この記事は2023年10月6日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「「東京圏転出入均衡目標」という名の亡霊」を一部編集し、転載したものです。


「東京圏転出入均衡目標」という名の亡霊
(画像=SeanPavonePhoto/stock.adobe.com)

(総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」)

昨年末にスタートした「デジタル田園都市国家構想」で、地方と東京圏との転入・転出を2027年度に均衡させ、東京圏へのネット転入超過数をゼロにする目標が掲げられている。もともとネット転入超過数ゼロは、14年に開始した「地方創生」の基本目標とされていたものだ。当初は20年の達成を目指していたが、転入超過数はゼロに向かうどころか拡大を続け、いったん目標は取り下げられた。

地方創生を引き継ぐかたちで、今回の国家構想で目標が復活した背景には、東京圏で20、21年と転入超過数が縮小したことが挙げられるだろう。東京23区に限れば、21年には四半世紀ぶりに転出超に転じたのだ(図表)。

しかし、事態はすでに暗転している。22年には東京圏への転入超過数は再び拡大に転じ、東京23区は早くも転入超に戻った。さらに今年に入り、東京圏への転入は加速している。今年1~8月の東京圏への転入超過数(日本人移動者)は約10万6,000人となり、地方創生の開始直前に当たる13年の年間総転入超過数(約9万7,000人)をすでに超えている。

人々が居住地を変える理由はさまざまだが、社会全体としては、より高い所得を求めて移住するケースが圧倒的に多い。一方、20、21年の転入超過数の縮小は、ひとえに新型コロナの感染拡大を背景とする景気の停滞によるものだった。就職先をうまく見つけられなかった若者やアルバイト先を失った学生が東京圏での一人暮らしを諦め、実家近くで職を探したり、実家からオンライン授業で授業に参加したりした。しかし、昨今はコロナの収束による景気回復とともに東京圏に人が戻ってきた。

地方へのテレワーク移住が増えたとの報道も相次いだが、テレワークの普及も、都心から遠く離れた地方では、優位性をむしろ低下させるものだった。従来、地方が強調してきた地方居住のメリットは、日々の通勤の苦痛がなくなることだった。

確かにテレワークのおかげで、都心近郊の居住でも日々通勤する必要がなくなった。しかし、週または月に何回かの都心への出勤ならば、東京近郊に居住する方が便利だ。コロナ禍で東京近郊の神奈川、埼玉、千葉への転入超が増えた理由はそこにある。

人口移動は、労働需給の貴重な調整弁だ。人の流れを人為的に止めてしまうと、日本経済全体の成長力をそぐ。成長力を維持しながら、地方に人口を引き戻すには、東京圏に肩を並べるだけの地方産業の存在が不可欠だ。

亡霊のごとく現れては消える「東京圏転出入均衡」の目標。確かに、いつまでも地方からの人口流出が続けば、地方創生は非効率な財政支出となりかねない。移住支援金のような「人口移動、先にありき」の施策は、長い目で見て効果に乏しい。「産業、先にありき」の原点に立ち返り、地方創生以降の9年を総括するのはどうか。

「東京圏転出入均衡目標」という名の亡霊
(画像=きんざいOnline)

オフィス金融経済イニシアティブ 代表/山本 謙三
週刊金融財政事情 2023年10月10日号