この記事は2024年5月10日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「韓国総選挙は与党惨敗、尹政権の「死に体」化は必至か」を一部編集し、転載したものです。


韓国総選挙は与党惨敗、尹政権の「死に体」化は必至か
(画像=Evgenia/stock.adobe.com)

(韓国統計局「消費者物価指数」ほか)

4月10日に投開票された韓国の総選挙では、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権を支える保守系与党である「国民の力」が敗北した。2022年の大統領選を経て誕生した尹政権にとって今回の総選挙は「中間評価」の意味合いがある。また、政権発足以降は議会とのねじれ状態が政策運営の足かせとなり、その行方にも注目が集まった。しかし、最終的には与党の獲得議席数は系列政党と合わせても改選前を下回るなど惨敗を喫した。

与党の惨敗にはさまざまな要因が複雑に影響している。経済面では、コロナ禍を経て社会経済格差が一段と拡大しており、23年の合計特殊出生率が0.72と8年連続で過去最低を更新したことも大きい。さらに、ここ数年は商品高や、米ドル高によるウォン安を受けたインフレ高進に加え、コロナ禍の一巡による経済活動の正常化により、首都ソウルを中心に不動産市況は急騰。中央銀行は累計300bpもの利上げを余儀なくされた。

その後は商品高や米ドル高の一服により、いったんインフレは頭打ちとなったが、足元では風向きが変わりつつある。異常気象を理由とする食料インフレの兆候が見え始め、中東情勢の混乱による国際原油価格の底入れがエネルギー価格の上昇を招くなど、生活必需品を中心にインフレ圧力が強まっているのだ(図表)。

金融市場における「米ドル一強」の背後でウォン安による輸入インフレ懸念も高まっている。なお、ウォン安は価格競争力の向上による輸出押し上げに資すると期待されるが、最大の輸出相手である中国との関係悪化に加え、中国経済自体の不透明感が輸出の足かせとなる中で、その恩恵を受けにくくなっている。

韓国では、家計債務がGDP比で100%を上回るとともに、その大宗を住宅ローンが占めるなど不動産市況の動向の影響を受けやすい。しかし、中銀の金融引き締めが長期化する中で、不動産市況は22年半ばをピークに頭打ちし、調整の動きが続いている。

要するに、家計部門は生活必需品を中心とするインフレに加え、不動産市況の低迷によるバランスシート調整圧力、債務負担の増大という「三重苦」に直面しているのだ。こうした逆風の中で、尹政権は選挙戦を迎えたことになる。

ところで、野党は総選挙で系列政党を含めて議席を増やしたが、大統領への弾劾訴追や大統領が拒否権を行使した法案の再可決が可能となる水準には満たしていない。もともと政権と議会はねじれ状態にあったことを勘案すれば「何も変わらない」のが実情だろう。ただ、尹政権は3年ほど残る任期においてレームダック(死に体)化する可能性が高い。日韓関係や北朝鮮問題、中国を巡る動きなど課題が山積するなか、混迷の度合いが増すことは避けられないだろう。

韓国総選挙は与党惨敗、尹政権の「死に体」化は必至か
(画像=きんざいOnline)

第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト/西濵 徹
週刊金融財政事情 2024年5月14日号