同様、自動走行に関してのリスクは低いと考えている。LP投資家に米国、カナダの機関投資家が多いことからジオポリティカルリスク(地政学的リスク)に関して相当な注意を払っている。

中国企業に関するバックグラウンドチェックに関する課題

米系GP及び香港系GPはインターナショナル調査会社(※)を利用している。その理由としては、インターナショナル調査会社は、ジオポリティカルリスク(地政学的リスク)に関する顧客のトレランス基準をよく理解しているので、顧客がセンシティビティが高いと考えるファインディングに関して、必ず顧客に報告がなされる(欧米顧客とインターナショナル調査会社の間では現地のビジネス関係だけなく本国を含めた多層の人間関係を確立している場合が多い)。更にはセンシティビティが高い内容に関しては、対面での報告や、電話での報告(対面による報告よりは安全性は下がるが、メールによるやり取りよりは安全)により報告がされる報告が行われている。更には、潜在的にセンシティビティが高い報告があった場合、顧客は外部弁護士にその後の調査会社とのやり取りを委託して、当該情報及びやり取りに関にしてプリビレッジ(弁護士の守秘特権)を構築した上で(中国本土でどの程度プリビレッジが守られるかは懐疑的だが、香港では有効と考えられている)深堀調査を進めるアプローチが米国系及び香港系GPの中では慣習化している。

※米国、英国を本国としてグローバル展開する調査会社

中国の情報に関係する規制強化の動向

中国においては「国家安全法」(2015年施行)と呼ばれる基本法の下に「国家情報法」(2017年施行)がある。中国で「安全保障」の概念が極めて広く、国家の主権や領土だけでなく、政治、経済、文化、民族問題などあらゆる分野が「安全保障」に該当し得る。したがって投資先企業がウイグル人を強制労働させていること、投資先企業による共産党指導者に対する贈収賄、実質的支配者が中国人民解放軍関係者であるかを調べることも「安全保障」の範疇に入る可能性が高い。このように、「安全保障」に該当する可能性がある場合には、調査会社がこれらの情報を集めることが中国の「国家情報法」や「国家秘密情報保護法」などに抵触する可能性があることから、最近では、調査会社がそのリスクを避ける為に、現地での調査活動のレベルを低下させている例がある(米国系、香港系、中国系GPいずれも同じ認識)。インターナショナル調査会社は依頼内容のセンシティビティが高い場合は、調査依頼を場合によっては断ることもある。とくにレベル1と呼ばれる公開情報調査は特段問題ないが、レベル2と呼ばれる、人的情報調査に関しては関連法令上グレイゾーンという認識である。ただし、インターナショナル調査会社は、センシティビティが高い情報は、実は中国現地ではなく、米国当局や欧米の人権団体が情報を持っている場合があり、これら情報の多くは公開情報扱いされているので、インターナショナル調査会社であればこれらの情報源にもアクセスできる。当該分野の中国法に詳しい弁護士によると、一般論として、顧客が調査会社に調査を依頼すること自体は、顧客が中国の安全保障を脅かすことにならないので問題にならない、顧客が調査結果を受領することも同様である。例えば「強制労働の有無は投資判断に重要なので、最大限情報が取れるように努力して欲しい」と依頼することは問題がない。ただし、顧客が調査会社に過度な依頼をした場合(人権違反等を発見するようにとの明示的指示)は顧客に責任が発生する可能性が有る。例えば、「どんな方法でもいいから人権侵害の事実を探してこい」または「この点はあやしいと思っているので、証拠を見つけてきてくれ」と依頼した場合は、国家安全法や関連法律は、政治的な目的により広範に解釈される可能性があるので、違法と評価される危険性は否定できない。中国ではデータの中国本土から海外への持ち出しが厳しく規制されている。国家秘密保護法は国家機密を海外に持ち出すことを禁止している。したがってウイグル等に関する調査結果が国家機密に該当するならば、調査会社が調査結果を外国の顧客に提供することは、国家秘密保護法違反になりうる。「ネットワーク安全法」(2017年施行)、「データ安全法」(2021年施行)、「個人情報保護法」(2021年施行)(3つあわせてデータ規制三法と総称されることがある)は、特定のデータについて政府手続き等を行わずに越境移転することを禁止している。調査会社が調査結果をデータとして顧客に提供することは、データの内容によっては、これらの法律違反に該当する可能性がある。顧客が調査結果を調査会社から受け取ることが、調査会社の違法な行為を幇助したと評価されるリスクは否定できないとの意見がある。以上の様に、ジオポリティカルリスク(地政学的リスク)のエスカレーションによって調査会社によるバックグラウンドチェックにも多大な影響が発生している。


[寄稿]
木嶋 謙吾 氏
株式会社ゆうちょ銀行
コンプライアンス部門 統括役


ゆうちょ銀行 コンプライアンス部門 統括役(2017年~現在)
JPインベストメント 取締役兼コンプライアンス部長(2018年~現在)
シティグローバルマーケットUSA IT・オペレーション担当コンプライアンス北米責任者(2012年~2015年)
シティグローバルマーケットジャパン 内部管理統括責任者兼コンプライアンス部長 (2010年~2012年)
リーマンブラザーズジャパン 取締役兼アジア太平洋地域コンプライアンス責任者 (2004年~2008年)
ゴールドマンサックスジャパン エクティ・コンプライアンス部長 (2000年~2004年)

ディユーク大学法律大学院卒(1992年)
中央大学法学部卒(1989年)