この記事は2024年5月10日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「地政学リスクに翻弄されるアルミニウム」を一部編集し、転載したものです。
飲料缶から自動車部品など幅広い分野で使用されるアルミニウムは、身近な素材であるものの国内では生産されておらず、全量を輸入に頼っている。再生アルミも、元をたどれば海外で生産されたもの。加工が容易で軽量、しかも供給と価格の安定が続いてきたことで、アルミ利用は促進されてきた。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻以降、アルミ市場の不安定化が進み、価格変動も大きくなっている。
米国は4月12日、ロシア産アルミなどの金属の輸入と、国際金属取引市場における決済対象の一部としての利用を禁止する決定を下した。輸入禁止については、すでに実施されている関税の大幅な引き上げにより、その影響は小さいとみられている。問題は後者だ。ロンドン金属取引所(LME)では、先物満期日までに手仕舞い売買する差金決済か、指定された倉庫にある現物在庫を受け渡しすることで取引を決済する。ロシア産地金の利用が禁止されたことで、現物決済の対象は減少。その結果、LMEでのアルミ流通量は少なくなるため、価格は上振れしやすくなる。
3月末にLMEが公表したデータによると、アルミの取引所在庫のうち60%以上はロシア産で占められていることもあり、市場は混乱に陥った。その後、LMEが緩和策を打ち出したことで市場は落ち着きを取り戻しつつあるが、以前のような安定を期待するのは難しい情勢だ。
加えて、4月17日に米国は中国のアルミ製品に対し、関税の引き上げ方針を示した。米国の措置を追うように、メキシコも自由貿易協定(FTA)締結国以外からのアルミ製品の輸入関税を引き上げている。
メキシコは中国とFTAを締結していないため、北米市場から中国産アルミを締め出す動きが強まっている。米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を利用した中国による迂回輸出を防ぐため、米国が要請したものとみられる。今秋の米大統領・議会選挙もさることながら、2026年7月にはUSMCAの見直しが予定されている。その際の修正要求を考慮すると、メキシコの政策は米国に同調しやすくなる。
アルミ市場の安定は、経済のグローバル化と密接に関係している。ボーキサイトと安い電力を確保できれば、生産が容易なアルミは新興国にとっては輸出で外貨を得やすい素材だ。冷戦が終結し、地政学リスクが低下したことでロシアや中国、中東諸国などに産地が拡大し、供給力が高まったアルミ価格は貿易を通じて安定してきた。しかし、いまやグローバル化は後退しており、供給網は劣化し価格は上がりやすくなっている。
とはいえ、ロシア産品が新しいルートを発見し、市場に流入する可能性があることはエネルギーでも経験済みだ。中国産も同様だろう。
以上のことに鑑みれば、これまでよりはやや高い水準で変動幅の広い取引が続く可能性が高い。向こう3カ月の取引価格は、1トン当たり2,400~2,800ドルとみている。
住友商事グローバルリサーチ チーフエコノミスト/本間 隆行
週刊金融財政事情 2024年5月14日号