若い世代に託していくことで歴史が繋がっていく
――後継者不足が叫ばれる昨今、後継者がいたとして誰もが順風満帆に事業承継できるわけでもないと感じます。アトツギの難しさや葛藤はどんな部分にあるのでしょうか。
同族経営の場合、後継者は30年ぐらい時代観が違う先代から引き継ぐことになります。30年違うと、見えている未来の姿も描いている危機感も違います。新しいことにチャレンジしようとする時に、周りを説得しながら前に進めていく必要があるのが特に苦労する部分です。お金の工面や事業のアイディアの有無ではなく、既存の組織の中で新しいことを始めていく難しさが一番だと思います。
――裏を返すと、継がせる側にとっても30年間のギャップが難しい部分になるのでしょうか。
継がせる側は、30年間のギャップがあることをあまり認知していないケースが多いと思います。時代の変化には気づいているけど、あと10年くらいなら逃げ切れると思ってしまっている。だけどアトツギは、10年後どころか5年後も危ういと感じています。そういう危機感が噛み合わないところは、三国志の時代から何も変わっていない同族経営の難しさだと思います。
――そういう課題を払拭、解決していくためには何が必要になるのでしょうか。
結局、どちらも意識を変えないといけませんし、社会全体が「若い世代にどんどん託していこう」というムードになっていく必要があると思います。「アトツギ甲子園」の実施はそれを目指したものです。まだ社長にもなっていないし、実印もなくお金も借りられない立場だけど、未来の経営者として表に出る機会を増やしていくことが大きな力になると思いますし、結果的に事業承継が早まるケースも増えています。
――ベンチャー型事業承継によって新しい事業にチャレンジするためには、継ぐ側と継がせる側はどんな関係性でいるべきでしょうか。
私はいつも「アトツギはだんだん社長になっていく」と言っています。たまたま経営者の家に生まれ、リーダーシップなんて発揮したことがない人たちが社長になっていくのがアトツギの世界です。その中で、与えられた権限や立場によって徐々に経営者マインドになっていくものなのです。会社によって事情があるので社長交代の時期を早められないケースもあるでしょう。でも採用や新規事業など、会社の未来に関連する取組みはアトツギに任せていくべきです。
それは先代の“物語”が残ることにもつながります。後継者が育たずに会社を潰すか売るかせざるを得なくなってしまうと、先代の物語を語り継ぐ人もいなくなってしまう。本当に会社を残したくて、自分の生き様を後世に継いでほしいのであれば、バトンを渡す準備をする必要があります。
――事業承継を円滑に進めるコツは何だと思われますか。
アトツギが会社の歴史を知ろうとする姿勢を周囲に見せるというのは大切です。表面的な、社史に載っている綺麗な話だけではなく、創業家だけが知っている黒歴史や秘話がどの会社にもあるものです。それを乗り越えて今の社風が生まれているのだとか、その反省から今があるのだということを共有することで、関係がほどけていくのです。
先々代が生きているうちに聞いておかないと誰もわからなくなるとか、どんな理由でもよいのですが、それを先代と一緒に聞きに行く。結果的にそういう無形資産が会社のブランディングに使われるようになったり、先人に対するリスペクトを見せるきっかけにもなったり、会社の信頼性に繋がるところもあるので、すごく価値のあることだと思います。
――最後にアトツギベンチャーが壁を乗り越えていくためのアドバイスをお願いします。
よく「先代を投資家と思え」と言うのですが、意思決定者が先代である以上、大規模な予算を組んでもらうなど、組織を動かすための意思決定をしてもらうには交渉するしかありません。その際に、ロジカルに攻めてもあまり奏功しないのが同族経営です。
前職での経験や学歴、MBAなどをひけらかして賢そうにやると余計に反発を買う場合もあるのです。極論かもしれませんが、細々とステルスで始めてプライドを捨てて泥臭く取り組み、小さな結果を出すことで説得する。それしかないと思います。
継がせる側がアトツギに対して、人間としても経験値も未熟で、まだ頼りない、リーダーシップが足りないと感じるのは仕方のないことです。ただ、今の時代観を持つアトツギのほうが10年後を予測する力は圧倒的に優れているはずです。アトツギにどんどん任せていってほしいと思います。