1976年、茨城県生まれ。1998年、リクルートグループ入社。中途・アルバイト・パート領域の求人広告営業に従事。新人賞を受賞。マーケットプロデュース部門に異動し、WEB・モバイル系新商品開発に従事。2003年、株式会社リンクアンドモチベーション入社(東証一部上場)。大手小売・外食・ホテルといったサービス業の採用・組織変革コンサルティングに従事。2012年には同社執行役員に就任。以後も新規事業開発(グローバル事業立ち上げ、健康経営部門の立ち上げ)を経て、サービス業に特化した組織人事コンサルティングカンパニー長を担う。2017年、株式会社HataLuck and Person(旧:ナレッジ・マーチャントワークス株式会社)を設立し、代表取締役に就任。多店舗展開型企業の経営・組織変革を目的にサービス産業に特化したプロダクト「はたLuck」の開発・提供を行う。
社長のこれまでの変遷と御社の事業変遷について
私は新卒でリクルートグループ に入社し、その後リンクアンドモチベーション社という組織人事のコンサルティング会社で14年間勤めました。リンクアンドモチベーション社で海外の新規事業を立ち上げたことをきっかけに、日本の経済や働き方を外から見て、GDPの6割を占めるサービス業の課題を解決したいという思いが募り、サービス業に特化したコンサルティングを社内起業しました。しかし、サービス業では店舗で働く従業員が大半で、売り上げを立てるためには店舗の中での課題解決が重要であると考え、会社の外に出てゼロからサービス業向けの事業を起業することを決意しました。
そこで2017年1月に、ITで店舗の課題を解決するため株式会社HataLuck and Person(以下、「HATALUCK」)を設立しました。その後、2年間サービスの開発を進め、2019年6月に店舗DXアプリ「はたLuck」をローンチしました。しかし、2020年3月にはコロナ禍となり、非常に厳しい状況となりました。店舗サービス業の将来性に疑問を感じることさえもありましたが、私たちのビジョンとミッションは人々の生活に不可欠であるサービス業を支えることであり、信念を持って続けることを決めました。
そんな中、三井不動産様 が、30年、50年後の日本を考える視点で私たちに出資してくださり、さらに、2021年5月24 日に 、「三井ショッピングパーク ららぽーと」等を含めた41施設で導入され、約10万人の方々に働くための業務アプリを提供することができました。これが私たちの会社のターニングポイントとなりました。
私たちのプロダクトは、個人のスマートフォンに業務アプリをダウンロードするという当時ではまだ新しい取り組みでした。商業施設では、施設の運営会社が自社で雇用している人数は限られており、施設内で働いている人の多くは施設内にテナントを構えるショップの従業員です。自社の従業員でない方々にもアプリを持っていただくことで、商業施設内で働いている従業員全員に直接マニュアルや情報共有、従業員クーポンなど届け、働きやすい環境を作ることができるようになります 。
通常、システム開発会社が作るシステムは、個人を管理することを目的としていますが、当社が作るシステムは、個人にメリットを提供することを目的としているため、考え方は全く異なります。今後、日本の労働人口が減少し続ける中で、企業は個人の欲求に対してアジャストしていかなければならない時代が来ます。この世間の潮流に先んじて、私は人事領域の経験を積み、ずっと個人に対して向き合うサービスをイメージしてきました。
だからこそ、「はたLuck」という業務効率化とエンゲージメント向上の両方を兼ね備えた複数の機能を持つアプリを開発しました。効率化とモチベーション・エンゲージメントは相反する要素ですが、これまで私はコンサルティングでその両立を図ってきました。今回は、システムでそれを実現することが私のチャレンジです。
結果的に「はたLuck」は、多くの大手企業からも注目されており、コロナが明けつつある現在、ホテルや旅館、飲食店を中心に導入いただいています。現在、200,000人のユーザーと16,000店舗 が利用しているサービスに成長しています。これが、設立から現在に至るまでの成果です。
社長の一番感銘を受けた書籍とその理由
C.I.バーナード氏の『経営者の役割』という本です。この本は大学で組織論を学んだ際に初めて読んだのですが、この本に出会ったことで、組織論やモチベーションについて深く考えるきっかけとなりました。内容としては古典的な組織論を扱っており、非常に難解な本と言われています。
私は大学時代や組織人事のコンサルタントをしていたとき、コロナ禍など、折に触れてこの本を読み返していて、今までに8回ぐらい読んでいると思います。もう本は汚れてしまっていますが、それぐらい重要な本です。中身は確かに難解ですが、学者やコンサルタントでもない、バーナード氏という経営を実際にやった人が本当に何が大事なのかを語っているためとても参考になります。最終的にリーダーシップの本質は道徳であるとバーナード氏が言っていることに、多くの経営者が共感するところだと思います。
書籍から学んだ内容が活きた時は?
この本から学んだことが活きたエピソードは多くあります。最近だと「顧客」と「売上」どちらを優先するかの決断をした時です。HATALUCKはスタートアップとして多くの企業様から出資をいただいています。当時、この先も会社を経営し続けるためには新しい売上が見込めるサービスの開発が必須で、既存機能の品質安定化への対応よりも新機能の開発の優先度を上げて進めていました。しかしこの時、長年ご契約いただいていたお客様より「改善されないなら解約も検討する」という重大なクレームが入りました。既存機能の品質安定化への対応優先度をあげると、新しいサービスの開発が遅れ、会社経営のための資金繰りが悪化する可能性や、資金調達の難航により健全な事業活動ができなくなるかもしれません。開発をするためにはヒトもカネも時間もかかるため、どちらかを選択するか決断が必要でした。
そこで、私は『経営者の役割』をもう一度読み直し、改めて自分がなぜ独立起業したのか、「サービス業の課題をITで解決したい」という原点に立ち返りました。この時すでに契約いただいていたお客様は、「はたLuck」がまだ生まれたての頃からずっと期待を込めて導入いただいていた大切なお客様です。これまで信じてついてきてくださったお客様の課題を解決できずして、サービス業の課題を解決することは難しい。そう思って私は、既存機能の品質安定化への対応を優先することを決断し、株主や社員への説明を行いました。
バーナード氏が言っていることは、日常の企業経営にも通じることです。役職者と呼ばれる上位の役割に就いている人たちには、常に複雑な道徳心というものが求められるため、普段の企業経営でも様々な葛藤があります。経営者や役職者がその葛藤の際にどのようにあるべきか考える際に、この本は非常に参考になります。
経営において重要としている考え方
経営において本当に大切なことは、企業を支えている社員の気持ちや信頼であり、それがあって初めて組織は隅々まで動くと私は考えています。組織がその信頼を失ったときには、もはや機能しなくなります。社員の信頼やモチベーションがあるからこそ、お客様を獲得でき、売り上げが上がり、株価が上がって株式市場で評価されます。しかし、プロ経営者の会社再生の考え方や短期的な結果追求思考は、この原理原則が逆転し、株式市場ありきの考え方が広まっていると感じます。これは、経済学を学んできた私からすると、とてもおかしな状況だと思うのです。日本においてなかなかイノベーションが起こらないのは、こうした短期的な数字を追い求める経営者や経営参謀が増えたせいだと考えています。その結果、社員は会社に対して疑問を抱くようになり、組織が弱体化してしまうのです。そうならないためにも、私が経営で大切にしていることは、信念や道徳といった価値観です。
思い描いている未来構想
私たちが目指す未来は、シフトワーカーエクスペリエンスの向上です。現代では、デスクワークを行うホワイトカラーの方々にとって、モチベーションやエンゲージメントといった仕事の体験価値の概念(ワークエクスペリエンス)は当たり前となってきました。しかし、シフト勤務やサービス業で働く非正規の方々にとっては、まだ仕事の体験価値という言葉自体が知られていない状況があります。この状況を変えて、シフトワーカーエクスペリエンスが日本で当たり前になることが当社の未来構想です。
また、世界的にもサービス業で働く方々の地位が低い状況が続いています。当社は、サービス産業が付加価値を作り出し、人がサービスを提供することがかけがえのないものであるという状況を作っていかなければなりません。今後の世界では、ECの発展やロボットによるサービス提供など、今あるサービス業の一部が代替されていくことが予想されます。その時に、人がサービスを提供する際には価値があるという前提を作っておかないと、給料が伸びないままの人々が増えてしまい、経済の基盤が崩壊してしまいます。そうならないためにも、私たちは、社会実装される新しいサービスを提供していくことを目指していきます。具体的には、サービス業で働く中で、それぞれがやった仕事の貢献度合いがちゃんと評価され、報酬という形でも、エンゲージメントという形でも働く人に還元される仕掛けを実現していきたいと考えています。
- 氏名
- 染谷 剛史(そめや たけし)
- 会社名
- 株式会社HataLuck and Person
- 役職
- 代表取締役 CEO