鉄鋼世界4位の日本製鉄<5401>による同27位のUSスチールの買収に、米国内から反対の声が上がっている。中国勢からの安価な鉄鋼輸入に押されて青息吐息のUSスチールを救済し、同時に米国内で回復する鉄鋼需要を取り込む「Win-Win」のM&Aだけに成立する可能性は高い。しかし、成立しても日鉄にとって「最悪の事態」が生じる懸念は残っている。
国家安全保障で猛反発を受けるフォードの二の舞いか?
その懸念とは、USスチールが享受している米国政府からの保護を失うことだ。そうなれば旧式の設備と、日本に比べて高給で会社の方針に容易には従わない従業員という「お荷物」を押し付けられるだけになる。
懸念の根拠となるのは、米フォード・モーターの完全子会社が米ミシガン州で寧徳時代新能源科技(CATL)と技術提携して建設している車載電池工場。同工場で生産される電池について、9月1日に米連邦下院エネルギー・商業委員会の所属議員26人が「米国の電気自動車(EV)供給網を支配しようとする中国のもくろみを支援し、対中依存を強めて国家安全保障を危うくしかねない」とする書簡を送付したのだ。
背景には全米自動車労組(UAW)やライバルの米ゼネラル・モーターズ(GM)が、同工場に対して「懸念される外国企業」規則を厳格に適用するよう議会や政府に働きかけている事情がある。この主張が認められれば、同工場で生産された電池を搭載するフォード製EVはインフレ抑制法による税額控除の対象外となる。これに対してフォードは11月3日に子会社製電池を搭載したEVも税額控除の対象になるよう米財務省に要請した。
日鉄の場合はフォードと違って外国企業であることから、全米鉄鋼労働組合(USW)や米国内の鉄鋼メーカーからのより強い反発が懸念される。事実、USWは日鉄による買収に合意したUSスチールに「あまりにも長い間USスチールを導いてきた貪欲で近視眼的な態度」と非難し、政府規制当局に対して今回の買収が国家安全保障上の利益にかなうものかどうかを精査するよう求めている。
経済安全保障では日本も「米国の敵」
米連邦議会でも野党・共和党の上院議員3人が12月19日、買収阻止を米国政府に要求した。与党・民主党にも経済安全保障上のリスクを指摘する声がある。2024年の米大統領選挙を控えたバイデン大統領も、米国のメーカーや労働者の反発を無視できない。
今年、米鉄鋼加工のエスマークとの間でUSスチールの買収合戦を繰り広げ、日鉄に横取りされる形となった同22位の米クリーブランド・クリフスも「経済安全保障」をタテに、日鉄傘下となったUSスチールに対して国産メーカーと同等の保護を与えることに反発するのは確実だろう。
「買収の狙いは経済安全保障」(19日の記者会見)と、日米合同での中国への対抗を念頭に合併を決断した橋本英二日鉄社長だが、米国側の反応は経済安全保障上の脅威として中国企業と同様の「敵国企業」とみなされている。反対論を押し切って買収を達成できたとしても、完全子会社化したUSスチールが「敵国企業」扱いでは満足なリターンは得られない。
岸田首相は再三にわたって「米国は日本にとって普遍的な価値を共有する唯一の同盟国。日米同盟がわが国の安全保障政策の要だ」と強調しているが、少なくとも経済安全保障については米国の見方は異なるようだ。日鉄のUSスチール買収は一筋縄ではいきそうにない。