(本記事は、岡澤 一弘氏、西尾 浩紀氏の著書『物流現場の最適化DX』=ディスカヴァー・トゥエンティワン、2022年7月22日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
本当にすべての現場で自動化は必要なのか
「自動化」は、本来の目的を実現するための、あくまで手段にすぎない、ということは理解していただけたのではないかと思います。
次のステップとして、考えていきたいのは「本当にすべての現場で自動化が必要なのか」ということです。
こんなことをいうと「この作業人員不足の時代に、ひとりでも少なく作業できるのなら、それにこしたことはない」と、間髪入れずにコメントが返ってくるかもしれません。
それはおっしゃるとおりでしょう。そのこと自体について、私も異論はありません。ではここでなにがいいたいのかというと、自動化には、「それに適した現場と、そうでない現場がある」ということです。それにもかかわらず、とにかく自動化を推し進めようとしているケースがあまりにも多くみうけられるのです。
かつて私がうけた相談のなかに、次のようなものがありました。
「運営している現場で自動化がしたい。とくに、棚搬送型のAGVを導入してピッキングを楽にできないかと考えているが、どのように進めたらよいかわからないので相談にのってほしい」という内容です。
相談内容自体は、比較的よくある相談のひとつで、確認しておく事項も頭のなかにはいっているため、現場をみながらヒアリングしていこうと視察に臨むことにしました。当日訪れることになったのは、物流センターというよりは「倉庫」という言葉のほうがしっくりくるような現場で、入出荷の荷さばき、バックヤード保管のスペースもふくめて100坪ほどの広さだったでしょうか。
最初その場所に足を踏み入れたときには、AGVを導入したい現場はまたべつで、「参考までに」と、近くの現場をみせていただくのかな?と思っていました。ところが、案内役の担当者は「ここなんですけど」と立ち止まると、なんのためらいもなく、ここでAGVの導入を想定していて......と説明をはじめたのです。
説明の内容をかんたんにまとめると、次のようなものでした。
- 店舗向けの出荷をおこなうためのセンター
- 物量は日に数十件〜数百件程度(繁忙・閑散期あり)
- 従業員は全体で5名程度、ピッキング作業は2〜3人
- ピッキングはパレットに載ったカートンから必要数をバラピック
- ピッキングスペースは数十坪、パレット平置きと一部ネステナ保管
- 作業日前日までの受注分を、当日お昼すぎごろまでにピッキング
いわゆるBBの物流センターです。この工程を自動化したい、という相談だったのですが、即答で「投資対効果があまりにも悪すぎる」とお答えしました。そして、自動化でそれなりの効果がある現場の規模感や作業内容を伝えて、その視察は終了、となりました。
また、こんなケースもありました。
卸売業を営んでいる企業で、やはり自動化をしたいという相談です。まずは現場をみてからディスカッションしましょう、ということでしたので、自動化を考えている現場に向かうことになりました。現場にはいってみると、前述の件のような、いわゆる倉庫というイメージではなく、物流センターとよんでも差し支えのない雰囲気や規模感で、従業員の数もざっとみまわしただけでも数十人はいるだろうなと推測できます。
しかし、ひととおり案内されると、「ここも自動化には向いていないな」という正直な感想をもちました。
それというのも、この物流センターの取り扱っている商品や、その機能が複雑で多種多様だったからです。温度帯管理が必要なものとそうでないもの、長尺物・重量物・小物、輸出対応に返品対応、返品商品のリペアにも対応しています。物流センターでおよそ考えられるすべての機能があるのではないかと思えるほどの、充実した現場です。
だからこそ、意外に思われるかもしれませんが、効果のある自動化を実現するのは、非常にむずかしくなるのです。
本書での自動化の定義は「物流センター内でおこなわれている作業のうち、人がおこなっている作業の一部、または全部を機械設備でおこなうこと」ですが、それ自体は、あらゆる現場で可能だといえるでしょう。ただしそれは投資対効果を抜きにした場合です。
つまり、先述した「自動化に適した現場とそうでない現場がある」ことを理解していないと、自動化自体が失敗だったという結果になり、途中で気がついたとしても、大きな時間的・金銭的ロスが発生してしまうことになりかねません。
自動化に対して非常に関心が高くなり、物流事業者各社では、それに出遅れることがないようにと専門の組織までつくって取り組んでいる企業もあることは、それはそれでよい状況だと思います。しかし自動化に前のめりになるまえに、もう少し「自動化するとはどういうことなのか」とか、「自分たちの現場は、検討・推進するに相応しいかどうか」を冷静に検討することが必要です。
まわりを巻きこむのは、それからでも遅くありません。ユーザー側が、まず自らの現場をもう一度みつめなおすことが、自動化のリテラシーを高める第一歩となるでしょう。
日本の物流現場と自動化の相性
すべての現場で、本当に自動化が必要なのか。
たとえ必要性はあったとしても、その効果はでるのだろうか。
現在、物流現場の構築・運営にたずさわる立場の人なら、必ずこの問いが突きつけられるはずです。私もこの問いに長い間、真摯に向きあってきたひとりだと自負しています。この問いが発せられるのは、先述したふたつの事例のように、現場で人手不足が深刻化するなか、「自動化」が切実に求められているからです。
私は、おもに自動化設備のユーザー側で導入支援をおこなっていますが、そのいっぽうで、メーカー側に立って技術的な指導や営業面での支援をすることも少なくありません。ユーザーが設備にどういう機能を望んでいるのか、どういう使い方をしたいと思っているのか、そういった情報のフィードバックが期待されているのです。
メーカー側の担当者と情報交換をしていると「(ユーザー側企業から)視察には何十何百社ときてくれるのですが、実際に導入にいたるケースはほとんどありません。これはどういうことなんでしょうかね?」という質問をうけることが多くあります。この「積極的に視察はするが、導入はしない」という状況こそ、いまの日本の物流現場でおきていることを象徴しているのではないでしょうか。かねがね、ここに「解消しなくてはいけない問題の原因」が潜んでいると思っています。
では、いったいなぜ、興味をもって視察までしたのに、実際に導入にはいたらないのでしょうか。これまで自分が自動化にたずさわった経験から推測してみると、理由はおもに3つあると考えています。
まず1つめは「自動化が世の中的なトレンドだから」視察をしてみた、というケースです。
「とりあえず情報収集」だけはおこなおうというケースです。実際に私も自動化設備の導入現場の視察に同行することがよくありますが、メーカー側がひととおり製品の説明を終えて質疑にはいった際に、視察者のだれからも質問がでなかったり、質問があったとしても価格についてだったりと、ユーザー側の視察者が、あきらかに「具体的に現場でなにをみたいのか、あまり考えずにやってきました」という雰囲気をかもしだしていることがあります。
これはまさに「とりあえず情報収集」パターンで視察する人たちの特徴だといえるでしょう。
2つめが「メーカーから見積もりまで取得して、検討を進めたけれど、予算内に収まらずに、結局社内で承認がとれなかった」というケースです。
これはまだしもまともなプロセスを踏んでいるといえますが、なかにははじめから情報収集だけという目論見だったのか、見積もりまでメーカー側につくらせて、以降は音沙汰がなくなるようなケースも耳にします。メーカー側も、まだまだスタートアップ企業で少数精鋭で営業対応しているところも多いため、この見積もりを提出するだけでもかなりの負荷となるはずです。
見積もりまでとるというのは、具体的な商談にはいったということですから、きちんと誠意ある対応を心がけてほしいものです。
話が少しそれてしまいましたが、3つめは「ユーザー側の現場作業に特殊性があるから導入がむずかしいと見送られてしまう」ケースです。
実際に私が視察に同行した際に、メーカーから製品説明やシステム仕様の説明をうけたあとで、同伴しているユーザー側の担当者が必ず口にする言葉が「うちの現場は特殊なんで」なのです。これまでに数多くの自動化の相談をうけてきましたが、ほぼすべての案件でユーザーから「うちの現場は特殊なんで」という言葉がでてくる、といっても過言ではありません。
自分たちの現場がいかに特殊な作業に対応しているかを滔々と語った挙げ句、うちでは自動化は時期尚早のようです、もう少し技術進歩をまちましょうと、結局、導入は見送りという決断がくだされる。そんなシーンになんどもでくわしました。なぜ、これほどまでに「うちの現場は特殊」という会話が繰り広げられるのでしょうか?そして「うちの現場は特殊」というのは、本当なのでしょうか。
「うちの現場は特殊」の背景
このユーザーがいつも口にする「うちの現場は特殊」という言葉ですが、その真意をくみとろうと考えてみると、たしかにそうだなと思いあたるフシもあります。
これはあくまでも私見にすぎませんが、この「うちの現場は特殊」という言葉が生まれてくる背景には、メーカー側とユーザー側では、その前提がちがっているということがあるのかもしれません。
メーカー側では、ハード・ソフトを提供して作業の効率を最大化することがすべての前提になっています。そのいっぽうで、ユーザーつまり物流の現場側は、顧客によろこんでもらうことが大前提なのです。作業の効率化が、いかに喫緊の課題だとしても、それを優先することにはなりません。
この顧客とは、荷主の立場からいえばエンドユーザーで、物流事業者の立場でいえば荷主となるわけですが、物流センターでは、荷主とエンドユーザーなど立場のちがう顧客のニーズが整理されて、それをみたすように作業が組み立てられているということになります。
つまり「うちの現場は特殊」というのは、端的にいうなら、「物流の現場では、効率性よりも顧客のニーズをみたすこと」あるいは「顧客の利便性を優先しているということ」だと私はとらえています。
この現場作業の効率性と顧客の利便性というのは、両立させるのがむずかしく、相反してしまいがちな要素が多いのです。あくまで効率性を追求しようとすれば、生産工場のラインのように単一製品だけを取り扱い、投入のタイミングも出荷のタイミングも規格化してしまうのがいちばんよいわけですが、これが物流の場合では、なかなかそうもいきません。
とくに昨今、隆盛をきわめている通販は、取り扱い商品を増やすロングテールモデルで成功している事業者が多いのですが、そうすると、当然小さいものから大きな商品までを取り扱うことになります。
卸売業も、顧客(小売)の要望に応じてラインナップを拡大していくので、自然と取り扱う商品数は増えてしまいます。さらに納品条件も、カンブリア爆発でもおこったのかと思うほど多種多様なことに驚くばかりです。
3PL事業者も、顧客の要望になるべく応えようと多様な機能・作業を提供して、複雑な条件の契約を荷主ととり交わしています。
このように、物流現場は多種多様な物品と条件をすべて吸収する場として機能ができあがっているため、効率化しづらい構造となっています。顧客のニーズをみたしながら、自動化を導入して、効率化も実現するというお題は、じつはとんでもなく難易度の高いチャレンジだということをしっかりと認識する必要があるでしょう。
効果のある自動化を実現するためには、効率性を意識した現場づくりに意識をシフトしていく必要があります。しかし、これは言葉でいうのはかんたんですが、かなり高いハードルでもあります。
また、物流の現場が顧客ニーズをみたすために効率化しづらい構造になっているのは、日本独特の企業文化に、その要因があるからかもしれません。
それは、業務を支援するシステム開発と業務の現場への導入プロセスをとってみてもよくわかります。欧米や中国では標準化された物流システムを開発し、採用した企業がそのシステムに業務をあわせていくという発想をもっていますが、日本企業は自社の業務にあわせてシステムを開発するという発想が強いので、システム機能が複雑化しがちです。
このスタンスのちがいも、日中欧米の自動化達成比率に影響を与えているのではないかと考えられます。
そう考えると、日本の物流の強みでもある顧客の要望に応じたきめこまやかなサービスというのは、自動化と非常に相性が悪いことがわかってきます。
自動化を推進するということは、顧客に対して「できないこと」を増やすことになり、これまでのサービスレベルを落とすことにつながります。話を戻すと、「うちの現場は特殊」と語るのは、ユーザー側の担当者が情報収集をするなかで、「自動化が自社のビジネスにとってマイナスになりかねない」と気づいたために、二の足を踏んでいる状態だといえるでしょう。
自動化を推し進めることには自社の強みを殺してしまうリスクがともないます。物流事業者各社は、それでもなお、自動化を推し進めていくメリットがあるかどうかを考えなくてはならない岐路に立たされているのです。
株式会社KEYENCE、株式会社ダイアログにて物流業界向けのソリューション提案に従事し、100以上の現場へ足を運ぶ。そのなかで、多くの現場では在庫管理などの「モノの管理」の仕組みはあるが、そこで働く作業員の管理、運営支援をおこなうサービスがないことに気づき、2019年に株式会社KURANDOを設立、安価に導入できるSaaS型倉庫内DXサービス「ロジメーター」シリーズを展開する。販売開始から1年で100センター以上が採用するヒットサービスとなり、現在は、利用各社の有効活用法を相互共有することで、物流課題の真の解決につなげる活動を推進している。
ジュピターショップチャンネル、アビームコンサルティング、モノタロウと、一貫して物流領域での業務に従事。モノタロウではAGVピッキングシステムをはじめ自動化設備を多数導入した国内最大規模の物流センター立ち上げプロジェクトのPMとして、庫内・配送・労務業務設計にいたるまで多岐にわたる領域をリード。稼働後はセンター長としてセンターマネジメントを実施。2018年株式会社CAPES設立。スタートアップから大企業まで、幅広く物流案件に対応してきた実績を有し、とくに自動化設備の導入・運用、EC物流の構築、物流センターの立ち上げにかんする豊富な知見を有する。
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(提供:Koto Online)