ルネサス エレクトロニクス<6723>が、仏シーカンス・コミュニケーションズの買収を断念したと発表した。理由は東京国税局から買収に当たって納税が必要と指摘されたため。企業を「売った」側ならばともかく、なぜ「買った」側が課税されなくてはならないのか?
「タックスヘイブン対策税制」で思わぬブレーキ
ルネサスは2023年8月にシーカンスの買収を発表。両社の基本合意書によると、ルネサスはシーカンスの全株式をTOB(株式公開買い付け)で取得。シーカンスの普通株1株当たり0.7575ドル(約114円)、米国預託株式(ADS、1株が普通株式4株に相当する)1株当たり3.03ドル(約456円)で買い取るとして、同年9月11日からTOBを始めた。
シーカンスはスマートフォンなどの移動体通信端末向け半導体を供給する、欧州でトップ3に入るファブレス(自社の生産拠点を持たない)半導体企業だ。
これまでにフランスや英国、米国、台湾による買収の承認は得たものの、応募が少なくTOBの延長を繰り返してきた。最後の「引き金」となったのは、東京国税局からTOBが成立した場合は日本の租税特別措置法第66条の6に基づいて納税が必要となるとの見解を示されたこと。基本合意書では国税から不利益裁定を受けた場合は合意を解除できると定めており、この解除権を行使してTOBを終了した。
租税特別措置法と言えば、外国子会社合算税制などを利用した課税逃れを防止するための「タックスヘイブン対策税制」として知られる。海外に本店を置く日本企業が、著しく低率の現地税制を利用したケースでは、法人税法第69条第1項に規定する外国法人税に該当せず、租税特別措置法第66条の6第1項に規定する特定外国子会社等に該当するため日本の法人税制を適用するとの判例もある。
問題となったのは「課税逃れ」ではなく「譲渡益」
しかし、ルネサスによるシーカンスの買収は、そのような課税逃れや節税を狙ったものではない。そもそも財務省によればフランスの法人実効税率は25.00%で、日本の29.74%と比べて著しく低いわけではない。外国子会社合算税制を課税逃れに利用するには、フランス企業では税率格差が小さすぎるのだ。
では、どこが問題になったのか?ルネサスは子会社の独Renesas Electronics Europe GmbH(デュッセルドルフ)を通じてTOBを実施した。欧州子会社による買収は、買い手がEU域内の企業とみなされるため現地政府による審査が緩やかになるのに加えて、EU市場に参入しやすくなり、法務・税務上のメリットもある。
ルネサスによると東京国税局はシーカンスを100%子会社にするための、シーカンスとルネサス独子会社の合併という組織再編などに伴うスクイーズアウト(少数株主からの強制的な株式買い取り)の一連の取引が、日本の外国子会社合算税制上課税の対象になると判断されたという。
課税額の基準となる譲渡金額は、シーカンスの株式価値がベースとなり約1億9700万ドル(約296億円)。ルネサスとしては当初から買収の前提条件としていた要件が満たされなくなったため、TOBの中止を決めた。
ルネサス本体と独子会社との間のシーカンス株の移動は、売却益を売るためのものではないのは明らか。ルネサスとシーカンスは5G(第5世代移動通信システム)プラットフォームをベースにしたIoT(モノのインターネット)モジュールの開発などの協業に取り組んでおり、今回のTOBも投資目的ではない。にもかかわらず譲渡益が生じるとして課税する東京国税局の判断には疑問が残る。
一方、フランスのM&A規制にも問題があった。 EU 域外の企業がフランス企業を買収する場合、純粋な交換買い付けができない仕組みなのだ。ルネサスのシーカンス買収断念は株主からのTOB応募が不調だったこともあるが、日仏両国の行政が足を引っ張ったのは間違いない。
文:M&A Online
*譲渡金額とルネサスのTOB中止判断について加筆修正しました。