アトツギベンチャー
(一般社団法人ベンチャー型事業承継 代表理事 山野千枝氏)

ファミリービジネスが9割以上を占める日本において、後継者不足による倒産や廃業は切実な社会課題だ。富国のカギを握る中小企業の活性化が叫ばれる中、注目されているのがアトツギベンチャー。会社を後世に繋いでいきたい経営者にとって、意欲的な後継者が増えていくことは歓迎すべき変化である。そんな野心あるアトツギを支援し、「アトツギベンチャー」という言葉の産みの親でもある一般社団法人ベンチャー型事業承継の代表理事 山野千枝氏に継ぐ側、継がせる側の覚悟について話を聞いた。ぜひファミリービジネス永続化の手がかりにしてほしい。

▽お話をお聞きした人:一般社団法人ベンチャー型事業承継 山野千枝氏
1991年関西学院大学を卒業後、ベンチャー企業やコンサルティング会社を経験し、大阪産業創造館の創業メンバーとして参画。ビジネス情報紙「Bplatz」の編集長を務め、多くの経営者取材に携わる中で後継者支援の必要性を感じ一般社団法人ベンチャー型事業承継を設立し代表理事に就任。オンラインコミュニティ「ファースト」主宰。(株)千年治商店代表取締役。

【著書】
「アトツギベンチャー思考〜社長になるまでにやっておく55のこと」(日経BP)
「劇的再建:非合理な決断が会社を救う」(新潮社)

アトツギが正しく評価される社会を実現したい

――まずは山野さまのご経歴と一般社団法人ベンチャー型事業承継が設立された経緯を教えてください。

ベンチャー企業やコンサルティング会社で勤務した後、30歳の時に大阪市経済戦略局の大阪産業創造館へ転職しました。そこでスタートアップや中小企業の支援に20年ほど従事した経験が今の仕事のベースにもなっています。2018年に一般社団法人ベンチャー型事業承継を立ち上げたのですが、当時はまだアトツギに対する社会の認知も支援も充実していませんでした。ないなら作ろうということで設立した団体です。

――貴団体の事業内容について簡潔にご解説ください。

大きく2つありまして、1つはアトツギが社長になるまでに習得すべき学びを得るためのオンラインコミュニティの運営。もう1つは行政などからの受託です。スタートアップ支援から、アトツギを対象にしたベンチャー支援に予算を振り替え、アトツギ対象のアクセラレーションプログラムを始動させている自治体があり、その運営を任されています。

大きなところで言うと、中小企業庁が主催している「アトツギ甲子園」というピッチイベントの企画運営に携わっています。それともう1つ、ディープテック(※)支援も始めていまして、加工会社や素材メーカーなど技術領域の会社のアトツギを対象にディープテック化を目指そうというプロジェクトも始めています。

(※)ディープテック:社会課題を解決して生活や社会に大きなインパクトを与える科学的な発見や革新的な技術のこと

――大阪産業創造館時代にビジネス情報誌『Bplatz』編集長を務め多くの経営者と会話する中でアトツギへの価値観が変わっていったのでしょうか。

私も実家がファミリービジネスでした。20代の頃は同族経営の世界からどうにかして遠く離れようと思っていたのもあり、スタートアップ支援がしたくて大阪産業創造館に転職しました。

『Bplatz』編集長としてユニークな会社を取材する機会に恵まれた中で、スタートアップの創業者たちとアトツギの経営者たちは、アプローチこそ違えど結果的に両方ともイノベーションを起こしていることに興味が湧きました。

「爺さんが裸一貫でリヤカーを引いて始めた会社を俺の代で潰すわけにいかん」と言いながら世界に誇れる技術を生み出しているアトツギの姿、地味かもしれないけれど尊い。

日本の経済を支え、イノベーションを生んできた文化をなくすわけにはいかない。会社を繋いでいくアトツギが正しく讃えられる文化を作りたい、アトツギの魅力をもっと世の中に知ってほしいと考えました。団体設立の原点ですね。

――アトツギベンチャーとはどのような企業を指すのでしょうか。

三類型していまして、株式公開を目指していく「イグジット型」。株式公開を目指さず、オーナーシップを維持したうえで規模の拡大を目指し、地域の税収や雇用に貢献していく「地方豪族型」。規模の拡大も株式公開も目指さず、独自性と収益性の高いビジネスモデルで生き残っていく「ランチェスター型」。

一般社団法人ベンチャー型事業承継
(引用:一般社団法人ベンチャー型事業承継)

当団体にはメンターと呼ばれるアトツギベンチャー経営者が全国に200人ほどいるのですが、イグジット型が15%ぐらい、地方豪族型が35%ぐらいで、残りの50%ぐらいがランチェスター型という分類になっています。

――貴団体が関わったベンチャー型事業承継の具体例をご紹介いただけますでしょうか。

昨年の「アトツギ甲子園」ファイナリストでもある大分県日田市で林業を営む田島山業株式会社は、J-クレジットを大企業に販売して山を守る仕組みを作り注目を浴びました。2024年2月にはLINEヤフーがJ-クレジットを大量購入して共同記者会見を実施しました。

同じく大分県で廃棄野菜のパウダーを作っている株式会社村ネットワークは、離乳食などへの展開ができるような商品パッケージを作っています。それに、アトツギの應和春⾹(おうわはるか)さんがもつ臨床心理士の資格を活かした働くお母さんの相談事業をサービスに交えたプラットフォームの事業化を目指してアトツギ甲子園に出場しました。その結果、予定よりも数年早く事業承継をしています。